プロローグ 2 貴方は死にました
——頭の中を、鮮烈な記憶達が過っていく。
「こんな駄目な親を愛してくれて……ありがとう!」
黒髪の
——ふと、視界にラグが走った。
「もう一度、その捻じ曲がった考えを口にしてみやがれ!! 俺はお前を許さねぇ!!」
憧れで、生きる意味を、歩む意味を教えてくれた益荒男。
——視界にラグが走り、場面が切り替わる。
「旦那だけは! アンタだけは俺の憧れでいてくれぇぇ!!」
いつもへらへらと道化ている男が、死ぬ間際に放った本音の言葉だった。
——視界に大きなラグが走り、胸に熱い意志が宿る。
「ここで終わらせてやるよ。俺がこのクソッたれた、運命って言う名の理不尽を!!」
何もかもを焼き払う、灼熱の意思で放った全身全霊の言葉だった。
——ラグのない透き通った世界が広がり、原点へと巻き戻る。
「私の英雄が、英雄であることを否定しないでください!!」
銀髪の少女が、その双眸に涙を浮かべながら言った、
そうだ。この言葉があったからこそ乗り越えられた。この言葉がなければ、自分はのし上がることが出来なかった。
——今の自分の、今の俺の全てを形作るきっかけとなった言葉だ。
「そうだ。俺は死んだんだった」
少女や仲間を守る為に、命を賭したことを思い出す。
名誉ある死だ。自分には、少し勿体ない評価である。
——後悔はないのか?
「師匠。俺はアンタの意思を継ぎに来た……」
一つだけ、やり残したことがある。
でもそのやり残しは、もう叶わない夢だ。
諦めるしかないのだ。
『じゃあ僕が、君が残す唯一の後悔、それを晴らすチャンスを与えよう!! 僕にはソレが出来る!』
何度か聴いた、憎くもあり頼もしくもある声。
——精神が浮上する。
「ここは、俺は——なッ!! なんで俺生きてんだ!? いや、確実に死んだよな!? じゃあここは天国か? 違うか、行くなら地獄か!」
「やぁ、驚いているところ悪いんだけど、ここは死後、訪れるとされている天国でも地獄でもないよ」
真紅の髪に赤い瞳の子供が頓珍漢なことを言った。
見覚えのある見た目に、聞き覚えのある声。超然とした顔は、生前、
「お前、もしかしてあの時の……」
「うん、数時間ぶりだね。是非とも、死んだ時の感想を、僕に聞かせてほしいんだけど……取り敢えず、状況説明からしようか」
「ま、待ってくれ、最初から最後まで意味が分からない。何がどうなってるのか理解の
「それを今から説明するんだけど、まぁ無理もないか。時間は無限にあるし、実体化しているわけでもない。お腹も減る訳じゃないし、疲労もないからね」
子供は黒髪蒼眼の青年——シュウの精神を落ち着かせようと、いけしゃあしゃあと言葉を並び立てる。ただ、シュウはその言葉の意味を理解することが出来ない。いや、言葉の意味は理解できるのだが。正確には、理解したくないと言った方がいい。
「てか、天国でもなければ地獄でもないってことは……死後の世界ってか。死んでんのに意識があるってのは、ちょっとおかしな感覚だな」
理解したくないと思っておいて、案外分かってしまう自分に嫌気が差す。
「ん…………?」
ふと、視線を横に向けると、何もなかったはずの場所に木造の椅子と机が見えた。いや、それだけではない。いつの間にか、自分は木造の部屋にいた。
窓越しから流れるように、移り変わっていく外の景色。どうやら、今自分が居る場所は列車の中らしい。シュウと同じように、奥には椅子に座った人影がいくつか見える。
シュウは自分の座っている座席を見まわし、最後に対面するように座っている子供を見た。
シュウと目が合うと、子供は「ふふ」と卑しく笑い、
「……僕は創造主。ミキサーと呼ぶ者もいるけど、ここでは創造主と言っておこうかな……さっき言ったけど、君は死んだ。そして、死んだ後に生き返った訳でもない。ここが何処かと言えば、君の言った『死後の世界』で差し支えないよ……正確には僕の造った時間の流れが無い小世界だけど……あぁ、時間が止まっているのに、何で動けるのって言われたら、実体化してないってのもあるんだけど、それ以上に僕がそう書き換えたって——」
