第二章 陰の英雄と海神(わだつみ)の乙女

第53話 英雄、海を漂う。

 僕らは大海原にいた。


 正確に言うなら、僕とウルは縛られて海賊船の船倉に乗せられていた。


 このような事態となったきっかけは2日前の事だった。

 南方の村ではぐれヴァンパイアを狩った後、砂漠越えを避けて海路を選び、僕とエレナとウルは乗り合いの大型船に乗った。


 しかし、途中で嵐にあいウルが海に投げ出されてしまった。

 僕が小舟で降りてウルを助けたまでは良かったが、嵐で母船とはぐれてしまった。


 そこで漂っていたところを海賊船に助けられ今に至ると......


「ねえアニキ、オイラたちはこれからどこに行くのかなぁ」


「それは僕にも分からないなぁ。

 まあ奴隷として売られるとかかなぁ。

 ウルなんてお金持ちのペットとか?」


「それはやだなぁ。

 ところでエレナは大丈夫かなぁ。」


「エレナなら大丈夫だよ。

 なぜか分かるんだよ、エレナが危険かどうか」


「それって愛!って奴ですかぁ?」


「いや......どちらかと言うと見張られてるというか霊感みたいな?

 前にゴーストに会った事があるけど、そんな気配に近いかもね...」


 僕たちがのんびり話していると、同じ船倉に乗せられていた女の子が睨んできた。

 その女の子は良い仕立ての高そうな服を着ていた。


「あんた達、こんな状況なのにずいぶん余裕ねぇ これから売られたり、殺されるかもしれないのよ?」


「まあ、たぶん殺される事はないと思うよ。

 陸地につけばどうにかなるんじゃない?」

そうウルが答えると、女の子は泣きそうな顔になっていた。


「何がどうにかなるよ...きっと私たちは売られてしまうんだわ...」

ウルが僕の方を見て、首を振ってため息をついた。


「僕はフリュー、こっちがウル。君の名前は?」

女の子は鼻をすすりながら言った。

「私はシルク...シルク=ハイマーク」


その名前を聞いてウルが聞いた。

「ひょっとしてハイマーク商会と関係あるの?」


「うん、ハイマーク商会はお父さんの会社よ。

 私は、商隊に付いて行ったらはぐれちゃったの。そしてこのざまよ。」


「シルクって呼んでいいかい?」

僕がそう聞くとシルクはうなづいた。


「じゃあシルク、この船がどこに行くかは分からないけど、君は僕らが守ってあげるよ。

 だから騒がず、心配しないで信じて欲しい。」

僕の言葉にシルクは首を振った。

「信じろって言ったってあなた達丸腰じゃない、こんな大勢の海賊に敵うわけないでしょ?」


「まあ、それはなんとかなるよ。

 それに今こんな海の真ん中で騒いでも何にもならないでしょ?

 今はゆっくり休むべきだ。」


「あなた達って見かけによらず、意外と図太いのね。」

シルクはそう言ってため息をついた。


「意外とは余計だ...オイラたちはこれでもヴァン…」 

言い切る前に僕は靴を飛ばしてウルを黙らせた。


「ははは、まあ今は寝よう!」


ーーーーーーーーーーーーーー


 それから3日が過ぎた。


 その間、1日2回パンと燻製肉そして水が出された。

 それを持ってくるのは褐色の肌で勝気な顔の女の子だった。


「海の上は食糧事情が厳しいのよ。

 船員も同じようなもんよ。

 これだけでも出してもらえるのをありがたく思いなさい。」

彼女はそう言ってパンと燻製肉が乗せられている皿を置いた。


「ありがとう」

僕は素直に皿を受け取った。


「あなた達には危害は加えるつもりはないわ。

 港に着くまで黙ってここにいるの、わかったわね?」


女の子を呼び止め僕は質問した。

「この船はどこに向かってるの?」

僕が聞くと海賊の女の子は言った。

「これは海賊船よ! そんなこと教える訳無いじゃない。」


「それはそうだね。

 でも危害を加えないなら、鍵がかかる船倉にいるのに縛らなくても良いんじゃない?

