第57話 海賊船エスメラルダ号の航海

 僕は、海賊船エスメラルダ号に客として迎えられていた。

 船長のアリタリアを人質にとっていたにも関わらず、この船の海賊たちは僕を好意的に迎えてくれた。


「あなたに対する態度が不思議って顔ね。」

自分は考えていることをアリタリアに問いかけられ僕はドキッとした。


「正直にいうとその通りだね。」


「それはね、私たち海賊は野生動物と同じ、強い者に従うというのが本能なのよ。

 私は強さでこの船の船長をしている。

 その私を手玉にとったあなたが一目を置かれるというのは当たり前なのよ。」

 そういえばドレイク船長もそんなこと言ってたな、僕はアリタリアの話を聞いて少し分かった気がした。


「この船はどこに向かってるの?

 一応僕はドレイク船長に雇われて海竜の調査で海峡に向かっていたんだけど。」


 僕の質問にアリタリアが少し驚いていた。

「あの船長が言ってた調査って本当だったのね、言い訳かと思っていたわ。

 安心して、向かっている場所は同じ場所だわ。

 この船は、あのタンジェ海峡付近に隠された宝を探しているのよ。」

「宝だって? 船を襲いに来てたんじゃないの?」

「あなた達の船を襲ったのは偶然よ。 私達の進路上にあなた達の船があってじゃまだっただけ。」


「偶然で僕はこの船に乗ってるってこと?」

その言葉に僕は少し気が抜けた。


「ところで宝の話だったわね。

 海峡の近くに人魚が隠した宝があるという伝説があるの。

 伝説だと思われていたのだけど、その手掛かりとなる文献を私は手に入れた。

 最近セイレーンが出たって噂があるのだけど、そのセイレーンが宝の場所を知っていると書かれていたわ。

 だから私たちはそのセイレーンに会いに行く。」


「セイレーンの話は僕も聞いたけど、セイレーンって船乗りを惑わす存在でしょ?

 聞いていた話だと、とっても協力的だとは思えないんだけど。」


「私も船乗りだからセイレーンの伝説は知っているわ。

 でもね、私は子供の頃に人魚に会って話したことがあるの。

 意思が交わせるなら、セイレーンが何を求めているか分かるんじゃないかしら?」

 僕は、アリタリアの意外な一面を見た気がした。


「ドレイク船長は、海竜の調査に、セイレーンの存在を気にしていたから、アリタリア船長の目的とも利害が一致するよね。」


「船長はいらないアリタリアでいいわ。

 この船で一番強いのはあなたなんだから。

 私はあなたを信用して話したんだから、しばらく協力してもらうわよ。」


「海賊行為は協力できないけど、雇い主と利害が一致しているなら仁義は通ってるよね。

 それに宝探しは面白そうだ。」

 僕はしばらくアリタリアに付き合うことにした。

 


 エスメラルダ号の副長マーカスは、50代の男だった。

 自由奔放のアリタリアに支えている冷静で思慮深い男だ。

 僕は、エスメラルダ号で余計な気を使わないマーカス副長といるのが居心地が良かった。


「マーカス副長みたいな人が海賊って不思議ですね。」


「私は元々海軍の軍人だったんだよ。

 アリタリア船長の船エスメラルダ号を追っていてね、交戦して負けた。

 その時に拾われて、この船の乗組員になった...

 意外だろ?」

 確かに副長が敵に寝返るのが想像できなくて意外だった。


「私は戦争が嫌いでね。

 海軍でも、海洋貿易の争いでよく他国の民間船を拿捕して略奪したり、沈めたりなんて任務もあった。

 やってることは軍も海賊も一緒だ、それが嫌で海軍を抜けたかったのもあって、利害が一致したって訳さ。」


「なるほど、でも海賊行為に抵抗は無かったんですか?」


「この船のターゲットははっきりしている。

 船長の方針でね。

 抵抗しない民間船は最低限のものしか取らない。

 貴金類や嗜好品のみで、食料品や生活物資には手を出さない。

 海賊がいれば略奪した金品の上前ははねるが、攫われた女子供がいれば助ける。

 軍艦がいれば、武器弾薬をぶん取る。

 やっている事は海賊行為だが、最低限の良心は残してるつもりだよ。」


 この船の船員は多少粗暴であるが、誇りを持ち士気が高い。

 僕は、野盗の類とは違うものを感じていたが、副長の説明でその違和感が解けた気がした。


 

 エスメラルダ号に乗って2日がたった頃、海峡付近の陸地が見えてきた。

 そしてしばらく進むと、海岸にある小さな漁村から火の手が上がっているのが見え、その沖合に3隻の大型船が停泊しているのが確認された。


 伝令がアリタリアのところに来て報告した。

「この先の漁村が海賊に襲われているようです。」


「わかった今行く。」

アリタリアは身なりを整え席を立った。


「これから我々は海賊の上前を跳ねに行く。

 これは海賊行為だがフリューはどうする? ここで見てる?」

 

