77年後の未来

タカナシ トーヤ

第1話 働きアリ

ある休日の昼下がり。


母親と公園に来ていたきらりは、砂場を囲う煉瓦レンガの隙間に空いた穴をじっと見つめている。


「キラちゃん、どしたの?あっちでみんなと遊んできたら?」

スマートフォンから一瞬だけ目を離した母親がきらりに告げた。ご近所の"みんな"は公園のベンチでSantendo Switch Onlineに夢中になっている。


「うーん、いや、いい。」


きらりは再びアリに目を戻した。煉瓦レンガの小さな穴には、無数のアリ達が何かのかけらを運びながら出入りしている。


「ねぇママ、アリさんって何のためにいるのかな?」


「さあ…。女王アリのためかな?わかんない。とりあえず、なんかの役にはたってるんじゃない?」


「ふぅん。」




◆◆◆



—77年後、7月7日—




山の上の広大な敷地に整然と並んだ市営住宅。その一角であるAJ-9棟、109号室にひとりの男性が住んでいた。


老眼鏡型デバイスの右上を震える指先でタッチすると、ワンルームの白い壁に拡大画面が投影された。男性は文字を確認する。




—あなたの情報—

(07:49現在)

【国民ID】a0455289625

【名前】板橋いたはし きらり

【生年月日】19XX年3月20日

【年齢】82歳

【職業】AI監視員(次回契約更新日8/1)

【マイクロチップ】mic20XX06_ver.9埋込済(最新)

【ワクチン】wac20XX06_ver.3接種済(最新)

【脈拍】75-130

【身体機能】異常なし

【環境】熱中症注意。こまめな水分摂取を。

【注意】8:00までに入れ歯を装着してください。




きらりは画面で自分の健康状態を確認すると、救急箱の横にある白いケースから入れ歯を取り出し、装着した。



—ピーピー、口腔内の唾液が不足しています。10分以内に水分摂取を行って下さい—



入れ歯にインストールされた口腔機能監視装置10-8、通称Ire-verイレーヴァの情報が、連携されているメイン装置、人体管理システムNin-Gainニン・ゲインへ送信され、警告音が鳴る。


10分以内に水分補給を行わないと、更にけたたましい催促さいそくアラームが鳴り、さらに1時間が経つとNin-Gainの管理会社に通知が送信され、すぐに対処しなかったことに対するクレームの連絡がくる。

きらりは曲がった腰を抑えながら台所へ行き、水分を摂取した。



人間に、もはや食事は不要となった。

国立栄養科学大学、通称Coccaコッカが開発したEnergy-Juiceエナジー・ジュース。この人体に必要な栄養素を網羅したスーパードリンクを1日1回朝9時に全量飲み干す。これで1日の食事は終了。あとは水分を指示に従って摂取するだけで良い。


嚥下えんげが困難な者は、同じく必要な成分が揃えられたEnergy-Liquidエナジー・リキッドと呼ばれる点滴を毎朝9時から1時間打つ。これは自宅でも実施できるようキット化されていた。


咀嚼そしゃくの必要がなくなった人々は、虫歯のリスクを減らすため、全ての歯を抜歯するようになり、代わりに入れ歯やインプラントを製作した。

歯科医は虫歯を治す場所ではなく、メンテナンスを専門的に行う場所となり、歯科技工士が劇的に増えた。


そして、先にあった口腔管理システムがその入れ歯やインプラントの中に埋め込まれた。噛む必要がないのにわざわざそれを作るのは口腔管理のためである。取り外しや管理の行いが容易よういである入れ歯が好まれたが、見映えを気にする者はインプラントを製作し装置を埋め込んだ。


従来の歯を使用し続ける者も中にはいたが、先日の国会で、従来の歯を使用し続けることが禁止され、1年以内に入れ歯かインプラントに変更して口腔管理装置を埋め込むことが法律によって義務化された。


今年の6月までに実施したものには、こちらも給与天引きとなる「人体管理システムNin-Gainニン・ゲイン利用料」が3ヶ月分無料になるという話だったので、きらりは取り急ぎ、元々使用していた入れ歯に装置を埋め込んだのであった。


さあ、仕事の時間だ。

きらりはタブレット型大画面パソコン、Windows38を起動した。






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