「いや、分かったからもういい……説明不要だし、寧ろ、余計に意味がわからなくなるからやめてくれ」
「えぇ……僕の誇示タイムを削がないでくれよぉ。なんちって」
ペロっと愛嬌ある表情で子供——自称、創造主は舌を出す。
見た目は子供そのものなのだが、異常な程、計り知れない中身があることを加味して見ると、全てが不快の一言に帰結する。なんというか、見透かされているようで最悪の気分だ。
「わかったとはいえ、納得いかねぇな。死んだって自覚はあるけど、それを受け入れられないというか、死んでるって感覚自体に、嫌悪感があるっていうか」
仮に、自称創造主の発言が妄言であり、自分が生きていたとして、目を覚ました場所が病室や寝室ではなく、椅子に座っていたというのはおかしい。更に切り落とされた腕が、攪拌された内臓が元に戻っているというのも現実的にあり得ない。
感覚として残るほどの激痛。胸中で肥大化していった激情。死の覚悟。それらを嘘だと断言するのは、生きてきたことを否定することになってしまう。
仲間達の思いと、その仲間達を思う強さは嘘だと認めたくない。それがあったからこそ、命を賭すことが出来た。
というか、死んだ自覚があるのだ。そして死んで尚、こうやって思索に
それに、シュウは知っている。眼前にいる子供が、尋常ならざる存在であることを。
「そこらへんは慣れるしかないけど……その必要はないさ、なんてたって君自身、ここに来た理由を知っているはずだしね」
創造主は至極当然のようにそう言った。
忘れることが出来ない、忘れられるはずがない鮮明なものであると言いたげに。
——ここに来た理由を、自分が知っている?
何のことなのか、自分にはさっぱりだ。さっぱりなはず、なのだが。
「——本題に入るとするか」
「本題……?」
「あぁ、無駄話をする必要もないからね。僕自身は言葉を交えることは好きなんだけど、君はそれを望んでいないようだしね……後悔、やり残したこと、とか。ふふ」
「後悔、やり残したこと……?」
シュウには一つだけ、やり残したことがある。
「師匠の意思……」
シュウは机に視線を落とした。
創造主が何を企んでいたのか、予想が出来なかったわけではない。類推するに、彼彼女が物好きな性格であるのは、何となくだが分かっている。
生前に創造主が話しかけてきたのは少なからず、自分に興味が湧いたからだろう。しかし、死後となれば話は別だ。
何かの問題を解決させるために呼びつけたのなら、わざわざこうやって言葉を交えること自体が無駄だ。
何故なら、何の許可もなくこちらを死後の世界に呼び寄せたように、強制的に押し付ければいいからである。
だが現実は違う。
故にこそ、その先に真の目的があるのだとシュウは瞬時に理解した。
——それが今、明かされようとしている。
子供はシュウの溜飲が下がった顔を見て、瞑目。それから身体を椅子に預けて、片目だけを開き、
「まだ、脳がこの世界に順応していないようだね……無理もないか。なら、強引に思い出させてあげよう」
創造主がパチンと指を鳴らすと同時、立ちどころに世界が収縮していく。木造の部屋は泡のように破裂し、飛び散った物体が、急速に一箇所へと集まっていく。そして、一箇所に集まったそれは膨張。結果、世界と呼べるものに変質した。
「な、なんだ!?」
それは、シュウにとって見覚えのある世界だった。貧民街だ。それも、貧民街の全貌を
そこには倒れている青年と、その胸倉を掴む益荒男がいた。
「こ、これは……
倒れている自分の左頬には殴られた後の痣があり、顔は涙と鼻水によって汚れ、悲しみに嘆いていた。転じて、益荒男の表情は赫怒によって燃え上がっていた。
青年の間違いに対して、激憤しているのだ。
己のトラウマと対峙する機会を与えてくれた理想郷。
シュウはそこで、母親のツグハと憧れの師匠に感謝と別れを告げることが出来た。そして、魔術師として力を受け取り、仲間を守る機会を与えられ、宿敵との闘いに勝利して、死んだ。
「そうだよ。この光景は君とその師匠、イクサとのやり取りだよ」
