第0章 光の勇者の誕生
第0話 前編 勇者誕生
そこはローゼンブルク王国の領内北西にある、アインズ=ブレイズ辺境伯領。
その日、若きブレイズ辺境伯の長子が生まれた。
オギャー オギャー
「おや、なんて事でしょう!」
赤子を取り上げた、産婆に呟きにそれを見守っていたブレイズ卿が声をかけた。
「どうしたんだ?」
「これを見てください旦那様」
そう言って取り上げた赤子の右手のひらに、何やら光の粒子のようなものが集まっていた。
「あなた、どうかしましたか...」
出産後に疲労したか細い声で、不安そうに聞いた奥方に、ブレイズ卿は言った。
「よく頑張ったなテレジア、元気な女の子だ。
何も問題ないよ。」
そう言って、乳母から受け取った赤子を奥方に抱かせたが、その時には、光の粒子はすでに消えていた。
ブレイズ卿は、扉の外で控えていた侍従に声をかけた。
「至急オーウェン神父を呼べ、大至急だ。」
オーウェン神父は、元は王都の神官長を務めていた高齢の聖職者で、ある神の啓示を受けて、このブレイズ領の教会に移籍してきた。
間も無くして、オーウェン神父が領主の屋敷を訪ねてきて、応接室に通されたが、そこにはブレイズ辺境伯とオーウェン神父の二人だけであった。
「オーウェン神父、貴方が予言していたことが現実となった。
我が娘は、生まれた直後に右手に光が宿っていた。
それはすぐ消えたが、貴方の予言した兆候と見て間違いない。」
「正に、それは勇者の証でしょう。
その光は聖剣を呼び寄せているのです。
まだその力は目覚めていませんが、いずれ聖剣を手にする時が来きます。
私は勇者の誕生をお伝えする為にこの地に来たのです。」
その言葉を聞いてブレイズ卿は浮かないかをしていた。
「王国の未曾有の危機に神の使いとして勇者は現れる…、などと言われているがな、何度も勇者を輩出しているここブレイズ家ではそうは伝わっていないのだよ。
勇者は聖剣という超兵器を扱える者、ただそれだけの存在だ。違うか?」
「この
我々神官は、
『勇者』とは我々や時の為政者が、自分たちの都合で勝手につけた呼称に過ぎません。
過去に、魔王国に生まれた同じ
お分かりですな?
『勇者』は決して祝福された称号では無いことを。
一生その力が発現しない方がお嬢様も幸せに生きられるでしょう。」
「そうだろうな。
このことは妻も知らないし、乳母や出産に立ち会った者には秘密にするよう伝えてある。
呪われた『勇者』の呪縛から遠ざけて育てるつもりだ。」
やはり避けられない運命だったか......
ブレイズ卿は、念願の子供の誕生にも素直に喜べない現状を恨んだ。
「神父、どうか娘の名付け親となってくれないか?」
ブレイズ興がそういうと、オーウェン神父はしばらく考えた末こう言った。
「そうですな、『アイリス』という名前はいかがかな?
アイリス春に咲くは美しい花、今ころ湖のほとりではアイリスが満開となっているでしょう。
アイリスの花言葉は『希望』『信じる心』、この子の未来に必要なものではありませんか?」
「アイリスか。良い名だ気に入った。
アイリスの未来に希望を持とうではないか」
こうしてブレイズ家に誕生した長女に、『アイリス』の名が与えられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから10年後のある春の日、王都ではこの時期恒例の園遊会が開催されていた。
この園遊会は、将来の貴族となる後継者や、その妻となる貴族の子供達の交流を目的として開催されていた。
多くの貴族とその子息、息女が歓談する中、赤く長い髪を結い上げた可愛い女の子を連れてブレイズ辺境伯が会場に現れた。
その瞬間、10歳になったアイリスを見て、参加者が息を呑み会場がざわついた。
「なんて可愛らしい女の子でしょう!」
「将来、美しい姫となるだろうな」
「辺境伯がこの園遊会に子供を連れてくるのは初めてだろ? なんて堂々とした子供だ」
「やあブレイズ卿、久しいな!」
男が男の子を連れてブレイズ辺境伯に声をかけてきた。
「そっちこそサイロス、いやローゼンブルク卿とお呼びした方がいいか?
