第61話 人魚の街

「エイミア、このまま海に返すことも出来るけどどうする?」

アリタリアに聞かれてエイミアは首を振った。


「あなた達は自らの手で、私をお母様に返さなければなりません。

 そうしないと、あなた達もこの海域から帰れなくなってしまいます。」


「分かったわ、じゃあ船に乗って。」


 エイミアが案内する場所は、大型船エスメラルダ号では近づけない場所にあり、僕たちは小型の上陸艇でエイミアを連れて行くことになった。


「じゃあ僕の舟の出番だね。」

「嬉しそうね。」


 エスメラルダ号から、僕の舟『シャドウブリンガー号』が降ろされ、僕とアリタリアとエイミアが僕の舟に乗り込んだ。


「出発進行だ、アリタリア!」

「了解よ船長」

 シャドウブリンガー号には新たに小さい三角の帆が取り付けられていた。

 ヨットの操船方法は、マーカス副長に習っていたが、ほぼ無風であることから、アリタリアの魔法で風を送ってもらった。


「海はいいよねアリタリア」


 僕が操船を楽しんでいると、エイミアに話しかけられた。

「フリューは海が好きなのですか?」


「もちろん! 僕は海を初めて見てからまだ1ヶ月くらいしか経ってないんだ。

 なんかだだっ広くて素敵だよね。」


 その答えにエイミアは不満そうだった。

「私は陸の上の方が素敵だと思います。

 美味しいものも色々あるし、素敵な景色は陸の上にもあるでしょ?

 私は一度高い山を登って、景色を眺めてみたいんです。」


「もし良かったら、いつか僕が連れて行ってあげるけるよ?」


「ホント?

 でもきっとお母様がダメだって言うわ。

 私はまだ人と会うことさえお母様に禁じられていたんですもの。」

 エイミアは一瞬明るい顔をしたが、すぐに諦めた顔に変わった。


 その様子を気の毒そうに見ていたアリタリアは言った。

「エイミアのお母様が心配するのは仕方が無いのよ。

 人魚の肉が不老不死の薬になると信じている人間がいて、一部の人間の間で人魚は高値で取り引きされているの。」


 その話にエイミアが怯えたのを見てアリタリアは慌てた。

「ちょっと待ってエイミア、私はそんな話は信じていないわよ。

 私もフリューも船のみんなも、あなた達人魚に危害を加えることは絶対にしない。

 約束する。」


 エイミアは僕を振り返った。

「そういう悪い人間もいるという話だよ。

 エイミアは僕たちが怖いかい? 」


 エイミアは首を振ると、微笑んだ。

「フリューとアリタリアは私を助けてくれたから怖くありません。」


「良い子ねー!!」

アリタリアは思わずエイミアに抱きつき頬ずりした。


 小舟は、エイミアに案内され霧に中を進んだ。

「マーカスに任せてきたけど、エスメラルダ号のみんなは大丈夫かしら?」

 グローリア号の件があったことから、アリタリアが船員のことが気になっていた。


「そうだ! エイミアは、あなたを捕まえていた船の船員がどうなったか知らない?

 私たちがあなたを見つけた時、あの船の船員は誰もいなくなっていたのよ。」


エイミアは首を振った。

「ごめんなさい、私は捕まってから袋に入れられちゃっていたから。」


「そうよね、ごめんなさい。」


僕は先ほどからいくつかの視線を感じていた。


「さっきから誰かがこの舟を見ているよ。

 敵でも味方でもない。

 何か僕らを推し量っているような...」

僕がそういうと、エイミアはうなづいた。


「それは私の姉たちだと思います。

 あなたたちを連れて行くことは、すでにお母様に伝わっていると思いますよ。」


 エイミアに案内され、小舟は入江に入って行くと、その先には巨大な滝があり、その滝の水は直接海に降り注いでいた。


「綺麗な景色だね。

 この先入江は行き止まりだけどどうするの?」


僕の問いかけにエイミアは少し困った。

「あの滝の後ろに入江は通じているんです。

 この舟じゃ沈んでしまいますか?」


「大丈夫、任せなさい!」


 アリタリアはワンドを真上に掲げると上空に防御障壁を張った。

 舟はそのまま滝壺に入っていく、水は防御障壁で受け止められ、舟は沈まずに滝壺を通り抜けた。

 その先はさらに水路が繋がっており、しばらくして水路を抜けるとその先には広い空間が広がっていた。


 丘の上には珊瑚で覆われた家が立ち並んでいて灯りが点っていた。


「すごい、凄すぎるわ。

 こんな美しい光景は初めてよ。」

アリタリアはその光景に呆然としていた。


「昔、海の中にあった人魚の街が、隆起してこの街ができたって言われています。

 言い伝えでは、この街で暮らすために私たちは鰭を足に変化させるすべを手に入れたそうです。」


 僕たちは岸に近づくと、海中から女性の頭が顔を出した。

 それは一人また一人と増えていく。

 海中からいく人もの人魚が現れ、それらが尾鰭を足に変化させて丘に上がっていった。

 彼女たちは陸に上がると手足が鎧に包まれていく。


「気配は感じてたけど、こんなに居たとは僕も気づかなかったよ。」

どうやら僕は海の中の気配は感じられないようだった。


「あれは魔法の鎧ね?」

 アリタリアがそういうと、エイミアが説明した。

「彼女たちはセイレーンの戦士たちです。」


 僕たちが岸に上がったときには、既に数十名の戦士たちに囲まれており、その中の一人が僕らの前に歩いてきた。

 彼女の顔は兜をかぶっていて目元しか見えないが、襟足から青みがかった長い髪が覗いていた。


「私は、戦士を纏めているウェヌス。 エイミアを返して下さい。」


 その言葉にエイミアは慌ててウェヌスのもとに駆け寄った。

「お姉様、この方達は私を助けてくれて、ここに送り届けてくれたのです。

 私をさらった者たちの仲間ではありません。」


「分かっていますよエイミア、私たちはあなたが攫われてからずっと見ていました。」

ウェヌスはそう言うと僕たちに向き合った。

「エイミアを助けてくれたことは、礼を言います。

 母があなた達とお会いになりたいと申しています。

 一緒に来ていただけますか?」


「それはもちろん、私からもお願いしたいことです。

 私達は人魚に敵対する意志はありません。」

 アリタリアはそう言うと、ワンドと腰のレイピアを外して舟に置いた。

 僕もそれに習ってナイフを舟に投げ入れた。


 ウェヌスはため息をついた。

「そうしていただけるとありがたい、心遣い感謝します。

 今エイミアに話したとおり、あなた方がエイミアを助けてくれたことは全て見ていました。

 それでも私達が人間を信用できないん

 そのことについてはご理解下さい。」


「当然、それは分かっているつもりよ。

 私でさえ人間は信用できないもの。

 私達を警戒してくれて結構だけど、その上で私や私の仲間、それとここにいるフリューがあなた達の敵でないことを、徐々に理解してもらえればそれで十分だわ。」


 僕らは、セイレーンの戦士たちに連れられて女王の宮殿に向かった。

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