第52話 新しい旅立ち

 傾国の魔女が死んで1ヶ月後


 僕らがそれぞれローゼンブルク王国の王都を離れる時が来た。


 この1ヶ月の間にもいろいろなことがあった。

 まず、アウグストが、先代国王の長子の『アウグスト=ローゼンブルク』として正式に新国王を宣言した。

 この事について異論を唱えるものは誰も居なかった。

「いや、俺国王って言ったよな。

 こんな面倒なこといつまでもやってられないからな。」

 唯一を唱えていた者はアウグスト本人だけであった。


 新国王就任に伴い、近衛騎士団は変わらずオクトが団長となり、臨時宰相としてラヴィーネ=

イスマイルが就任した。

「悪いけど、私は臨時よ。

 早く戻らないとマズいの、あの女狐に出し抜かれる前に私は帰るのよ!

 いくら私が長寿でも今は時間を無駄にはできないわ。」


 さらに王国に新たに諜報部が新設され、その初代長官にリンが就任、それに伴い家名が与えられた。

 リン=オーランド

正式に神官長として復帰したオーランド神官長の養子、つまりエレナの義妹となった訳だが...

「なんで子供の私が長官なんですか? おかしいでしょ? 私には暫定とか臨時とか無いんですか? 私、兄さんが義兄さんになるのは承服しかねるんですけど。」

 


 僕とエレナは、リンの養子縁組の関係でオーランド神官長の元を訪ねていた。

 この教会にくるのも、オーランド神官長を救出した時以来だった。


「フリュー君は、家名はいらないのかい? アウグスト王からも君を王国の貴族にと言われているんだろ?」


「折角の申し出ですが、あまり王国だとか魔王国だとかは、今の僕にとって関係ないと思っているんです。

 今は僕を必要としてくれる人の力になりたいと思ってます。

 もう追放はこりごりですから。」

僕の意見にオーランド様はうなづいていた。


「お父様? 心配しなくてもフリューがうちに婿養子にくれば家名は与えられるんですよ。

 先々のこととか心配しなくて良いのです。」

そんなことをいうエレナに対してオーランド様が言った。


「そんな悠長なことを言ってて良いのかエレナ?

 お前のの婿養子となっても同じ名前になるのだが?」


エレナは僕を睨んで言った。

「あなたそんな事を考えていたんじゃないでしょうね?」


「どんなことさ?

 結婚なんて今の僕が考えている訳ないだろ?」


僕が焦って答えると、エレナは独言を言った。

「少しは考えなさいよ...」


そこでオーランド様が助け舟を出してくれた。

「まあその話はいいだろう。

 ところでフリュー君は、教会に来たのは久しぶりだよね。

 どうだろう、私が君の職業ジョブを鑑定してあげたいのだが受けてくれないか?

 もしかしたら『暗殺者』のジョブから変化があるかもしれない。」


 僕が犯罪者のジョブを持っていることが、追放された原因の一つであり、それを気にはしていた。

 もし変わっていたらという、少ない望みをかけ、オーランド様に鑑定を依頼した。


 場所を教会の祭壇の前に移動してオーランド様の前に立った。

 オーランド様は、僕の額に右手をかざし、左手を机の上の宝珠に手をかざした。

 オーランド様の手の平から暖かいオーラが感じられ、それと共に宝珠が輝き始めた。

 オーランド様が右手を離し、宝珠を覗き見ると、その目は驚きで見開いていた。

「...いやこれは、こんな事があるのか?」


「お父様、何が見えるのですか?」


 僕は、オーランド様の驚きに不安を感じていた。 

 変化がないという感じではない、が喜こばしいという感じでもない。

 暗殺者よりも悪いジョブか?

 僕の不安そうな顔を見てオーランド様が話し始めた。


「いやすまない、脅かしてしまったか?

 何も悪いものではない、ただ今までに無いことに驚いただけだ。」

 

「悪いジョブではないと?」


「ああ、今まで無かったというのは、そのジョブは一世代で一人しか現れないジョブだからだよ。

 フリュー君、君の今のジョブは『勇者』だ。」


「『勇者』ですか?」


「ああ間違いない、この様な大事な事を私がたばかることはありえないだろう?」


「お父様、それではアイリスは? 勇者ではなくなったという事ですか?」


「それは分からん、勇者アイリスを鑑定してみなければな。

 しかし、過去に例がないというだけで、同じ世代に勇者は二人いてはならない訳ではない。

 そもそも勇者などが生まれる国難が度々あるものでは無いからな。」

 

