第64話 いざタンジェ海峡へ

 エスメラルダ号へは、セイレーンの戦士の隊長であるウェヌスが代表として随行することとなった。

 僕たちがボートを、ウェヌスがたち数名の人魚に引いてもらっている。

「この度の作戦をお受けいただきありがとうございます。

 私含めセイレーンの戦士を全てこの戦いに参加させていただきますので、以後よろしくお願いします。」


「ウェヌス隊長? 最初に会ったときに比べて、随分と変わったわね?」

そうアリタリアに言われ、ウェヌスは悪びれることなく答えた。

「それはそれは、があの英雄様だとは知らなかったもので、無礼を働き申し訳ありませんでした。

 我々セイレーンの戦士一同は、フリュー様のご指示があれば何でもやるのでお申し付け下さい。」


「え?」なんで僕のことを知っているの? 僕は冷や汗をかいた。


「私達セイレーンの情報網をなめないで下さい。

 行き交う交易商人たちと海の幸を持って取引をするのは、なにもお金や食べ物だけじゃないのです。

 あの暴竜ニーズヘッグを討伐した英雄の話は、仕入れていました。

 もっとも、娯楽のない人魚の里に娯楽をもたらすために仕入れた話ですけど」


「フリューって有名人だったのね。」

アリタリアにウェヌスは自慢げに答えた。

「それはもちろん、我々はフリュー様の活躍を歌にしたくらいです。」


ウェヌスの言葉に、僕は戸惑った。

「ちょっと…、それは辞めてくれない?」

「いやです。 それはフリュー様の命令でもきけません。」 


 そんな無駄話をしているうちに、エスメラルダ号とグローリア号が見えてきた。


「そう言えば、グローリア号の船員が全員居なくなったことを聞いていなかったわ、あなた達が殺ったんでしょ?」

 アリタリアの問いかけにウェヌスは首を振った。


「いいえ、それは私達ではありません。

 貴方がたが到着する前の晩、あの船と別の船が横付けされていました。

 エイミアを攫った船です。

 エイミアを奪還するため見張っていましたが、エイミアがあの船に運び込まれてから、数刻たった後、あの船の船員は後から来た船に乗り移っていたようです。

 理由は分かりませんが、全員酔っ払っていたように目が虚ろだった気がします。

 あと、顔が青白く目が赤い男が何人か居ました、あれは人間とは違う種族だと思います。

 その男の一人が青い宝玉を持っていました。」


 目が虚ろ? 人間ではない赤い目の男?

