第60話 グローリア号の航海日誌

グローリア号航海日誌


『8月4日 天候晴れ

 今日も晴天、風もよく順調に進んでいる。

 傭兵として雇った『タイロン号』の船長アルガンから進言があった。

 酒樽が壊れ、ここ数日酒抜きで部下たちの鬱憤が溜まっている。どこかの村を襲って調達したい、との事だった。

 この話は3日前から断り続けていたが、我慢の限界らしい、部下の僚船2隻を率いて明日以降に見つけた村を襲うとのこと。

 こんな事をしている余裕はないが、僕の指示を聞きそうにない。

 『グローリア号』『レブロン号』の2隻は先行し、後から合流することで許可を出した。』


『8月5日 天候晴れ

 早朝、アルガン船長が率いる『シルバーウルフ号』以下3隻は、最初に見つけた漁村を襲うこととなった。

 僕ら2隻はそのままタンジェ海峡に向かい、アルガン船長らはここで一旦離脱する。

 アルガン船長らが遅れると、海竜を討伐するのに戦力不足が心配である。』


「ちょっと待って、ということはあの時に私らが戦った3隻の海賊ってこいつらだったってことじゃない?」


「確かにね、ではアリタリアが頭を吹き飛ばしたのが、このアルガン船長ってことか...」


 アリタリアは、あの大男を思い出し、嫌そうな顔をした。

「傭兵って言われれば、そんな気がするわ。

 あいつらには海賊の誇りってものが全く感じられなかったもの。」


『8月6日 天候晴れ

 航海は順調だが、ここまで補給を受けていないことから、食料があと1週間分となり、これより配給を減らすことを指示した。 船員に不満が出ている、旗艦グローリア号の船員としては嘆かわしい。』


『8月7日 天候晴れ

 今日も下からの不満が耳に入ってきた。

 不満が溜まり、今日も船内で喧嘩があったらしい。

 親父殿の時代は、この程度のことで不満を漏らす船員は居なかったはずだ。』


『8月8日 濃霧

 タンジェ海峡に今日中に到着する予定であったが、濃い霧に入ってしまった。

 これ以上進むと、アルガン船長らと合流できなくなる。

 今日一日は、ここで停泊してアルガン船長を待つことにした。』


「日付からするとこれが今日の日誌となるわ。

 内容からすると何も矛盾はないけど、日誌はその日の終わりに書くわよね?

 それにあと2日分の日誌があるってどういうこと?」

 アリタリアはそう言って首を傾げた。


「とりあえず次の日を読んでみようよ」

「そうね」

アリタリアはページをめくる。


『8月9日 濃霧

 霧が晴れる気配もない。

 丸一日待ったが、なぜかアルガン船長は現れない。

 霧が深いことから気づかずに先に行ってしまった可能性が高い。

 船を進めることにした。

 濃霧で前が見えず微速前進で進んだが、未だ海峡に到着していない。

 ここで一晩停泊するが、現在位置の確認ができない。』


 アリタリアは日誌を読んで唸っている。

「まさか嘘を書いてるんじゃ無いでしょうね?」


「なんの目的で?」


「......私たちを怖がらせるため?

