第4話 寿命

ヨネ(23)「ってかさ、きらりってずいぶん長生きだよね。国宝級だよ。」


きらり(82)「だよなぁ。今や人間の平均寿命は70くらいだもんな。俺の小さいころは、80とか90まで生きてる人間がまわりにいっぱいいたんだけどな。」


ヨネ(23)「80超えてる人とか今まで生きてて会ったことない。だからきらりの話って新鮮で面白いんだよね。」


きらり(82)「だよなぁ。俺もなんでこんな長生きなのか不思議だわ。俺、小さいころ病弱だったんだけど、あんま病院とかいけなくてさ。あ、今みたいに病院がなかったわけじゃないよ。むしろ山のように病院はそこらじゅうにあったんだけどさ。だから俺はきっと早く死ぬんだろなって思ってたのにな。」


ヨネ(23)「そ~なんだ。昔って、120歳とかまで生きる人もいたらしいね。今はなんでみんな同じような年齢で死んじゃうんだろうね。」


きらり(82)「さぁな。そんなこと考えても仕方ない。俺はただ体が動かなくならないように毎日鍛え続けるだけだ。」


ヨネ(23)「きらりは物事に疑問を持ったりしないの?なんでかなぁ~って。不思議に思ったりしないの?あたしはきらりを超えて120とかまで生きてみたいけどな。」


きらり(82)「う~ん。あんま思わないね…あぁ、小さいころはよく考えたよ。なんでだろう、なんでだろうって。でもさ、考えても答えなんて出ないし、誰も正解を教えてくれるわけじゃないしさ。考えるだけ時間の無駄なのかなって。」


ヨネ(23)「ふ~ん。あ、そろそろ先に昼休憩とるね。…って、いつも思うけどなんで【昼休憩】って"システム"今も生きてるんだろうね。大昔の言葉だよね。」


きらり(82)「確かに。別に食事するわけでもないから分散でいいのにな。惰性だろうな。」


 ヨネが画面上から姿を消した。モニタには美代子と梅十郎の虚像が映しだされている。



―不思議に思ったりしないの?―



 きらりの頭の中でヨネの言葉がこだましている。




「ねぇママ、なんで水って透明なのに水色で書くの?」


「ねぇママ、なんでみんなで遊ばないといけないの?」




 「先生、なんのために図工のお勉強があるの?」


 「先生、なんで授業中はずっと座っていないといけないの?」



 きらりの記憶の底へとその言葉は落ちて行った。問いかけに対する大人たちの曖昧な回答と、冷めた顔を思い出した。それと同時に、毎日夢中で追いかけていたありの行列を思い出した。

 かつての人間は地球を我が物顔で闊歩かっぽしていた。だが今はどうだ。AIと人間の立場は逆転した。ヨネのように社会に疑問を持ちながら前向きに生きる若者もいないわけではないが、大半の人間は何の目的もなく家の中でただ一日中画面に向かうだけの毎日を過ごしている。

 きらりはふと思う。ただAIを見守るだけの監視員の仕事は別に1人でもできる。寝たら通報されるようにして、寝れないようにすればいいだけの話だ。何のためにわざわざ4人1組での作業になっているのだろう。


 しばし考えることを始めたきらりだったが、すぐに面倒になった。

―やめたやめた。考えるだけ時間の無駄だ。頭が疲れる―

 きらりは心を無にしてAIの動作をひたすら眺め続けた。



 


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