 僕らがエスメラルダ号に戻ってきた時、丁度、グローリア号から戦利品を積み替えているところだった。


 僕は作業中のマーカス副長に叫んだ。

「マーカス副長! 誰か船員でグローリア号に残っていた酒に口を付けて船員はいませんか?!」


「お疲れ様でした船長。

 フリュー、この船には酒を飲みながら働く船員なんか居ないぞ。」


「良かった。

 誰にも口を付けさせないで下さい、酒に毒が入っているかもしれない。」


 僕の言葉にマーカス副長は慌てていた。

「おい! グローリア号の酒には一切手を付けるな!! 毒が入ってるぞ!」


「「「ブー!!」」」

あちこちで、酒を吹き出す音が聞こえた。

「飲んだやつを吐き出させろ! 死ぬぞ!」 


「毒って本当なの?」

アリタリアが慌てて僕に聞いた。

「もし僕の予想が当たっていたら、混入していたものは毒というよりヴァンパイアの血さ。

 グローリア号はヴァンパイアに支配されていたのかもしれない。」

「どういうこと?」

「特徴が虚ろな目はヴァンパイアに支配された者の特徴、だとすると赤い目の男がヴァンパイアだ。

 ヴァンパイアは、人間の血を吸うか、自分の血を人間に飲ませて自身の眷属とする。

 ヴァンパイアは、1体で使役できる眷属の距離的な範囲が限られるから1隻の船に集めたと考えると辻褄が合うんだよ。」


「フリューってヴァンパイアの生態にも詳しいのね。

 なんか意外な一面ばかりで驚きの連続よ。」

アリタリアが関心してくれて僕は鼻高々だった。

「最近ヴァンパイア・ハンターを生業にしてたもんでね。」



 僕らは、エスメラルダ号に上がると船員が集められた。

 一部で酒を隠れて飲んでいた者は胃の洗浄中であったが…


 アリタリアから、人魚の里であったことについて船員に伝えられた。

「……という訳で、我々はこれから怪物クラーケンを狩りに行く。

 幸い、あそこに持ち主が居ない船がある、怖気づいたやつがいれば、下船を許可しようじゃないか」


 船員へのアリタリアの説明に対して、副長が苦言を呈した。

「船長、そんな意地悪言わなくてもここで降りる船員なんかうちにいる訳がないじゃないですか?」


「大いに結構だね。

 それでは直ちに出発する! 航路はセイレーンの戦士が示すとおりに進むんだ、人を惑わすセイレーンに、逆に導かれるというのは中々愉快じゃないか? 

マーカス」


「船乗りとしては一生自慢できますよ、なあお前ら!」


「おーよ!」

「行きつけの飲み屋の女に土産話ができたぜ」

「俺達はセイレーンが味方してクラーケンに挑んだなんて、娼館の女たちはメロメロよ」


船員たちの下品な話にアリタリアが釘を差した。

「ちょっとお前ら、乙女の前で何言ってやがるんだ。 下品な男はこの船から降りろといつも言っているだろ?」


「乙女? ああセイレーンのお客さんが居たんでした! こりゃ失礼しました。」


「おい! そこのお前、サメの餌にしてやるから前に出ろ…」

アリタリアが睨むと、その船員は逃げたして言った。


「…まあいい、さあお前ら! 男なら美人のお客さんの前で良いところを見せろよ、きっかり5分で出発だ!」


「「「イエスッマム!!」」」


 今までおちゃらけていた船員たちはアリタリアから気合を入れられ、一斉に動き出した。


「4分で準備を終わらせろ! 3分で帆を張って碇を上げるんだ! 怪物相手だ、大砲もすぐ使えるよう準備しておけよ。」

 マーカス副長の指示で、船員たちが手際よく出発準備を進め、予告どおり出発1分前には出発準備が整い、全員出発の配置に着いていた。


「船長、出発準備完了です。」

「結構、クラーケン相手に私の魔力も温存したい、マーカスを使うわよ。」


 アリタリアの指示に、マーカス副長は一瞬僕とウェヌスの方を見た。

「構わない、フリューとセイレーンは仲間だ。 今更隠す必要はない。」


「了解しました。 これより魔導推進航行を行う! 出発に備えろ!」

 マーカスがそう言うと、操舵手の横にあった箱が開かれ、中から水晶球が現れた。

「あなたには驚かされっぱなしだったけど、今度は私の番。

 見てなさいフリュー、これが私達が手に入れた古代魔法文明のオーバーテクノロジーってやつよ。」 


 アリタリアが、水晶球に魔力を注ぐと水晶球が輝きだした。

 それに伴い、船首部分の女神の船首像が輝き始めた。

 そして、帆全体が金色に輝き出した。


「エスメラルダ号、タンジェ海峡に向け発進!」

 アリタリアの号令により、無風の中、金色に輝く帆が自ら風を生み出しエルメラルダ号は発進した。


「すごいでしょ? 船首像が付近の魔素を吸収し、帆から魔力の風を生み出す。

 これは私達神出鬼没の海賊船エスメラルダ号の奥の手よ、もっとも今の魔術師には再現できないでしょうけどね。」


 エスメラルダ号の輝く帆に僕は圧倒されていた。


「いやホントにすごい。 感動した。

 僕は船乗りになりたいのかもしれない……」

 僕の口からは自然とそんな感想が漏れていた。

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