第63話 女王の願い

 女王は、僕たちへの願いについて話し始めた。


「伝説の竜、私達は『神竜ティアマト』と呼んでいます。

 ティアマト様は、古来よりこの地の海の守り神として崇められており、北方より海峡を渡ってくる海竜などの害獣を追い返していたのです。

 今から、100年ほど前のこと、北部大陸に住む者が南部に進行するため、怪物クラーケンを手なづけティアマト様を襲わせました。

 クラーケンと、ティアマト様の戦いは決することもなく、クラーケンはティアマト様を巨大な足で絡みとったまま、海峡の底に沈みました。」


「100年もの間、そこで生きているってこと?」

アリタリアの問に、女王は答えた。


「そうです。

 元々永遠の命とも思われる古竜ですから、何も食べなくてもそこで生き続けるでしょう。

 しかし、ティアマト様は長い年月と共に力は衰え、一方でティアマト様を捕らえているクラーケンの足の大部分が岩と化しています。

 クラーケンは、残った腕を伸ばしして生き物を捕食して栄養を得ています。

 たまに、水面まで足を伸ばして船舶を襲うことさえあります。」


「では、なんで最近古竜が目撃されたという話が出たのですか?」


「この里もそうですが、この地は地殻変動が多い地です。

 先日の地震でクラーケンが抱きついていた大岩が崩壊して、クラーケンともどもティアマト様が海面に現れました。

 この濃霧もクラーケンが吹き出してたものです。

 今、ティアマト様が狙われたら、人間の手であっても倒されるかもしれません。」


「だから、僕たちに目的を聞いたんですね?」


「そうです、貴方がたが古竜の討伐が目的であれば、無事に帰すことは出来ませんから。」


 アリタリアは、思案すると考えを言葉にした。

「海竜を邪魔に思う人間たちにとって、今回は古竜を倒す絶好の機会になる。

 討伐が目的でなかったとしても、調査により今の状況が分かってしまえば、討伐隊が送られる可能性がある。

 人魚を、長寿の霊薬とみている人間とは共闘は出来ないし、セイレーンの戦士たちには、クラーケンの相手は分が悪い。

 だから、クラーケンを倒せるかもしれない私達に討伐を依頼したい、というところかしら?」


 アリタリアの話に、王女は驚いた。

「そのとおりです。でも……」


 女王は、悲しそうな顔をした。

「あなた達には、すべてを話さないといけませんね。

 人魚が長寿の霊薬というのは、迷信ではなく事実です。

 実際に、ティアマト様が弱っていく中で、なんどとなく一族の中から生贄を差し出しています。

 次の生贄にはエイミアが決まっていました。

 彼女は怖くなって逃げ出したところを、人間の船に捕らえられたのです。」


「なんですって?! では私達がここまで送り届けたことは無駄だったってこと?」

 アリタリアは怒りに震え、拳を固く握っていた。


「私達はティアマト様によって生み出された眷属、ティアマト様の力が尽きればおのずと全員死に絶えるでしょう。

 エイミアが逃げても別の誰かを犠牲にしなければならないのです。」


 僕自身、やり場のない怒りを感じていたが、女王の選択を責めることはできなかった。

 新竜ティアマトがこのような事にならなければ生贄など......

「では、クラーケンが死ねばエイミアは助かるんですね?」


「はい、それは間違いありません。」

王女の答えに僕の意思は固まった。


「ちょっと待って、フリューと私でクラーケンを倒せると本気で思っているの? 私の攻撃魔法では化け物を倒せないわよ。

…って、フリュー目つきが変わっているわよ?」


 その時、すでに僕の怒りは静まりクラーケンに対する『暗殺の衝動』にかられていた。

「大丈夫、クラーケンは僕が殺す。

 僕は暴竜ニーズヘッグを殺した『ドラゴンスレイヤー』だから……」


 僕は、右手を掲げ意識を集中すると、右手に黒い影が集まってくる。

 その影は徐々に膨れ上がり刀身を形作っていった。

 黒い影が消え去った時、そこには漆黒のやいばをもった精霊の剣『シャドウブリンガー』が僕の手に握られていた。


 シャドウブリンガーから放たれる力の奔流に、女王やアリタリアは絶句し、セイレーンの戦士たちは身構えた。

 

 アリタリアは、呆然として呟いた。

「そんな隠し玉を持っていたのね。

 なんか、私もクラーケンを倒せるかもしれないと思い始めてきたわ......」


 アリタリアは女王の方に向き直って言った。

「女王陛下! 私と私の船エスメラルダ号はクラーケン討伐に力を貸しましょう。」


「ありがとう。

 でもよいのですか? 伝説の秘宝は無いのですよ。」


「そんなもの、私にとって冒険する言い訳でしかありません。

 冒険の目的は冒険そのもの、結果として成果があればなお良い。

 それだけのことです。」


「分かりました、よろしくお願いします。

 成果は私の出来ることなら何でも出しましょう。」


 こうして謁見が終わり、珊瑚の宮殿をあとにした。


 僕らがエスメラルダ号に戻る途中、宮殿の外でエイミアが待っていた。

 僕は、エイミアに近づくとしゃがんで抱きしめた。

「話は全部聞いたよ。

 ありがとうエイミア、君は僕たちのことを優先して、自分が犠牲になるにも関わらずここに帰ってきたんだね。」

 

 エイミアは僕の胸で泣き出した。

「私怖かったんです、生贄に決まったときも、人間に捕まったときも……」


僕はエイミアの頭を優しくなでた。

「大丈夫だよエイミア。

 クラーケンは僕が殺す。

 エイミアを生贄なんかにはさせない。」


エイミアは泣いた顔を上げた。

「本当ですか?」

「本当さ、僕は本当はすごく強いんだよ。

 僕を信じて待っているんだ。」


エイミアは、コクリとうなづいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ちょうどその頃、魔王イブリンへの報告を済ませたエレナは、フリューとウルの捜索のため南方を目指していた。

 

 馬上で街道を進んでいたところ、突然腰に下げていた精霊の剣が震えだし、そに直後、黒い霧となって鞘を残して消えていった。


「フリューが『シャドウブリンガー』をってこと?

 ......これは何かあったわね、急がなくっちゃ。

 急ぐわよブランシュ!」


 エレナは、愛馬に持久力向上と加速の支援魔法をかけると、手綱に力を加え街道を急いだ。 







 


 








 

 

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