第0話 後編 勇者誕生

私はアイリス=ブレイズ。

今年で10歳になった。


 私はブレイズ家の長子として、昨日、社交界にデビューをした。


 お母様は長い道中で体調がすぐれず王都の別宅でお留守番をして、お父様と二人で参加をしたのですが、そこでアーサー様という私より4つ歳上のお兄さんとお友達になった。


 アーサー様といつか一緒に剣の稽古をしようと約束したが、なぜか、お父様からアーサー様とあまり近づかないよう言われた。

 父親として娘を取られたくないという心境でしょうか?


 私達はお母様の回復を待って明日この王都を離れて、領地に帰ることになり、今日一日は自由にして良いって言われ、私は城下町を散歩することにした。


「お友達へのお土産も買ったし、あとは何か面白い場所はないかしら?」


「お嬢様、そろそろ屋敷に帰りませんとお父上に怒られますよ?」

そう護衛の騎士サレドさんが言った。


「サレド兄さん? あなたはを連れて王都を観光中なんですよ。

 妹にお嬢様は変でしょ? アイリスって呼んでください。」


「勘弁してくださいお嬢様、ただでさえブレイズ様に隠れて剣の稽古を付けてるのに、これ以上ブレイズ様への秘密を増やさせないでくださいよ。」


「今更ですね。

 さあ、あそこに子供達がいっぱいいます。

 覗きに行きますよ!」

そう言って私はサレドさんの手を引いた。


 町外れの小さい教会の裏庭で、子供達が剣の稽古をしているのが見えた。


「お嬢様、ここは孤児院だと思います。

 こういう所では冒険者のような危ない仕事に付けるよう、こうして訓練する子がいると聞いています。

 お嬢様のような方が来るところではありません。」

 サレドさんがそう言ったが、私は一人の男の子に注目していた。

 

 周りは私と同じ10歳から15歳位の子供たちの中で、まだ幼い5歳くらいのボサボサの黒髪の男の子が、木剣をふるっていた。

 小さい体で上級生から弾き飛ばされるが、すぐ立ち上がって向かって行いく、諦めない姿に目を奪われた。


「あの子すごいわね。

 体格で負けちゃうけど、絶対強くなるわ。」

 私はワクワクして居ても立っても居られず、孤児院の柵を飛び越えた。


「ちょっと! お嬢様なにをするんですか?」


 私は、子供たちのところに駆けつけると、木剣を拾って男の子に向けた。

「私はアイリス! あなた私と勝負しなさい!」


 男の子は、突然指名されて戸惑っていたが、私の真剣な目を見て剣先を合わせてきた。


「僕はノア」

男の子はそれだけ言って打ち込んできた。


 やはり速い! まだ幼く力がないので木剣の重さに振り回されているが、幼い子と思えない足捌きだった。

 私が体格差を利用して、弾き返してもすぐ立ち上がって向かってきた。

 

 そんな打ち合いがしばらく続いたころ、近くに来まで来ていたサレドさんがノアに声をかけた。

「ちょっと待て坊主! お前にはその得物は大き過ぎる、これを使ってみろ。」


 そう言ってサレドさんは半分の長さに切った木剣をノアに渡した。


 ノアは受け取った木剣を数回振った後、逆手に構えた。

 そして私の方に向き合い再び打ち込んできた。

 さっきより速い! 短刀を逆手に持った分、間合いを詰めてきたところ、私は鍔元で受けなければならなかった。

 