「い、くさ……? もしかして、それは師匠の名前なのか? てかなんで、お前が知って——」
「悪いがそれは言えないな。彼との約束だからね」
「ふざけッ——!?」
「ふざけてないもん!! 絶対に言わないったら、いわなァァァァい!!」
「なッ!?」
「あれ? さっきまで覚えてたけど、今忘れちゃったァァ!!」
ふざけた表情と声でシュウを煽りたおす創造主。その彼彼女のふざけっぷりに、シュウは怒髪天を衝きそうになるが、
「あぁクソ、もういい!」
付き合ってられないと、ため息を吐いて押し黙った。これでは一生しらを切り続けるだろう。文字通り一生。
——こいつから、聞き出そうとするのが間違いだった……
創造主がぷぷぷと、頬を膨らませて笑っているが大丈夫だ。握り拳を作って怒りを抑え、抑え——殴りたい。
創造主はシュウの仕草に笑みを浮かべながら、もう一度パチンと指を鳴らした。合図に応じるように世界——スラム街は霧散し、元の木造の部屋に変質した。
それにしても、こう何度も世界の変質を目の当たりにすると、頭がおかしくなりそうだ。見た目は人間のソレだが、彼彼女は人ならざる所業をやってのけている。
「実は世界ってぐちゃぐちゃしていて、簡単に違うものへ変質するのでは?」と、価値観が崩壊していくようで、恐怖でしかない。
「君は彼の意志を継ぐとあの場で決意した。だが君は、君の仲間を守るために死んでしまったよね。そこで、僕から提案だ……交渉をしよう。それも対等どころか、君にとって大きな利益がある交渉だ……」
「交渉……」
嘘偽りのない言葉だった。
相手を陥れようという
そして、相も変らぬ超然とした気配。
誰が見ても、彼彼女のことを豪胆な精神の持ち主だと思うだろう。創造主の胸中にある真の目的が、全く想像できない。
創造主は「ふふ」と卑しく笑い、手持無沙汰だと人差し指を立てて、
「僕の出す課題をクリアしたら、君を元の世界に生き返らせると約束しよう。それも、現在の記憶を保ったままでね」
そのまま指をクルクルと回し、とんでもないことを言ってみせた。
「————ッ!!」
驚愕したシュウは腰を上げて、机の上に身を乗り出した。
「課題の内容は、異世界に行きハーフの村を救ってもらう。それが交渉だ」
創造主は机の上に身を乗り出したシュウを見ても顔色を変えず、とんでもない発言を続ける。
本来なら『生き返らせる』などという言葉を掛けられても、戯言だと
ここは死後の世界で、そして後押しするようにそうだと言ってきた。
——本当に交渉するつもりで、俺を死後の世界に呼び出した……
いや待て。
そうやって思考した直後。シュウは創造主の誘惑に取り込まれているのではないか、と翻した。
「いや、流石に騙されねぇぞ、そんな旨い話があるわけがない。意味の分からないことが起きすぎて最初は流されちまったが、生憎こっちは騙されなれてるんでな」
価値観が覆された所為で脳がパンク寸前だが、冷静に考えればおかしな話である。確実に、何かしらの裏があるはずだ。
「——当然の帰結だね。じゃあ、そうではないと証明しよう……僕の能力は作ることだ。この言葉の意味に際限はなく、僕が作ろうと思えば何でも作れてしまう。実態のあるモノ、そうでない概念でも、何でもだ……」
創造主が唇を
「……それを、お前は証明はできる、ってのか……?」
半ば諦めの境地で、シュウは述懐していた。
頭の中では肯定されるとわかっていても、本当は何かの勘違いなのだと、片隅では否定したいシュウがいたのだ。
創造主の言葉の意味を認めてしまえば、何もかもが当たり前で普通——平行線になってしまう。全ての出来事が些事であり森羅万象の端から端まで、万物が無意味で無価値になってしまうのだ。
何故なら、それは生命さえも、星さえも、宇宙さえも創れてしまうからである。
——それは作り物であることを、認めるようなものだ。
「率直に言うと、今はできない! てへッ!」
「潔すぎるほら吹きだな! おい!」
お手本のような掌返し。期待——はしていないが、裏切られたことも重なり、シュウは思わず転げ落ちそうになる。
