第33話 傾国の魔女

 暗部機関統括責任者エウドアは、部下数名と共に、王国の西の外れにある、王族の離宮を目指した。


そこは湖畔に佇む質素な邸宅であった。


 月の光が差し込む夜、その離宮のテラスでは、この邸宅の女主人がティータイムを楽しんでいた。


 見た目は30歳前後くらいの美しい女性で、腰まで伸びた黒髪にあう漆黒のドレスを着ていた。

 しかし、その肌は雪のように白く、鋭く赤みがかった瞳を持っていた。


 テラスに現れた執事が言った。

「奥様、アーサー王子からの迎えの使者が参りました。」


 女主人は微笑んで言った。

「そう、私も久々にの顔が見たいわ。すぐに行きます待たせておきなさい。」


 女主人がそう告げると、執事は一礼して下がっていった。


「いよいよね。」


 女主人は、飲みかけの紅茶を残し寝室に戻って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーー



 城塞都市の会議室では、一同が会し中央上座にはアウグストが座っている。


「なんかこう落ち着かないなぁ。」


「慣れなさい」

アウグストの言葉にキルケが釘をさした。


 王都攻略の作戦会議が開かれていた。


「アウグスト様にご報告します。」

近衛騎士団長オクトから報告があった。


「王党派の諸侯に根回しした結果、東方の諸侯3家、南方の諸侯4家が協力を申し出ております。

 ブルーム辺境伯の蜂起に合わせ行動を開始することを取り付けました。」


 その報告にアウグストが意見を述べた。

「数的には足りないが、士気はこちらが上だ。

 蜂起すれば他の諸侯も動くだろう。」


「風はこちらにあります。」

近衛騎士団長が満足げに言った。


 その時、会議を離れて聞いていたフリードリヒが言った。

「このままでは勝てんぞ。

 確かにこちらにはキルケとラヴィーネという戦略級の魔術師が二人もいる。

 しかしな、あちらにもキルケたちを超えた魔術師がいる。」


 その言葉を聞きラヴィーネは言った。

「確かに私よりすごい魔術師なんていっぱいいるけど、王子側にそんな魔術師がいるなんて知らないわよ。」


 フリードリヒはため息をつくと、迷いつつも王国の秘密を話し始めた。

「ことの発端は今から100年くらい前、ワシから2代前の王の時だ。

 魔王軍との戦の原因となったのが、その魔女だったらしい。これは伏せられておる裏の話じゃがな。

 長い戦いだったから過去の事とはいえ、原因が王国側にあったとはいえんじゃろ?

 とは言え、王国もその魔女に操られたんだがな。」


 ここまでの話を聞き、ラヴィーネが口を挟む。

「傾国の魔女の逸話ね。

 私も会ったことはないけど...、でもあの魔女が王国側についたなんて知らないわよ。」


「そうじゃろうな。まあ続きを聞け。

 あの魔女、いや魔女と言っても魔術師の類ではない、あの女の能力はスキルによるものだ。

 人を支配する『眷属化』の能力をな。」


「それから三代にわたり王国を裏から手を引いておった。」


「三代? 三代ってあなたもということ?」

キルケがギョッとして聞いた。


「そうじゃ、ワシの二人目の妻は、あの魔女の娘じゃった。

 と言っても、ワシが知ったのは彼女が亡くなる時だったがな。

 おまえは、その盗聴の腕輪で聞いて無かったのか?」


「失礼ね。私も後妻との情事を聴く趣味は無いわ。あなたに真の危険が及んだ時だけ発動するのよ。」


「確かに命の危険は無かったか、

話が途中だったな。先代の王、私の父の時は、あの魔女本人が王の愛人だった。

 西のはずれの離宮に住んでおってな、その愛人の子がサイロスよ。」


フリードリヒの発言に一同が驚愕した。


「それでは魔女はサイロスの実の母親で、アーサーの祖母ってことか?」


「そういうことになるな。外部に漏らせなかった王家の闇じゃ。」


「それほどの事実を隠し通せるものかしら?」

ラヴィーネの疑問にフリードリヒは答えた。


「それが『眷属化』の恐ろしさよ。

 身近な者は精神支配され操られる。

 二人目の妻は辺境貴族の娘との政略婚であったが、ワシはそのことを疑いもしなかったわ。

 当然、先代王もな。」


「では何でその存在をそのまま放っていたの?」

キルケの剣幕にフリードリヒはたじろいた。


「責められるのは分かるが。

 だが考えてみろ、アーサーは孫、サイロスは息子、気づいた時にはもう相当王家に食い込んでおった。

 あの魔女に対処できる手駒が無かったのじゃ。」


 それまで黙っていたオーランド神官長が言った。

「その魔女は『吸血鬼ヴァンパイア』ですね?」


神官長の言葉にフリードリヒがうなづく。

「魔女の名は『エルゼベエト』、王国はこの100年間、ヴァンパイアに操られ魔族との代理戦争をさせられていたという事だ。」




 では、あの戦いはなんだったのか?

 僕は、フリードリヒ王の言葉に唖然とした。


「僕たち勇者一行の戦いは正義の戦いでは無かった、という事ですか?」


僕の言葉にフリードリヒ王は慌てた。

「そのような怖い顔をするな!

 魔王からしてみれば我ら王国は魔女エルゼベエトの手先、我々にその意識がないままに敵対視され、実際村々が魔王の配下に襲われていたのは事実だ。

 戦わねば、王国の人々はもっと殺されていただろう。」



 僕は、魔王城での最後の戦いを思い浮かべていた。


 魔王城魔王の間で、魔王の側近である『魔将ラミア』が言っていた。


「あなたたちに大義はない」と。


 僕は、みんなに言った。


「まだ手遅れではないかもしれない。

 今は詳しくは話せないけど、僕はこれから魔王城に向かいます。」


僕はそう言うと、会議室を後にした。


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