それより卿に息子がいたとは聞いていないぞ。」
「いや昔と変わらずサイロスでいい。
今日は兄上の遣いで、来ただけだ。
こちらは兄上の息子アーサー様だ。」
「これはアーサー様、私は辺境伯のアインズ=ブレイズと申します。
お父上とは前の大戦でご一緒させていただきました。」
「やめてくださいブレイズ卿、今日の私は、たまたま王子と名前が一緒なだけの、辺境の男爵家の子供としてこの会に参加しています。
ブレイズ卿の勇猛さは父からも聞き及んでいます。 会えて嬉しいです。」
「ところでブレイズ卿、そちらの美しい女子を紹介してくれんのか?」
「そうだったな、我が娘アイリスだ。
アイリス、挨拶をしなさい。」
ブレイズ卿に促されて、アイリスはスカートを摘んでお辞儀をした。
「私はアイリス=ブレイズです。
初めましてサイロス様、アーサー様」
その挨拶にサイロスは微笑んだ。
「なかなかしっかりした挨拶じゃないかブレイズ卿、奥方に似たようだな」
アーサーはアイリスの前に出ると右手を差し出した。
「初めましてアイリス嬢、僕はアーサー、ぜひ友達になって欲しい!」
そこ言葉にアイリスは照れながらも手を握り返した。
「よろしくお願いします。アーサー様。
キャッ!?」
アーサーはそのままアイリスの手を引いて、中央の踊りに輪に入って行った。
「お近づきの印に、一緒に踊ってくださいアイリス!」
「おっと、これはこれは。
未来の王妃が見つかったようだな。」
その光景を見て茶化すサイロスに、苦笑いしてブレイズ卿は答えた。
「よしてくれサイロス、まだ嫁にやるのは早い。」
サイロスは、ブレイズ卿の耳元に近づき小声で話した。
「聞いてるぞ。貴卿の娘は勇者の素質があるとか......」
「どこからそのような話を」
「私は、王国の諜報機関を統括しているのだぞ、秘密なんてものはどこからか漏れるものだ。
それよりそれを隠しているのは王国の損失だ、叛逆と疑われても仕方がない行為だ。
娘を庇って無事に過ごせるとは思わない事だな。」
サイロスの言葉に、ブレイズ卿はサイロスを睨みつけて言った。
「アイリスは、勇者になどさせん。
私が絶対に守る。」
「これは忠告だ、勇者は必ず覚醒させ、王国にために働いてもらうぞ。
周りにどんな犠牲が出てもだ」
サイロスはそう言い残し、ブレイズの元を離れて行った。
アイリスとアーサーは、しばらく踊ったあとバルコニーに出て涼んでいた。
「なかなか上手いじゃないかアイリス! 最初はぎこちなかったが、最後は綺麗に踊れていたぞ。
さすが勇者を排出した名門ブレイズ家のお嬢様だけあって見事な足捌きだった。
日頃も剣の稽古などは厳しいのか?」
「やめてくださいアーサー様、私もお父様に剣術を教えて欲しいと願ったのですが、お父様は私に剣など触らせてはくれません。」
「それは意外だな、そなたは武術に秀でた家の跡取りだと聞いたのだが。」
「お父様は、以前から弟を作って継がせるから家のことは心配しなくて良いって言っていて、だから今まで私には家督を継がせる教育とかをしてこなかったのです。
でも私が生まれた後、お父様とお母様の間に子供が生まれず、最近に跡取りを作るのを諦めたみたいです。
だから私を社交界に連れてきたのだと思います。」
「そうだったのか。悪いことを聞いたな。」
「いいえ、私は、跡取りとか関係なく剣には興味があったのですがお父様は剣を握らせてくれませんでした。
でも秘密ですが、実はお父様に隠れて騎士たちの訓練に参加させて貰ってるんです。
新兵の教官からは結構筋が良いって褒められるんですよ。」
「やれやれ、見た目と違って飛んだおてんばだね。
僕も騎士を目指しているから、いつか一緒に戦える日が来るかもしてないな」
アイリスとアーサーはそう言って笑い合った。
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