 ということは無いでしょうけど、なんでここに明日の日誌があるのよ?」


「......最後のページ読もうよ。」

 僕は、最後のページを開いた。


『8月10日 濃霧

 霧の中から何か女の歌声が聞こえた。

 レブロン号が捜索したところ岩礁に人影を発見したとの報告あり。

 先ほど岩礁で捕らえた、   』


「書きかけでここで終わってるわ。

 何を捕えたのよ」


 その時、船長室のドアがノックされた。

「マム、ちょっと船倉まで来てください。

 お見せしたいものが」


 アリタリアと僕は航海日誌だけを持つと、船員に案内され船倉へ向かった。

「こちらです」


 船底にある船倉に入ると、そこには水の入った大きな桶に、麻袋に入れられた何か入れられていた。


「まだ開けて確認していませんが、中に何か生き物が入っているようです。」

 船員が説明したとおり、呼吸に合わせて微かに麻袋が動いていた。


 アリタリアと僕は息を飲んだ。


「みんな下がって、僕が開ける。

 アリタリアは防御障壁を展開できる準備をして」


「分かったわ」

 アリタリアはワンドをかざすと、魔力の充填を始めた。

「準備いいわよ」


 僕は、持っていたナイフで麻袋を結んでいた縄を切り麻袋を開けた。

 何か飛び出してくる気配も無いことからゆっくりを開いて行くと中に髪の毛が見えた。

「女の子だ」


 僕は急いで麻袋を開くと、目を布で塞がれ、口には猿ぐつわを咬まされた長い髪の少女が現れた。

 しかしその腰より下は魚の尾鰭おびれが付いていた。


「人魚の子供?」

 さすがのアリタリアも驚きを隠せなかった。

 急いで目を覆っていた布と猿ぐつわを外したが、人魚の子は弱っていて気を失っていた。

「エスメラルダ号に戻って治療をしないと、その子を運んで」


 僕が人魚の子を抱き抱えると、エスメラルダ号に戻った。

 人魚の子は船長室のベットに寝かされ、口にマジックポーションが注がれた。

「私が治癒魔法を使えたら良かったんだけど、今はこんな事しか出来ないわ」

 そう言いながら、アリタリアは人魚の手を握って魔力を注いでいた。


 そういえば、魔力と生命力は本質的に近いものだけど異なるもの、魔力の扱いに長けているのが魔術師で、生命力の扱いに長けているのがエレナの様な治癒師だと昔ラヴィーネに教えてもらったことがあった。


 しばらくして、人魚の女の子は目を覚ましたが、アリタリアは疲れてしまってか、女の子の手を握りながら寝てしまっていた。


 女の子は、アリタリアに握られている手を不思議そうに見ていた。


「目覚めたんだね。 

 僕はフリュー、君は僕の言葉は分かる?」

僕が語りかけると、女の子はこくりとうなづいた。

「ここはアリタリアの船の中ね。 

 で、君と手を握って寝てしまっているのがアリタリア。

 君を介抱して疲れて寝てしまったんだよ。」


「アリタリア」

女の子はそう言葉を発した。


「君って言葉を話せるの?」

僕が驚いて聞くと女の子はまたこくりとうなづいた。


「私は、エイミア。

 お母さまが怒っています。

 私をお母さまのところに返してもらえますか?」


「もちろん。

 僕たちは君に害を加えることは無いよ。

 動けるなら、連れて行ってあげるよ。」


エイミアは僕を見てうなづいた。

「ありがとうございます。

 でもちょっとまだ身体がダルので休ませてください。」


「君は人と同じものがは食べれる? 

 食べれるなら何か食べるものを貰ってこよう。」

僕が聞くとエイミアはこくりとうなづいた。

「オッケイ、ちょっと待っててね。」

 僕はそういうと部屋を出て厨房へ向かった。


 僕が、パンとハムと果物、そして果実を絞った冷えた水を持って厨房から戻るった。

 まだアリタリアはベッドにもたれかかって眠っていた。


「人魚の口に合うか分からないけど、食べてみて。」

 僕はそう言って、ベットの上に食べ物が載ったお盆を置いた。

 エイミアは、躊躇することなくハムの挟まったパンを手に取ると、むしゃむしゃ食べ始めたた。

 

 僕が黙ってその様子を見ていると、エイミアと目があった。


「ごめん、人魚が僕らと同じものを食べてるのが不思議に思ってね」


「私達は、いつも水の中で生きている訳では無いのですよ。

 時々、海で取れたものを近くに村で食べ物と交換してもらって、パンやハムを食べることもあります。」

 エイミアはそう説明したが、人魚の尾鰭をつけて人の村に行く様子が想像出来なかった。


「もう大丈夫、早くしないと大変だわ。

 お母さまのところに連れて行ってください。」


「分かった、僕が抱えて行こう」

僕がそう言うとエイミアは僕を止めた。

 

「大丈夫です。」

エイミアはそう言うと、胸元にシーツを巻いたままベットから降りた。

 シーツの下からのびた尾鰭は、色と形が変化していき、いつにまにか人間の足に変わっていた。

「エイミア、もしかして歩けるの?」


「それはもちろん」

そう言ってエイミアは立ち上がった。


「.....なんの音?」

その時、アリタリアが寝ぼけながらも目覚めたが、その横にはシーツを巻いた裸の女の子が立っていて、いっぺんに目が覚めた。


「これはどういうこと?! フリュー、あなた後ろを向いて部屋から出ていきなさい! 今すぐ!」


「わかったよ」

アリタリアに急かされ僕は、船長室から出て行った。


 それから10分ほどして船長室のドアが開いた。

 中からは、アリタリアが白いワンピースを着たエイミアを連れて出てきた。

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