第2話 流行は繰り返す

 板橋いたはし きらり(82)は薄型タブレットを起動した。1Rワンルームの白い壁にZoozle Meetズーズル・ミートの画面が投影される。


 きらりの仕事はAI監視員だ。

 …といっても、今や大半の人間の仕事はAI監視員だ。

 

 自動運転、介護ロボット、配膳ロボット、AR、VR、RPA、アンドロイド、危険物の遠隔操作、家具家電のAI化…平成・令和時代から現在の和平わへい時代にかけて、あらゆる情報技術が急速に進化し、連携されるようになった。もはや人間はAIの監視下に置かれ、人間にしかできない仕事など、ほぼないといっても過言ではなかった。衣食住についても国から皆同じものを支給された。「衣」はAI監視員の服を、「食」はEnergy juiceエナジー・ジュースまたは点滴を、「住」はAI監視員専用の巨大な市営住宅が建てられ、格安で居住することが可能だ。これらは国や市が住民を管理しやすくするために行われている政策であった。


 これらの政策に賛同しないものには拒否する道も残されてはいたが、そのためにはなにかと不自由な生活を送らねばならなかった。AI監視員以外に人間が行える仕事の選択肢は狭く、それらの仕事は一部の人間たちによる世襲制のような形をとっていた。さらにEnergy juiceエナジー・ジュースもしくはその点滴を使用しない場合、旧時代の人間のように罹患りかんしやすくなってしまうのであるが、病院そのものの数が減ってしまった現代において、病院を予約し受診することは困難を極めた。指定された場所に居住しない者についても、住宅贅沢税という高額な税金が加算されるので、一部の人間しかそれを選択することはできなかった。


 こうして、人間はAIが様々な場所で行う様々な仕事を、監視カメラを通して自宅の画面上で監視し、故障や異常がないか、突然反乱を起こしたりなどしないか、ただただ一日中見守り続けるという役目を担っていた。


 スクリーンにきらりと他3人の人物が投影された。


きらり(82)「ちわっす。今日もよろしくっす。」

ヨネ(23)「きらり、そういう言葉遣い、古くさっ。」

きらり(82)「いやいや、ヨネの名前の方が古くさいし。俺のひいばーちゃんとかの世代の名前だよ。」

ヨネ(23)「ザ・令和な名前のきらりに言われたくないわ。最近はカタカナの名前が流行ってんのよ。リバイバルだよ。リバイバル。知ってる?流行りゅうこうって作られてんの。ファッションとかね。サイクルで繰り返されるんだよ。昔言葉で言うと”レトロ”なもんに味があんのよ。」

きらり(82)「相変わらず生意気だヨネ。」

ヨネ(23)「生意気なのはきらりだヨ。そうやって若者を馬鹿にして。今時そういうの流行んないよ。時代遅れ。大昔みたいに、男尊女卑とか年功序列なんてものはない。あたしときらりに何の差があんの?」


 性別も年齢も関係なく、役職もつかない。皆が同じ給料で同じ仕事をしている現代では、敬語などという煩わしい言葉はほとんどの者が使わなくなっていた。


美代子(33)「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。さ、今日はどうすんの?」

梅十郎(27)「前回と同じでいいんじゃない?」


―誰か1人で交代制にするか、居眠り防止のために2人にするか―


 美代子の脳内メッセージがPassyパッシーを通じて3人のデバイスに送信された。

 Passyは民間会社である㈱Harn-Rarnハーン・ラーンが開発した、「人体管理システムを介さずに他者と意識伝達が可能な専用ツール」である。システムに管理されることに慣れ切った人間の中にも、極稀ごくまれにこうした革命的なシステムを開発するものがおり、自由を求めた人間たちがそれを買い求めて爆発的なヒット商品となった。あまりにも急激に広まってしまったため国の政策が追い付かなかったが、政府はPassyを脅威に感じ、取り締まりの法律を作っているようだ。




―前回同様2人でいこう。俺、寝そうだから急に問い合わせ来たらヤバいし(きらり)―



―了解、じゃ、今日はあたしやるわ。(よね)―



―OK!―



 4人の同意がとれた。残りの2人はPassyの開発元である㈱Harn-Rarnハーン・ラーンが開発した「人物映像投影アプリ」を使用して自分の別日の勤務時の動画をスクリーンに重ねて離席した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る