第56話 女海賊アリタリア強襲

「なんだい? 海賊アリタリアって」

そうウルが聞くと、忙しそうにしながらもリディが答えた。


「あれは私掠船じゃないわ。

 本物の海賊よ。

 女海賊のアリタリアは海賊船エスメラルダ号のボスで、彼女たちは相手が海賊でも軍艦でも、儲かるなら襲ってくるような連中よ。」


「でも3対1だろ?」


「アリタニアの戦法は、異常に速い船足で一隻に取り付いて、周りから砲撃を撃たせないこと。

 そして船長アリタリア自身が強い魔術師であることよ。

 彼女の機嫌を損ねたら簡単に沈められるわ。」


「おー怖...」

それを聞いてウルは身震いしていた。


「取り付くってことは船の上で接近戦になるんでしょ? ウル、僕らも準備するよ。」

僕は、食堂で借りてきたナイフを取り出した。


「あんた本当にそのナイフで戦うつもり? 私の予備の剣があるから貸すわよ。」


「いや、狭い船の中なら今はこれで十分だよ。」

そう言って僕はナイフを口にくわえてマストを登った。


「ちょっと、どこ行くのよ?」


「大丈夫だよ、兄貴にも考えがあるんでしょ?」

ウルはそう言ってニヤリと笑った。


「こちらからは撃つな、どうせ当たりっこない。」

 ドレイク船長の言葉どおり、アリタリアの海賊船には魔法による強力な防御障壁が張られていた。

 流石のドレイク船長も相手が悪く焦っていた。

「なんであんな優秀な魔術師が海賊なんてやってるんだよ!」


 アリタリアの海賊船はあっという間に距離を詰めると、船団を間に割り込みシーガル号と並走を始めた。

 甲板には、20人ほどの海賊と、その後ろに、幅広い海賊の帽子をかぶった美しく若い女が魔術師のワンドを手に持ち掲げていた。


「はーい、そこの船大人しく止まりなさい!」

女が発した言葉は、魔法により拡声された。


「こちらはアヴァロンの公船だ。

 タンジェ海峡の調査に向かっている。

 貴重な積荷なんてないぞ。」


「何が欲しいかは私が判断するの。

 物でも人でもね。

 私は抵抗しない民間船からは女子供を攫ったりはしないけど、公船って言いながら私掠船でしょ? 容赦する必要はあるのかしら?」

アリタリアの言葉に、ドレイク船長は何も言い返せ無かった。


 その時、僕はマストの上にいた。

 接近した時、船から張り出した帆が張られているヤードという棒が一番近づくはずとの考えであったが、実際ヤードの先と先の間が、僕が飛び移れるまでの距離まで近づいてきた。

 僕は気配を消すと、ヤード上を音を消して走り一気に飛び移った。

 そしてそのまま隣の船のマストを駆け上がり、物見台にいた見張りの男を気絶させた。

(殺しちゃうとあとあと面倒だと事になるからね、音が出ないかヒヤヒヤしたがなんとかなるものだな。)


 船と船との間は更に狭まっていき、双方の船員達に緊張感が漂っていた。

 そんな中、ドレイク船長と女海賊アリタリアの交渉は続いていた。

 アリタリアが私掠船であれば女子供も容赦しないと言った事から、ドレイク船長は、風使いでもある娘リディの身柄を心配していた。

 

「交渉決裂ってことで良いわね。

 ここからは私流のやり方をさせてもらうけど。」

そう言うと、お互いの船員は腰の剣を抜いた。


 僕は、それを上から眺めていたが、ウルが交戦的な目をして今にも飛び移ろうとしており、一方でアリタリアのワンドに魔力が充填されているのが分かった。


「ああ、あれはまずいね...」

 僕は音もなく、マストの物見台から飛び降りると、アリタリアの背後に降り、その首にナイフを当てた。

「誰も動かないでよ、船長の首が落っこちちゃうよ。」


 アリタリアは、気配もなく突然背後から首にナイフを当てられ、冷や汗を流した。


「あなた凄いわね、気に入ったわ」


「そう言うなら、そのワンドの魔力を収めてくれない? 僕には分かるんだよ。

 あと仲間の武器も収めさせて。」


 僕がそういうと、ワンドに溜められていた魔力が消えた。

「みんな武器を収めなさい!」


「それで、これからどう終わらせるつもり? 私を人質にするとか?」


「それは考えて無かったな...

 君が口の割に敵意を感じられなかったから、戦いを止めちゃったけど、どうしよう。

 僕も手を出さないからこのまま引いてくれない?」


僕はナイフを下げて数歩後退した。

「まだ僕の間合いだから、抵抗しないでね。」


 そこで初めて、アリタリアと目が合った。

 彼女はこの事態においても軽く笑みを浮かべており、その勝気な目で僕を見ていた。

「ますます気に入ったわ。」



「おいおい、一体どうなってるんだ?」

「暗殺は兄貴の得意分野だよ、あんな芸当朝飯さ。

 あと兄貴は超一流の年上スレイヤーだから、女海賊なんてイチコロさ。」

 そんな会話をしているなど知らず、僕は引き際が分からず困っていた。


「あなたが船に戻って離れたら、私の魔法で船を沈めるわよ。

 さあどうするの?」


 自分が不利なのにも関わらず、アリタリアはそう挑発してきた。


「僕が君を人質にとって、船に連れて帰れば逃げられるんだけど...

 それだと魔術師を無抵抗で繋ぎ止めておく事なんて出来ないからね。」


「ほんと甘ちゃんね、私を人質にして逃げてから殺せば良いんじゃない。

 私ならそうするわ。」


「僕に無抵抗の女の子を殺せってこと?

 それは流石に出来ないよ。」


その答えを聞きアリタリアは笑い出した。

「ハッハッハ! 可笑しい! 私が女の子ですって? 何年ぶりかしら女の子なんて言われたのは。 あなた益々気に入ったわ。 

ねえ、あなたの名前は?」


「僕はフリュー」


「フリューね、いいわ、良い解決方法を教えてあげる、こうするのよ!」

 アリタリアはそう言うと、腕を上げてパチンと指を鳴らした。

 そうするとアリタリアの船は帆に満帆の風を受けて加速していく。


「ちょっとどうする気?」

僕が慌てると、アリタリアは魔法で拡声した声でシーガル号に叫んだ。


「今日の戦利品はこの子で勘弁してあげるわ!」

僕がオロオロしているうち船はぐんぐん速度を上げ、シーガル号から離れていく。


「ようこそ『海賊船エスメラルダ号』へ、私が船長のアリタリアよ!」

そう言ってアリタリアは満面の笑みを浮かべていた。

 


 シーガル号の甲板では皆が離れていくアリタリアの船をぼうっと見つめていた。


「ね、おいらが言った通りでしょ?」


「何がなんだか分からんが、お前の兄貴が連れ去られちまったが、なんで慌ててねえんだ?」


「兄貴なら大丈夫だよ、いつものことさ。」


 ドレイク船長には理解できない二人の絆を感じた。

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