第62話 珊瑚の宮殿

 僕とアリタリアは、女王の宮殿に招かれた。

 宮殿には多くの使用人が働いていたが、その全てが女性であった。

 宮殿中庭にある噴水には尾鰭を持つ人魚が休んでいたが、働いている使用人は当然、みんな足で歩いている。


「人間か人魚か全く区別が付かないわね。」

 アリタリアがそう呟くと、案内をしていたセイレーンの戦士長ウェヌスがフフフと笑って説明した。

「この中には人間の女性も居るんですよ。

 セイレーンの戦士たちは、海賊などで囚われている女性を見つければ助け出すのです。

 その時に救われた人間もここで働いているのですよ。」


「なぜ人間の女性を助けるの?」


「今、アリタリア様は、我々と人間の区別が付かないと言いましたよね?

 実は、我々も区別がつかないのす。

 助けた女性が人魚か人間かは助けた後に分かります。」


「その時助けた女性がここで働かされているの?」

 アリタリアの避難めいた言葉に、ウェヌスは慌てた。

「それは無理矢理にではありませんよ。

 帰るところがあれば返しますが、中には帰る場所を失った者も多いのです。

 返す際には、セイレーンの歌の力でここでの記憶は消させてもらいます。」


「もしかしてセイレーンが歌で人を惑わすって伝説はそこからきたの?」

僕の疑問に、ウェヌスは驚いていた。

「その通りです! 武力的には我々は大きな力はありませんが、歌には精神を惑わす力があります。

 でも、むやみやたらに行き交う船を狙ったりなどはありませんから安心してください。」


 そんな話をしているうちに、謁見の間に到着した。

 謁見の間には、先程のセイレーンの戦士たちが整列していたが、そこにはエイミアの姿はいなかった。


 僕とアリタリアはウェヌスに案内されて最前列に通された。

「まもなく女王様が来るのでお待ち下さい。」

ウェヌスはそう言うと、僕らの後ろに控えた。


「良かったわね、美女の中で男はあなた一人よ。」

そんなことをアリタリアに言われ、ここに来てから誰一人男がいない事に気がついた。

「確かに…、エルフの里とか最近僕が行くところには女性が多い気がするんだ。

 僕は女性の考えていることが分からないから、少し苦手なんだけどね。」 


「苦手?本当かしら? まあ、女性の考えが分からないっていうのは本当そうね…」

 

 僕らの無駄話を聞いて、後ろにいたウェヌスは吹き出した。


「フフフ! 男性って意外と面白いのですね!