 アリタリアの質問に僕が考えた。

「僕は海賊の仕事は手伝わないけど、村が襲われてるなら助けたい。

 それじゃあダメかな。」


「あなたは私の部下じゃないわ、勝手にしなさい。」

そういうアリタリアの顔は笑っていた。


「なんで笑ってるの、僕変な事言った?」


「いいえ、あなたらしいって思ってね。

 あなたもしかして勇者なんじゃないの?」

 その言葉が冗談だと分かりながらも、僕はドキッとして苦笑いをした。


 

「全速、正面の船へ、野郎ども! 突撃するよ!」

『ーGaoth, seideadh !ー』

『ーcnap-starra dìonー』

 アリラリアの呪文とともに風が帆に吹き込まれ、同時に防御障壁を張っている。


「すごい多重詠唱だ...」

 ラヴィーネもエレナも多重詠唱は出来るが、彼女たちが規格外であって宮廷魔術級でも多重詠唱が出来る魔術師は何人もいない。


 エスメラルダ号は敵の海賊船に突撃していくと、相手も気が付き砲撃が始まった。

 しかし、その全てが防御障壁に弾かれていく。

 

「逆制動に注意しろ!」

『ーGaoth, seideadh !ー』

 マーカス副長の号令と共にアリタリアが逆に風向きを変え、エスメラルダ号は海賊船の横で急停止する。


ガシャン!

 船同士が軽く接触し、それと同時に、乗組員は一斉に敵船に乗り移り戦闘が始まった。


 僕はその光景をマストの上から見ていたが、一隻の船が、大砲をこちらに転回しているのが見えた。


「アリタリア!」

僕は、その大砲を指差すと、アリタリアはすぐに気がついた。


「任せて!」

『ーmeteorite!ー』

 アリタリアのワンドから火の玉が放たれ、2隻目の船のデッキにあった大砲に直撃し、爆発炎上した。


 僕はマストの上から3隻目の船を確認すると、そのデッキ上に多くの女性と子供が捕らえられて縛られており、その周りに十数名の海賊が取り囲んでいた。

 近くには一人の女性が死んでおり、その女性に縋り付いて泣く男の子が見えた。


 僕はその状況を見て一瞬怒りが沸いたが、逆に心が静まり冷静になっていくのを感じた。

(僕の暗殺衝動に火をつけたね。)

 僕はマストから飛び降りると一直線に3隻目の船めがけて走った。

「アリタリア! 僕を吹き飛ばして!」

僕は返事も聞かずに、船の端から3隻目にめがけた飛んだ。


「ちょっと、何を!!」

『ーGaoth, seideadh !ー』

 アリタリアは咄嗟に僕に目掛けて魔法で突風を吹かせた。


 僕は追い風に飛ばされ、数十メートル離れた敵船に降り立つと、海賊に襲いかかった。

一人目! 僕が投げたナイフが海賊の頭部に突き刺さった。

二人目! 僕は武器を持たずに近づくと、背後に周り首をひねってその骨をへし折った。

 そしてそいつが持っていた片手剣を奪い取ると、三人目の首を刎ねた。

「なんだこいつ! 殺せ!!」

 僕が一瞬にして3人を殺すと、他の海賊が一斉に襲いかかってきた。

四人、五人! 僕は体を交わしてすれ違いざま海賊を切り裂いた。


「ヒイィ! 動くな!」

一人の盗賊が女の子を人質に取った。

僕が一瞬動きを止めると、その男の頭が氷の礫で撃ち抜かれた。

 

「気を抜くんじゃないわよ!」

振り返るとエスメラルダ号の船上から、アリタリアが叫んでいた。


「悪いね!」

 僕はすぐさま戦闘を再開すると、残りの海賊達はジリジリと後退していった。

 10人殺したところで、かなわないと悟り、残りの海賊が海に飛び込んで行った。


 全部追い払ったところで、縛られていた女性から声をかけられた。

「ありがとう、でも村にはまだ主人たちが戦っているんです。

 どうか助けて下さい。」


 僕はその言葉を聞いてうなづくと、係留していた上陸用の小舟に飛び乗った。


「アリタリア! 悪いんだけどこの舟も岸まで運んでくれない?」


 僕が叫ぶとアリタリアはため息をついた。

「人使いが荒いわね、待ちなさい私も行くわ...」

 僕が小舟を近づ、アリタリアが飛び乗ってきた。


「先に行くわよマーカス! あとは任せたわ!」


「了解です、マム!」

マーカス副長は敬礼して返した。


「さあ行くわよ、号令を出しなさい。 この上陸艇の船長はあなたよ。」

アリタリアの言葉に僕はうなづいた。


「出発進行だアリタリア!」


「イエス、船長!」

 僕の言葉にアリタリアが答え、魔法でグングン小舟が岸に向かって加速していった。

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