第59話 霧の海域
海賊船エスメラルダ号は、タンジェ海峡まであと半日の距離までたどり着いた。
数日晴天だった天候が、この付近に来て急に濃い霧に覆われたことから、船は速度を落として進行せねばならなくなった。
「見張は前方に意識を集中! 異常を見かけたら大声で知らせるんだ!
他の乗員は戦闘配置を維持、突然の戦闘に備えろ!」
マーカス副長が指示を出した。
「船長、ここまで視界が悪いと何か出ても避けられません。
ここは一旦停止して天候の回復を待った方がいいと思いますが...」
操舵手の意見具申に、アリタリアは答えた。
「何かあったら私が魔法で逆進をかける。
注意して進みなさい。」
「アイマム」
「何かおかしいわ。
この霧は自然に発生したものじゃない気がする。
どう思うマーカス?」
意見を求められたマーカス副長は顎に手をやり考えていた。
「確かに、気象現象としては変化が急でしたな。
まるで、どこからか霧が湧き出しているように感ます。」
僕は気配察知のスキルで、霧の先を監視していたところ、何かの気配を感じ取った。
「アリタリア、前に何かある速度を落として!」
僕の指示に、アリタリアは魔法で帆に逆風を吹かせ、船の速度を落とした。
その数秒後、前方見張の船員が叫んだ。
「前方に船影が見えます!」
「さすがね、その感覚はやはり船長に向いているわよ」
「それはどうも。
最近、僕は船長も満更じゃないと思い始めるようになってきたよ」
船影は大型船だった。
帆は張られておらず停泊しており、近づいていくと船の後部に船名が確認された。
「『グローリア号』、あれはラーフェンの私掠船の旗艦ですな。」
望遠鏡で確認したマーカス副長はそう報告した。
その言葉に、僕はあの船が先日あったルーク船長の船であることを思い出した。
アリタリアが小声でマーカスの指示に出す。
「総員戦闘配置のまま、船を横付けする。
相手にはまだ気づかれていない、音をたてるな。」
マーカス副長はアリタリアからの命令を手信号を使って乗員に指示した。
エスメラルダ号の船員はよく訓練されており、手信号のみで指示が全員に伝達されていった。
エスメラルダ号は、静かにグローリア号の左舷後方より接近していく。
近づくにつれグローリア号の船影がはっきり見えてきたが、甲板上には見える範囲で見張は誰も立っていなかった。
「誰も見張を置かないとは妙ですね...」
マーカス副長が呟いた。
さらに接近し、完全に目視できる距離に近づいたが、グローリア号のデッキには誰も居なかった。
そして、エスメラルダ号は横付けした状態で停止した。
「まるで無人のようですな。」
「そうね」
僕は、気配察知スキルに集中した。
「いや......船内に何かがいる。
何かは分からないが、微かな気配を感じるんだ。」
「あなたが言うなら何か居るんでしょうね、
私が行って確認するわ。
フリューあなたも来て。」
「分かった」
アリタリアは、本人と僕を含めて突入部隊を編成すると、船に板をかけてグローリア号に乗り移った。
グローリア号の中は、静まり返っており、碇は下りておらず、停泊しているというより漂流しているようだった。
「甲板上には争った形跡はないわね。
では船員はどこに行ったのかしら?」
「マム、ちょっと来てください。」
船員に呼ばれて操舵席に行ったところ、操舵席の脇のテーブルに、食べかけのパンと、コップに入ったワインが残っているのが分かった。
「操舵手は食べかけで居なくやったってこと?
操船中に酒を飲むと言うのもなってないわね。」
その他にも甲板上のところどころに飲みかけのワインのコップが確認された。
「宴会中に居なくなったの? 何か気持ち悪いわね...そろそろ中を確認しましょう。」
僕たちは隊列を整えて船室へのドアの前に集合し、僕はその先頭に立った。
「
「あなた戦士じゃなく斥候が本職だったの?」
「僕も最近忘れてたところだよ。
腕が落ちていないか心配さ。」
軽口を叩きながら、僕は罠がないことを確認しながら、船室へのドアを開け中に入った。
船内は壁にかけられたランプに火が灯り照らされていた。
「まるで私たちを待っていたみたいね」
そうアリタリアは呟いた。
ここからは手分けをして捜索することとし、僕とアリタリアは船長室に入った。
この部屋も他の部屋と同じで、飲みかけのワインがコップにそそがれており、今までここに誰かが居たような生活感が残されていた。
「ちょっとこれ見て」
アリタリアは、机に置かれた航海日誌を見つけた。
日誌は開いており、開かれたページの上にペンが挟まれていた。
「この日誌、書きかけよ」
僕はアリタリアが見ていた航海日誌を覗き込んだ。 (......あれ?)
「アリタリア、そのページの日付を見て、
8月10日って書いてあるけど今日は8月8日だよね?」
「本当ね、間違ってるわ。
ランプの火が灯っているのだから、少なくとも今日8月8日か、昨晩7日に書いていた日誌ってことよね。
ちょっと待ってね遡っていつから間違えているか確認するから。」
そう言うと、アリタリアはペラペラと航海日誌をめくった。
「8月9日、8日、7日、6日.....、7月20日、
あら、これ半月前の7月20日に出航したその日から間違っているわ。」
アリタリアはそう言って笑った。
アリタリアがパラパラと航海初日から日誌の流し読みを始めた。
「特に変わった内容は無いわね...」
僕は横から覗き込んでいたところ、気になる内容が目に入った。
「ちょっと止めて、8月3日のページに戻って!」
「何々...8月3日ね、あったわ。
そのまま読むわね。
『8月3日
正午頃、アヴァロンの船団を発見。
足止めするため旗艦グローリア号を近づけドレイク船長と接触する。
アヴァロンの目的は、タンジェ海峡の海竜の調査とのこと。
邪魔をしないようドレイク船長に警告を発した。
恨まないで欲しい。
僕は、早く父を超える実績を作り部下に示さなければならないのだから。』
ですって。
フリューは、アヴァロンの船に乗ってたんでしょ? ということはこの船と接触した2日後に私と知り合ったってことね。」
「いいや、違う......
この船グローリア号と接触したのは、アリタリアと知り合った同じ日、8月3日だよ。
だからその日誌の日付けは正しいってことになる。」
「ちょっと待って、それだと計算が合わないわ。」
僕とアリタリアは目を合わせた。
「とりあえず日誌の続きを読もうか。」
そう言って、僕たちは航海日誌の次のページを開いた。
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