第32話 英雄の帰還

 そうだ、リンは!?

 僕があたりを見回すとエレナが倒れたリンを懸命に治療していた。

「亡くなってはいないわ。でも、目覚めないのよ...」


 リンは何か黒いモヤに絡まれて苦しそうにしていた。


 僕にはやるべきことを


「エレナ少し下がって!」


 エレナを下がらせると、僕は無意識のまま刃が折れつかだけになった『シャドウブリンガー』を掲げた。

 すると柄から実態のない黒い刃が伸び、刃から黒いモヤが漂った。

 それは今までの片刃の短剣ではなく、言わば「刀だ。かたな」だった。


 僕はシャドウブリンガーを振り抜きリンが絡まれていた黒いモヤを切る。


シュルルルー

黒いモヤは黒い刃に吸い込まれていき消えた。


「何をしたの?」

エレナは不安そう僕を見た。


「もう大丈夫だと思うよ。 

 うまく説明できないんだけど、この剣の使い方がわかった気がするんだ。

 この剣を握ると、僕には瘴気が見えるようになり、その瘴気を剣が吸収した、という感じかな。」


 今まで苦しんでいたリンが落ち着き、静かに寝息を立てていた。


アウグスト卿が聞いた。

「そういえば、暴竜の死体はどこだ?!フリューが吹き飛ばした光が消えたら、何も無くなっていたぞ。」


その疑問に僕が答えた。

「なんて言えばいいんだろう?

 この剣が食べちゃった...?」


「食べたぁ?!」


「そう、この剣は力を吸収することができるみたいです。

 ニーズヘッグは闇の力そのものだから、全部吸収されちゃったんです。

 今まで付いていたのは刃じゃなく鞘ですね。」


「竜を喰らう剣か」

その答えにアウグスト卿は唖然としていた。



そして僕らは、迷宮を後にした。


「・・・あ、兄さん?」

しばらく行くと僕が背負っていたリンが目覚めた。


「あ、起きた? 良かった無事で!

リンは竜の瘴気に当てられちゃってたんだよ。」


 リンはぼんやりしていたがハッとしたよう目覚めて言った。

「そうだ!竜は?!」


「あー竜ね。竜なら僕が食べっちゃったよ。」

僕が惚けながら言うと、リンはクビを傾げていた。


「食べた...?」


「どうやらそうらしいぜ。」

アウグスト卿が同意すると、リンは不思議そうにしていた。


「まあリンの活躍もあって無事暴竜は倒されたって訳だ! 城塞都市に帰ろう。」


僕らは、城塞都市に帰って行った。


ーーーーーーーーーーーーーー


「おおお勇者のご帰還だ!!」


 僕らが城塞都市の東門をくぐると、中には騎士団が揃って出迎えてくれた。


「よくやってくれた!!」


「俺たちの苦労が報われたなぁおい!」


 城塞都市の塀に中には涙を流す者も少なく無かった。

 歓迎する騎士たちを掻き分けて進むとその先に、フリードリヒ王とキルケ妃、そしてエルフの女王が待っていた。


「おばあさま。よく来れたなぁ!」

そう口にしたアウグスト卿は、ラヴィーネから後ろから引き倒され口を塞がれた。

「余計なことを言うんじゃないわよ!」


その様子を見てヘカティア様は言った。

「ねえキルケ。

 どうやらあなたの息子は100年ほど反省した方がいいんじゃないないかしら?」


「いいえお母様、あの子は人の子です。

 100年も持たずに死んでしまいます...」


アウグスト卿は冷や汗をかいて反省した。



へカティア様は僕らを前にして言った。

「よくやってくれましたフリュー。

そしてその仲間たち。

 ユグドラシルの民は決してこの恩を忘れないでしょう。

 あなたに精霊の剣を託したのは間違いじゃ無かったようね。」


「いいえ...

 へカティア様からお借りしたこの剣のおかげで僕らは助かったのです。

 僕からも感謝します。」


へカティア様は僕を見て微笑んだ。


「あなたたちのおかげで霊樹ユグドラシルを脅かす存在はなくなりました。

 これからユグドラシルの戦士はあなたたちと共に戦いましょう。」


へカティア様の言葉にラヴィーネが驚いた。

「あら、これは凄いことよ! これから迷いの森を守っていた百を越えるエルフの魔術師と魔法戦士がこの地に集うわ。

 アーサーが気の毒ね。」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


フリードリヒ王は言った。

「感謝する精霊王よ!王国を取り戻したならば、今後、森の平穏は約束しよう。」


 フリードリヒ王の言葉にへカティア様は辛辣に返した。


「フリードリヒ、あなたの代はもうすぐ終わるでしょ?次の世代に約束させなさい。」


フリードリヒ王はたじろいだ。


「ああーそうだったな。

 エルフの感覚じゃワシは死ぬ間際か?

 まあ良い、ワシは十分やったので退位するとしよう。

 アウグスト、おまえが誓え。」


フリードリヒ王の言葉にアウグストは慌てた。

「おいおい、おれは辺境伯で十分だ。

やめてくれ王なんて柄じゃねえよ。」


その時、キルケ妃が言った

「私のかわいいアウグ。

やっと解放されたあなたに重責を与えるのは本意じゃないわ。

でも母のお願いとして聞いて欲しいの。

フリッツを解放してあげて。」


母親の顔はいつになく真剣だった。

「これから戦わなければならないのは、彼の実の息子と弟よ。

 血の分けた家族に裏切りられ、その家族と殺し合うのは不憫だわ。」


その言葉にアウグストは考えた。

「でもよぉ、他にも兄弟はいるだろ?」


「いいえアウグ、私とあなたはエルフの使命のためにフリードリヒの元を離れたの。

 本来ならば私は正妃で、亡くなったアーサー王子の母親は側室、王位継承権は長兄のあなたにあるのよ。

 それに勇者一行で聖騎士であったアーサー王子に匹敵する兄弟なんているかしら?

 竜殺しドラゴンスレイヤー一行のあなた以外に。」


 その言葉にアウグストは悩んだ末結論を出した。


「仕方ねぇなあ。じゃあ王国を取り戻すまでだぜ。終わったら適当な兄弟に王位を譲る。

 俺より政治が上手い奴くらいいるだろ」


アウグストの言葉にキルケ妃は言った。


「今はそれで良いでしょう。でもあなたには王の器があると思うわ。」

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