「まぁまぁ、落ち着いて……できない、というよりかはできないように制限している、かな?」
「どういうことだよ……」
「だって君が思う通り、この力を無秩序に行使すれば、全てが無意味で無価値になっちゃうからさ。当たり前で普通の平行線なんだ。全知全能と同義だからね。だから、僕はそうしない。全知全能とは、終着駅だ……成長の無い、発展もない、進化がない、僕が一番忌むべきものだよ。だから自分の能力に制限を掛けた。正直、面白くなかったもん」
「……なんやかんや言ってるが、結局無理ってことだろ。何か裏があるに決まってる。流石に騙されねえぞ」
そもそも、生き返らせてもらったとして、創造主にメリットがない。生前の自分の身体は、灰すらも残らずに消えている。
仮に記憶を残したまま生き返らせてもらうとして、自分の記憶は誰に乗り移るのか。
本来なら存在しないモノに記憶を宿し、元々からいた者として書き加えるのか。
或いは、時間を巻き戻し、過去の自分に今の自分の記憶を付け加えるのか。
どのようにしても、簡単な作業とは言えない。制限を掛けているのなら尚更。創造主にデメリットしかないのだ。
となれば、創造主が裏で何かを目論んでいるのは明白である。
「君は勘違いをしているよ、シュウ……常識に、囚われちゃいけないよ? それにさっき言ったでしょ? できないように制限しているだけ。無秩序に使わないだけ……要は、需要に見合った供給ってわけさ」
しかし、創造主はシュウの胸中を見透かしていると言わんばかりに、歪に笑いながら否定した。
「は…………?」
木造の部屋が点滅するように捻じ曲がったのを、シュウは目の端で捉えた。
シュウはその事象に「まただ」と、圧倒されてしまう。
そのシュウを見て、創造主がまた「ふふ」と、卑しく笑った。
「戻そうか。君は師匠の意思を継ぎたい。でも死んでしまったから継げない。その需要に対して、僕は供給、交渉を持ちかけた。君がうんと首を振れば、無秩序ではない。だって、互いに了承し合ったんだもん。記憶を保ったまま生き返らせることも、君が課題をクリアすれば問題ない。この死後の世界も、君が心の奥底で望んだからあるんだ」
嘘偽りがない。箕帚した形跡が一切ない。相手を陥れようという焦燥がない。
なにより、超然とした気配。
——こいつは、本当に……
いやいや、シュウはきっと何かの手違いだと思い、
「意味わかんねぇ……てか、できないように制限しているってのは何だ? 本当は、制限させられてるだけなんじゃないか?」
創造主の荒唐無稽な発言を指摘する。だが、創造主は「うんうん」と、首を左右に振り、
「違うよ。そもそも制限って、必ずしも、他者に課すだけのものじゃないでしょ? 自身に制限を課すこともある。盤上遊戯が面白いのと同じさ」
「ますます意味が分からねぇ……面白いって理由だけで、自分に制限を課すなんざふざけてる」
「ふざけてなんかないよ……僕は至って真面目さ。じゃあ君は、サイコロ一つで何もかもできてしまう盤上遊戯が面白いと思う? 思わないはずさ。仮に思っても、初めだけでしょ」
「それは盤上遊戯だからだろ? 自身に課すなんて馬鹿げてる。デメリットとメリットが釣り合ってねぇし、俺を騙すための、その場しのぎの詭弁にしか聴こえねぇ」
あれやこれやと懸河の弁を披露する創造主。詐欺師のそれだ。彼彼女の言葉を、真実だと思い込む気はない。嘘まみれ。
制限されたのではなく、制限したなどと口走ったのがいい証拠だ。自分は馬鹿だが、その致命的な失態は見逃さない。
「それはまさしく価値観の相違だね。一般論、先入観。自分に制限を課すことが必ずデメリットになるわけじゃないだろ。生きがいみたいなものだ」
目の端で捉えた光景——辛うじて原型を保っていた木造の部屋に、砂嵐が走る。次第にシュウと創造主がいる机や椅子にも影響が出始め、散らばり、幾何学模様を描きながら縮小、膨張を繰り返す。
「それにメリットは充分デメリットを上回っている」
シュウの顎から垂れ落ちた汗を、創造主は指先で受け止めると、それをぺろりと一舐めした。創造主は汗の味を滋味するように喉を鳴らし、