 そのような鍔迫り合いが数分続き、私も体力の限界がきて、一瞬気を抜いたところ、私は木剣を弾き飛ばされてしまい尻もちをついた。

「まいったわ... 私の負けね」


 ノアは、すぐ駆けつけてきて両腕を掴んで引き起こしてくれた。

「僕は何度も転ばされてますから、僕の負けです」


「じゃあ、おあいこね。」

私とノアはそう言って笑い合った。


「坊主、うちのお嬢様はかなりお強い。

 お嬢様と引き分けたお前は誇っていい。

 もう少し大きくなったら辺境のブレイズ領まで来い俺がしごいてやる。」

サレドさんはノアにそう言った。


 その後、サレドさんは子供達に稽古をつけてあげ、私もそれに参加した。


「ノア、私は明日故郷に帰るの。

 でも度々王都には来ると思うから、その時はまた稽古しましょう。

 それまでに強くなりなさい。

 私もあなたに負けずに強くなる。

 私たちはライバル、お互いに強くなりましょ!」

そう言って、最後にノアと握手を交わした。

 ノアはうなづくだけで口数は少ないが、その目は通じ合っていることを確信した。


 私は清々しい気持ちで孤児院を出ようとしたところ、はちみつ色の髪の女の子に呼び止められた。

「私はエレナ、ノアの姉よ。

 ノアはだからあまり仲良くならないで欲しいわ」


エレナの言葉に私は戸惑った。

「いいえ、そんなつもりじゃないわ。

 確かに可愛い男の子だけど、剣の才能に惚れただけよ。」


「惚れちゃダメ。私のだから。」

そう言ってエレナはノアの元に走って行った。


 私達が遠くから見てるとノアの擦りむいた傷に手を当てたエレナの手が輝いた。

 それを見てサレドさんは驚いた。


「これは珍しい、あれは神聖魔法ですな。

あのような逸材が揃っているなんて、ここの孤児院はどうかしてますよ。」


「そうね、散歩して良かったでしょ?

あっ! お土産のお菓子をノアたちにあげちゃったんだった。

 街に戻って買いに行かないと」


 私とサレドさんが屋敷に帰ったのは夕方遅くになり、私たちはお父様からお叱りを受けるのでした。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、お母様の体調も回復し、私たちは王都を後にし、ブレイズ領への帰路についた。

 私とお父様、お母様の乗る馬車と、10名の騎士が護衛に付いていた。


「ごめんなさいアイリス、私が体が弱くって。

 それよりどうだった初めての王都は、楽しめたかしら?」

馬車の中でお母様に聞かれた。


「私ね。王都でお友達が出来たわ。

 舞踏会でアーサー様って方とお友達になったの。

 アーサー様は私より4つ歳上なのだけど、金髪の素敵な男性だったわ。」


ゴッホン!

 お母様の横に座っていたお父様が機嫌悪そうにしていた。

 

「それとねお母様、町でノアっていう5歳くらいの男の子とも友達になったの。

 剣の才能があるってサレドさんも褒めていたわ。

 そうだお父様、将来うちの騎士になってくれれば良いと思うのよ!」


 私がそういうと、お父様は嫌そうな顔をしていた。


「アイリス、父親というのは娘が男の子と仲良くなるのが嫌な生き物なのよ。

 分かってあげなさい。」

お母様はそう教えてくれた。



 それから、宿場を転々として3日かけて、領地まであと1日のところまでたどり着いた。

 

 渓谷へ続く道に入ったところで、馬車が止まった。

 馬車が止まった場所は、右側が谷で左側が崖となっていた。


 お父様が馬車の窓を開けて、騎士に話しかけた。

「どうした?」


「先行していた者が戻ってきたのですが、どうやらこの先で崖が崩落しているようです。

 戻って別の道に迂回いたしましょうか?」


「まずいな......、各自警戒に当たらせろ、待ち伏せかもしれん。」


「何者が待ち伏せなど?

 とりあえず了解しました。

 警戒させます。」


「お前たちは馬車にいろ」

お父様はそういうと剣を携え、馬車を降りて行った。


しばらくして外が騒がしくなった。


「ブレイズ様! 後方からハインドウルフの群れが近づいて来ます。」

ガシャン!

 そう報告した騎士の頭に、岩が落ちてきて落馬した。


 上を見上げると、崖の上には無数のゴブリンが岩を掲げて笑っていた。


「魔物の奇襲だ! 直ちに応戦するのだ!」

お父様の声が聞こえた。


 その直後、ゴブリンたちは一斉に岩を投げ落とした。

 馬車を引いていた馬にも岩が当たり、暴れ出した馬もろとも馬車が崖から転落した。


「お母様!!」

私はお母様に抱きついていた。


バッシャーン!!