 食べにくいんだけど?」


「それは......」


彼女は困ったように言った。

「私にも分からないけど、親父、じゃなかった船長がお前たちは危険だから縛っとけって言ったんだよ。

 その縄は魔法がかかってるから切ったり解いたりできないよ! 大人しく縛られておきな。」

彼女はそう言って出て行った。


ウルがおどけで言った。

「魔法だってさ。

 オイラ達ずいぶん警戒されちゃってるね。」


「さすがは海賊船の船長ってところだね。

 ウル、その縄を切っちゃダメだよ。

 これ以上警戒されると面倒だからね。」


「はいはい分かってますよ。

 オイラ仕方なく手を使わずに食べるけど、犬食べって言わないでよね。 犬じゃないし。」


「あんた達、ほんと何者? ずいぶん余裕ね。」

そう言ってシルクは呆れていた。


 

 次の日の夕刻ころ、船が止まり波止場に接岸し舫がかけられる音が聞こえた。


「どうやら止まったみたいだね。」

ウルがそう言った。


「そうだね。

 ここは王国の南東沖だね。

 僕が地図で見たことが無い場所だから、たぶんどこかの島だと思うよ。」


僕の言葉に、シルクは不思議そうだった。

「なんでそんな事が分かるの? 窓がない船倉にいるのに。」


シルクの疑問に、ウルが自慢げに答えた。

「へへん! アニキは、目を瞑っていてもどちらにどの位動いたか分かるのさ! 凄いだろ?」


「凄いけど...なんでアンタが自慢げなのよ?」


「アニキが凄いってことは、弟分のオイラは自慢していいのさ!」

 ウルは、僕が小舟で助けてから、今までに増して弟分を強調するようになっていた。


「いずれにせよ、島だと厄介だよ。

 逃げたって海を渡る船が必要だよね」


ウルは少し考えて言った。

「じゃあ、オイラたちでこの船乗っ取っちゃう?」


「いや、僕らはこんな大きい船動かせないでしょ?

 僕らを奴隷として売り払うのに、どこか大きな町に行くんじゃないかな?

 まあ、しばらく様子を見ようよ。」


 そんな話をしていると、海賊の女の子が扉を開けた。

「さあ出てきな。」


 僕らは甲板に上がると、そこには港に面した街だった。

 海賊がこんな整備された綺麗な街を根城にするのか?


「出てきたな坊主たち! その縄を解いてやれ。」

そう僕たちに声をかけてきたのは、厳つい顔をした大型な男で、片目には眼帯をしていた。

 そばにいた男が呪文を唱えると、僕らの腕に縛られていた縄が解かれた。


 僕がその眼帯に注目しているのに気づき男は言った。

「これか? これは偽の眼帯よ。海賊っぽいだろ? ちゃんと生地の裏から外は見えてるぜ。」


なんだが、様子がおかしい。


「俺は海賊船シーガル号船長のガリ=ドレイクって言うんだ。

 お前たちの面倒を見ていたのは娘のリディだ。」

ドレイク船長の言葉に後ろにいたリディがぺこりと頭を下げた。


「縛って悪かったな。

 お前たちが相当腕がたつのはすぐに分かった。

 あんな場所で漂ってたら、海賊のスパイだって可能性もあるだろ?

 念の為に縛らせてもらった。」


「僕はフリューでこっちがウルです。

 船長は僕たちを奴隷として売るつもりだったのでは?」

僕の質問にドレイク船長は慌てた。


「そんなことするつもりは無い!

 俺たちは正義の海賊だ、子供を売るようなことはせんよ。」


正義の海賊?


「まあ詳しくは夜に説明する、今晩のディナーに招待しよう。」


何か様子が変だ...

僕らは何か勘違いしていたらしい。


「ちょっと待ちなさいよ!」

突然、シルクが訴えてきた。


「じゃあなんで私まで船倉に閉じ込められなければならない訳? 説明しなさいよね」


船長はシルクの剣幕に苦笑いを浮かべた。

「君は、ハイマーク商会のお嬢さんだろ?

 君は野盗に攫われそうになっていたところを偶然助けた訳だが...実は君にはハイマーク商会から懸賞金がかけられていたのよ。

 その手配書にな、おてんばだから捕まえたら逃げないよう閉じ込めておけって書いてあってな、まあ恨むなら親父さんを恨むんだな。」


シルクはその説明を聞いてがっくりと膝をついた。

 

 

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