第65話 作戦会議

 セイレーンの戦士の先導により、先の見えない濃霧の中でエスメラルダ号はぐんぐんと速度を上げていった。

 船乗りにとっては目を瞑って全力疾走をするようなもので、全員の顔が引き攣っていた。

 目的地まで半日の距離を半分の時間で到達したにも関わらず、到着した時船員たちは皆疲れ切っていた。


 エスメラルダ号は、目的地手前で停止した。

「神竜ティアマト様がクラーケンに捕らわれているところまで、晴れていれば目視できる距離まできました。

 偵察に行かせていた戦士たちが戻りましたので結果を説明しましょう。」

ウェヌスから報告があり、幹部を集めて船室で話を聞くことにした。


 船室のテーブルの上には海図が広げられ、ウェヌスは地図の上に近くにあったワインのコルク栓を置いた。

「現在、ティアマト様がいるところはここ、タンジェ海峡の入口に突き出た岬の先端部分になります。

 この付近は海底が浅く、磯に乗り上げた形でクラーケンの体の半分が水面から出ています。」


海図を見てマーカス副長が指摘をした。

「海図のとおりだとその付近は水深が浅くて、エスメラルダ号で近づくのは難しいですな。」


「どのみちこの霧だとティアマト様を避けてクラーケンを大砲で狙い撃つのは難しいでしょう…」


「私は手数と魔力量には自信があるけど、大規模魔法は苦手よ。

 クラーケンには弱点は無いの?」

アリタリアは珍しく弱音を吐き、ウェヌスは溜息をついた。

「そのような都合がいいものがあれば良いのですが……」


「フリューのその精霊の剣とやらでどうにかならないの? その剣で伝説の暴竜とやらを倒したのでしょ?」


「この剣自体の攻撃力は大したことは無いんだ。

 あの時は暴竜のブレスを利用したりとか幸運が重なったからね。」


 僕は暴竜の戦いを思い出した。

「あっ、そういえば……

 ウェヌスさん、暴竜ニーズヘッグは人の言葉を解していたんだけど、ティアマト様はどうかな? ティアマト様ならクラーケンの弱点を知ってるかもしれない。」

 

 僕の言葉にウェヌスは困惑していた。

「ティアマト様が話せるかですか?

 常に海中にいたので、私達がティアマト様に語りかけることはありませんし、考えたこともありません。」


「今は海上に顔を出してるでしょ?

 それにね、竜は音声で会話をするんじゃない、精神に話しかけてきたんだよ。」


「それにはもう一つ問題が……、弱ったティアマト様は人間に狙われています。

 故に、ティアマト様はあなた達を敵だと思い攻撃してくるかもしれません。」


「じゃあウェヌスが話したらいいんじゃないの? あなた達はあの竜の眷属なんでしょ?」

 アリタリアの指摘に、ウェヌスは困っていた。


「ティアマト様にとって私達は……食事です。」


 アリタリアは気まずそうだった。

「それは悪いことを聞いたわね……、ですってよフリューどうするの?」


 アリタリアに聞かれる前に僕はすでに決めていた。

「ティアマト様のもとには僕が一人で行く。

 なにもしないでここにいるよりも、行けば活路は開けるかもしれないからね。」


「ちょっと私も行くわよ!」


「いや一人の方が警戒されないし。

 それに僕は一人ならティアマト様のブレスにも対処できるけど、アリタリアを守りきれる自身がない。」

 

 アリタリアは一瞬顔に怒りが浮かんだが、諦めたように溜息を付いた。

「分かってる、悔しいけど私の防御結界で竜のブレスに耐えれる自信はないわ。

 そのかわり死ぬんじゃないわよ。」


「わかった、約束するよ」


 アリタリアは振り返ると部下に指示を出した。

「エスメラルダ号は射程距離内で待機、臨戦態勢を継続し必要があれば奥の手を使うわ、準備をしなさい。

 ウェヌスたちセイレーンの半数は付近海域を警戒、霧で何も見えないし消えたラーフェンの船が気になるわ。 私の目となってもらうわよ。

 残りはフリューの援護をお願い、無駄死にはしないこと分かったわね」


「「「アイ、アイ、マム!」」」

 マーカス副長以下幹部は、一斉に配置に戻った。


「それじゃあ行ってらっしゃい、キャプテン・フリュー」


「キャプテンか…、英雄なんかよりずっといいね」

 僕は、再び上陸艇『シャドウブリンガー号』で海岸を目指した。




 濃い霧の中、小舟はウェヌス達に引かれて音もなく進んでいく。

 しばらく進むと、霧の中に山の影が見えてきた。


 ウェヌスはその山を指差した。

 「あれがティアマト様です。」

 竜はうずくまっているようで、こちらから見えていたのは背中と折りたたまれた翼だけ。

 その翼は、岩のようなものが巻き付き固定されているようであったが、あれがクラーケンの足なのだろう。

 クラーケンの頭は海中にあり、裏返って複数の足で神竜を抱きかかえている形であった。


「あれでは陸からは足しか攻撃できないし、大規模攻撃はティアマト様のダメージの方が大きくなるね。」 


 そうしているうちに、僕らは岸にたどり着いた。

「後はお願いいたします。」

「ウェヌスも気をつけて、無理をしちゃだめだよ。」

 ウェヌスたちは、手を振りながら海中に潜っていった。


「さあここで待ってるんだよ相棒シャドウブリンガー号!」

 僕がそう言って船から降りようとすると、突然腰に下げていた精霊の剣『シャドウブリンガー』の刀身が伸びて、船底に穴を開けた。


 そして『シャドウブリンガー』は何事も無かったように元の長さに戻り、船底から水が入ってきた。


「ああっ……僕の船が沈んでいく。」


なぜか精霊の剣は、愉快そうに震えていた。


「困ったやつだなぁ...

 仕方ない行こうか相棒」

僕は森に分け入って岬の突端にいるティアマト様の頭を目指した。


 




 

 


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