 転落中に馬車はバラバラになり、馬もろとも谷底の濁流に流されていった。



 私は気づくと一人、河岸で目が覚めた。

 「お母様!」

 周りを見回しても、その場所には馬車の残骸すら無かった。


「お母様! お父様!」

私の前の前には森が広がり、私が叫んでも誰の反応も無かった。


グルルルル....


 暗い森から光る目がこちらを見つめていた。

 それが一つまた一つと増えていく。

 ゆっくりと灰色の巨大な狼の群れとゴブリンの群れが森から現れた。

 その狼の一頭の口には、騎士と思われる鎧をきた腕が咬られており、ゴブリンはお父様の剣が握られていた。


「お父様...」


 私は呆然と立ち尽くした。

 後は濁流の川、前には魔物の群れ


 「私、ここで死ぬのかしら......」

 そう思った時、耳元で囁く女性の声が聞こえた。


『私は、女神ユースティティア様の使徒リーブラ。

 なんじ、力を欲するか?』


「私は......死にたくない。」


『汝、力を欲するなら求めよ。』


「死にたくない。」


『力を欲するか。』


「死にたくない、死にたくない、死にたくない.......」



 その時、私の右手の平が熱くなるのを感じた。

 私が右手の平を見つめると、そこに光の粒子が集まってゆき、そして集まっていた光の粒子は、剣を形造っていった。


 いつの間にか、私の手には美しい宝飾が施された剣が握られていた。


 その時、私の体は何者かに支配されていった。

 私は無意識に中、腕が勝手に動いていく。

 そして、その剣先を狼の群れに向けた。


「お前たち、

私がそう願った直後、剣先から光の衝撃が放たれた。


ビシュン!


 光は魔物の群もろとも数百メートルに渡って森を焼き払っていった。

 その光が収まったあとは焼け野原となっていた。


「お父様、お母様...」

私は、そのまま意識を失った。



 私が目覚めた時、そこには王都の騎士団が集まっていた。


「おお! 目覚めましたか? 勇者アイリス様」

 騎士はそう私に話しかけた。


 私が勇者?

 

「その剣、『聖剣ライトブリンガー』を持っているのが何よりの証、聖剣が王都の宝物庫から無くなったのを聞いて新宰相サイロス様の命で駆けつけてきました。」


 私達は王都からここまで3日かかった。

 夜通し歩いても早すぎるのではないか?

 私はそう疑問を感じたが、ここで口にすることは無かった。


「お父様とお母様は? 他の騎士たちはどうしましたか?」


私の質問に騎士は項垂れて答えた。

「残念ですが、生存を確認したのは貴方様だけです。

 数名の騎士の遺体は回収しましたが、ご両親は遺体も見つかっていません。」


 私は、その答えに呆然とした。

 私は一人になってしまったのだ......


 私はいつのまにか握っていた聖剣を見つめた。

 この力があればお父様やお母様は助けられた?

 私は、悲しい気持ちになったけど、不思議と涙は出なかった。

 この剣を見つめると、感情が薄くなり支配されるような感じがした。

 それは怖い事だけど、今だけはこれに頼りたい、そう感じていた。

 

 私は王都の騎士たちに護衛され、ブレイズ領に戻ってきた。

 門を入るとそこには先に知らせを聞いていた騎士たちの家族が待っていた。


「ごめんなさい。

 私の力が足りなくて皆んなを死なせてしまいました。」

私が遺族に頭を下げると、皆驚いた顔をしていた。


「そんな、お嬢様の責任であの人たちが死んだなど誰も思ってはいません。

 頭をお上げください。」


 私が顔をあげるとそこでオーウェン親父と目が合った。

 オーウェン神父は私の腰の聖剣を見て言った。

「やはり運命には逆らえませんでしたか......

 気をつけなさい、その剣に振り回されてはなりません。

 勇者などという称号に惑わされてはなりません。」

私は、神父の言葉に答えた。

「分かりました肝に命じます。」


 そう言いながらも私は『勇者』となる決心を固めていた。

 この力があれば守れる人がいるはず、私はこの先魔物や魔族と戦い、できる限りの人を救いたい。

 

 この時、この決心が自分を不幸に誘うとは考えもしていなかった。

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