「僕が勇者? 僕はどうすれば...」

僕が混乱しているのを見て、オーランド様は僕の肩に手を置いて言った。

「君は何も変わる必要はない。

 君達が一番理解していることだが、『勇者』は決して恵まれたジョブではない。

 『勇者』はを成すために、身を滅ぼす可能性を持っている。

 生まれついての勇者であるアイリスとは違い、君は、君が生きてきた結果により勇者となったのだ。

 勇者の称号にとらわれて君の生き方を変えるものではないのだよ。

 君に勇者のジョブが発現したことは、私たちの秘密としよう。

 君は勇者の地位を望まないだろ?」


 僕は僕のままで良いんだ。

 その言葉に僕は落ち着きを取り戻した。


「さすがは私が見込んだ男ね。 驚きも予想を超えてくるわ。

 でも、これはフリューと私との秘密よ。」

エレナは何か優越感に浸っていた。



 僕たちが王都を離れる時が来た。

 僕とエレナとウルは魔王国領内までは、イブリンたち魔王軍と同行することなった。


僕らは城門の前で、しばしの別れを告げた。


「今までありがとうアウグスト国王、今は力になってあげられなくてごめんなさい。」


「いいよアウグストで、俺はどんな立場でもお前さんのパーティの一員だ。

 王を辞めた後は、また世話になるからよろしくな。」

そう言って僕らは握手を交わした。


「じゃあねリン、しっかりやるんだよ。

 もう君は半人前じゃない。

 僕の愛弟子は卒業だ。」

と言ってリンと抱擁を交わした。

「私はいつまでも兄さんの愛弟子です。 兄さんの故郷はここですから必ず帰ってきてくださいね。 私は待ってますから。」


最後に僕はラヴィーネに声をかけた。

「しばしのお別れだけど、また会えるよね? ラヴィーネ。」

僕はそういうと、ラヴィーネにこやかに微笑み、右手の指輪を外し、僕の左手薬指にはめた。

 その魔法の指輪はラヴィーネが見た目を偽るためのもので、ラヴィーネの黒髪は翡翠エメラルド色に変わり、耳が伸びて特徴的なエルフの耳に変わった。

 そして、突然僕を抱きしめると、唇を重ねて来た。

 僕はその不意打ちに赤くなり、そして息ができずにもがいていると、エレナが僕の腕を引っ張り引き剥がした。

「あんた!!! 何してくれんのよ!」

エレナの剣幕に、ラヴィーネは笑って返した。

「あんたが抜けがけする前に、先手を取らせて貰ったわ!

 私は今、婚約指輪と誓いのキスを交わした!

 だから私が一歩リードよ!」


「えっ、誓いの指輪?」

僕は左手の薬指を見た。

その指輪はしっかりはまって抜けなかった。


「ほっほほほ! その指輪はただの指輪じゃないわ! エルフの呪い、じゃない祝福の指輪よ!

 フリューに危機が迫った時には、その指輪を介して会話が丸聞こえになるわ。覚えておきなさい!」

またしてもラヴィーネの手のひらに踊らされているような気がする。


「私にとっては、ちょっと散歩に出るようなものよ。 じゃあ後でねフリュー。」


「じゃああとでラヴィーネ」


そうして僕らは王都を後にした。



 それから3日後、僕らは魔王国領内に入った。

 僕らが行く最初の目的地は、ここより東にある街、ここの別れ道で、イブリン達とはしばしのお別れとなる。


「じゃあ行ってくるよイブリン、アイリスをお願いね。」


「行ってらっしゃいフリュー。お土産をお願いね。 私は甘いお菓子が好きなのよ。」


「ああ分かった。約束しよう。」

僕がしゃがみ、イブリンと軽い抱擁を交わした。


「それじゃあラミア行ってきます。」


「行ってらっしゃいフリュー。

 魔王軍のために働いていただき感謝します。

 ご健闘を祈ってます。」

僕とラミアはお別れの握手を交わした。


 僕はアイリスを見たが、相変わらずの無表情だった。

「行ってきます勇者アイリス。」

僕は別れを告げて、アイリスを抱擁した。


 すると僕の耳元で声が聞こえた。

『行ってらっしゃい』

僕にはそれが本当に声なのか幻聴なのかは分からなかった。

 でも、それでもアイリスの心が今もこの体の中にあり、きっと心が取り戻せる日がくるということを確信した。


「じゃあアイリス!またね!」

僕は手を振って別れを告げた。



「どうしたのフリュー嬉しそうに」

馬上で横を歩くエレナに声をかけられた。


「またアイリスと旅ができると良いねって思ってね。」


「何、早々別の女の話?

 あなたと常に一緒にいるのは私だけよ。

 今までもそしてこれからもよ。

 ラヴィーネのキスも後で上書きしてあげるんだから覚悟しなさい!」


「ちょっと、オイラが居るの忘れてない? 最初からこれだと先が思いやられるよ...」


 

 僕が追放され、別れた先にこんな未来があるとは想像出来なかった。

 僕らにはそれぞれ道があるけど、先では必ず先で繋がっている、そう信じられることが嬉しいと僕は感じていた。


「エレナ、ウル、僕ら『ヴァンパイアスレイヤー一行』の旅は始まったよ。

 さあ張り切って行こうじゃないか!!」


「ねえ、その名称は恥ずかしいからやめない?

 他にも『英雄一行』とか『勇者一行』とかあるでしょ?

 ほら、『ドラゴンスレイヤー一行』とかどうかしら?」


「いやオイラたちヴァンパイアを狩るのが目的だし...」


「うるさいわね。 私が嫌なのよ!」



こうして僕らは新しい旅に出発した。


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