「ふふ……君が異世界で体験したこと、君の感じたものが全て、僕の脳に情報として送られてくるんだ。人の感情だよ。飽くことのない激情さ。『悲しみ』『怒り』『喜び』『恐れ』『驚き』『嫌悪』そして『愛』……どれも甘美な果実だ。僕はそれを味わいたいんだよ。それがメリットさ……僕にとって莫大な、ね」
そうして、創造主は理路整然と狂人であることを明かした。
「言ってる意味がわからねぇ……」
「本当に、そう……?」
懊悩してぼやくシュウ。その彼を透徹とした瞳で見て、創造主はそう言った。
最初から、何となくではあるが分かっていた。本当は、分かりたくなかっただけだ。真実だと認めたくなかっただけだ。
だって世界が創造できなければ、このような死後の世界を作れる訳がない。死人の自分を、呼び出すことも出来ない。一貫された彼彼女の表情、仕草、超然とした気配もそうだ。
自らに制限を課す行為も、狂人ならば説明ができる。
面白さの為なら、自らに枷をつけることも厭わない。合理や論理など考えない。
——こいつは、面白いか否かの感情だけで動く、獣だ。
シュウは「わかった」と相槌を打ち、ぐちゃぐちゃになった椅子に腰を落とした。
「面白いから自分に制限を課す……馬鹿げてる」
欲の集大成が、今目の前にいる。
「理解できなくてもいいさ。僕は君たちとは違う。根底は似ているが、意識している時間がかけ離れ過ぎている。だから理解してほしいだなんて、野暮なことは言わないよ」
理解させる気もなく、理解してほしいとも言われない。シュウと創造主の間には、埋めようとしても埋めきれない無限のナニカがあった。
恐らく、その距離を縮めるには、それこそ無限の時間を要する必要があるだろう。考えたくもないことだ。
「——そうか……理想郷があったおかげで、俺は母さんと師匠に、伝えたいことが伝えられた。それがあったおかげで今の俺が居る。それは感謝だ」
幾何学模様に変遷していた空間が収束するように、時間が巻き戻るように、元の木造の部屋へと変わっていく。
シュウには、それがまるで自分自身の精神状態を表しているように見えた。
シュウの精神が侵されれば歪み、癒されれば元に戻るのだ。根拠はないが、自分の精神に、この世界が感応しているのは確かだ。
「でも……その感謝がどうでもよくなっちまうくらいに、お前がイカレタ存在であることは分かった」
「それでいいよ。僕らの関係は、言い現わすならビジネスパートナーだよ。お互いが、お互いの利益のために助け合う。逆に言えば、それ以上でもそれ以下でもない。急に見捨てることもあるかも、逆も然り」
一瞬の沈黙の後、世界に亀裂が生じる。
言い表せない何かが波濤となって現れ、世界が、木造の部屋が、存在を拒否するように混ざり合う。そして溶け込み、希薄になって、世界は何もない白の世界へと変質した。
生前、理想郷で見た白い世界と似ている。
この世界が役目を終えようとしているのだろう。答えは近い。
「承諾だと捉えるよ。君にしてほしいことは一つだ。君が今から行く場所は、君が生前に居た世界とは全く、異質である異世界。電化製品なんて存在しない、魔法が存在するファンタジーな世界……そこに送り込む。そこには、ハーフの人間が住む村がある。名前はモワティ村。その村を救ってほしい。そうすれば、君の記憶を保ったままで、元の世界に生き返らせよう……対価は、君とその周りから生まれる感情の共有。因みに、言語は母国語にしておくよ。生態系もなるべくだが似せておこう」
母国語が通じるというのは有難いことだ。言葉が通じなければ、助けるどころか理解し合う事さえできない。言葉の壁とは、それほどまでに大きい。
「わかった。それで生き返れるなら、やってやるよ」
「決まりだね。では……」
創造主の姿は白と共に霧散した。
「もう一度会う時、君が君であることを願っているよ……」
最後、消える直前に、創造主の口元が笑っていた。
——意識が世界から
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