 今、この人魚の里にいる男性は貴方だけですよ。

 数十年に1回くらい海で遭難した男性が迷い込んでくるということがありますが、すぐに記憶を消して返しますから。」


「この子を男の基準にするのは間違いよ。

 この子は確かにいろいろと面白いけど、人間の男なんてろくでもない奴ばかりよ!」

 アリタリアは何を思い出したのか、そんなことを言い出した。


「ここはさ、人間にもいい人間がいるってことを広める場なんじゃないの?」

 僕はそうアリタリアに意見した。



「女王陛下、入場!」

その声と共に奥のドアが開かれた。

 それと同時に、セイレーンの戦士たちが一斉に膝を着いて頭を下げたことから、僕とアリタリアもそれに習った。


 女王はひな壇の中央に上がった。

「顔を上げて下さい。」


 女王の声で、僕が顔を上げると、そこには青みがかった長い髪に銀色のティアラを付け、装飾を施した青のドレスを着た大人の女性がいた。

 女王はそこにいるだけで高貴なオーラを発しており、僕は存在に圧倒されていた。


 女王が玉座に腰掛けるとドレスの下から立派な尾鰭が現れた。


「我々の仲間を救ってくれたことを感謝します。」

 そう言うものの、その目は僕たちを信用しておらず、王女が僕らを警戒していることがわかった。


「貴方がたが娘エイミアを救ってくれたことは戦士たちから報告を受けているので疑ってはいません。

 しかし、貴方がたがこの地に訪れた目的を教えて下さい。

 私達一族は、過去よりこの地を守って来ましたが、貴方がた海賊が欲する物などここにはありませんよ。」


 女王から先に釘を刺されたアリタリアは返答に困っていた。

 女王の目は全てを見透かしているようだ。


「発言をお許し下さい。

 僕はフリューという冒険者で、横にいる彼女は海賊アリタリア。

 僕は、別の雇い主に雇われ、海峡で目撃された海竜の調査に来ました。

 アリタリアは、言い伝えによりこの地に隠された秘宝を求めて、その場所を知っているとされる、セイレーンに会いに来ました。

 女王陛下は僕たちに不信感を抱いていると思われますが、これが真実です。」


「質問を追加します。

 フリューさんと言いましたね。

 貴方の雇い主は、海竜がいたとしてそれをどうするつもりですか?

 この海峡の妨げとなる海竜を討伐するのではないのですか?」


 その質問に女王が何を求めているのかは分からないが、女王の目は僕の言葉の真偽をすべて見透かしているようであり、全て僕の知っている事実を話した。


「噂では海竜は古竜であり、もしかしたら伝説の竜『リヴァイアサン』ではないかと言われています。

 僕の雇い主、海洋都市アヴァロンの私掠船のドレイク船長は、もし伝説の竜のような存在であったなら、タンジェ海峡を諦めなければならないと説明していたので、討伐は考えてないと思います。

 もっとも、船長は人間が伝説の竜を倒せると思っていませんでしたが。」


 更に女王の尋問は続いた。

「いいでしょう、次の質問です。

 フリューさん、貴方自身は伝説のリヴァイアサンを倒せると思いますか?」


 何を求めているのかが、ますます分からなくなってきた。

(まさか、暴竜ニーズヘッグを倒したことまで見透かされている? 僕はラヴィーネみたいな言葉の駆け引きは苦手なんだよ...)

 そう思い僕の意見を正直に話すことにした。


「リヴァイアサンを見たことがないので勝てるとは言えません。

 僕一人なら絶対無理です。

 でも、アリタリアが居てくれたらもしかしたら倒せるかもしれません。」


「何を言ってるの??」

 突然話をふられアリタリアは驚いた。


「いや、正直な話、君が援護してくれたらどうにかなるかなぁとか考えたんだけど、無理かな?」

「いや無理に決まっているでしょ? 伝説の竜なのよ?」

「以外に勝ち目はあるかもよ、僕も多少は成長しているし…」


 僕の話を聞いて女王は笑った。

「ハッハッハ! 正直ですね、そのような答えは予想していませんでした。

 貴方も包み隠さず話してくれるなら、私も全て話すのが礼儀ですね。」


そう話す女王の僕たちに対する警戒は解かれていた。

「まず海峡で目撃されたという竜は、伝説の竜です。

 もっともリヴァイアサンという名前は、貴方がた人間が付けたものですが。

 私達一族は、竜の眷属であり、古来から竜をお守りしてきました。

 だからフリューさんに倒されては困るのですよ。」


「いいえ! 倒せるかと聞かれてお答えしたまでで、倒そうとは思っていません」


「わかっていますよ。

 それとアリタリアさんが探している伝説の秘宝ですが...」

「あるのですか?!」

「おそらくサンゴ礁で出来たこの里のことではないですか? 過去には、ここに訪れた人間も少なからず居ましたから。」


 王女の説明にアリタリアは呆気に取られた。

「確かに……、これだけのサンゴを売れば莫大なお金にはなるでしょうけど...

 その発想はなかったわ……」


「ここからが本題です。

 私には、真実を見定める目があります。

 フリューさんの話に嘘がないことが分かり、ある可能性を見出しました。

 貴方がたにお願いがあります。」


「どうぞ、話を聞きましょう。」

アリタリアがそう言うと、女王は話を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る