9.イーとスー復活

 ニザミモのルーとジョーがけしかけて、ノハを雪の降る整えの季節に入れてしまったことに怒りを爆発させたニザリスのイーとスー。頭に血がのぼり、ルーとジョーの幹を引っき、葉を食いちぎって罰を与えようとしたけれど、逆に全身ニザミモのベタベタ粘着物質まみれになり瀕死状態になっていた。ニザオオフクロウのフクが森の隠れ家に連れていき、ヤモリ部隊に助けられ、羽毛ベッドの上に転がされていた。


 イーとスーは目が覚めた時、鳥に生まれ変わったのかと思った。全身が鳥の羽でおおわれていたから。

「ああ、オレら今度は鳥になったのか」

「うん、短いリス人生だったわね」


 二匹がそんな会話をしていると隠れ家の上の方の止まり木から声が聞こえてきた。

「やれやれ、やっと起きたか。なにをとぼけたことを言っている」

「あれ、フク。えっと、ここって……」

「私たち、隠れ家にいるのね」


「お主様が私をルーとジョーの元へ向かうようおっしゃったのだ。お主様の一言がなければ、今頃ルーとジョーの木の下で亡骸になっていたぞ」

 イーとスーは、思い出した。なりふり構わずルーとジョーを引っ掻いたことを。


「ニザミモを傷つけて、どうする」

 ニザリスのイーとスーは、齢千年のニザミモの大木お主様の木を守り、ジョン一家や若木の様子を伝える役目を託されている。お主様が大切にしている若木に傷を付けてしまったのだ。ルーとジョーが勝手にシークレを使ったとはいえ、ニザミモを傷つけるなどやってはいけないことだったと冷静になればわかる。


「お前たちの職務を忘れてしまっては困る。お主様は、ルーやジョー、ニザの民の報告を楽しみにしているのだ」

「ああ、でも自分の毛がないよ」

「この羽毛を身に付けて動くの?」


「ニザミモのお主様の葉をせんじた湯を用意した。それに浸かれば毛が少しは早く生えて来るそうだ」

 フクはニザミモの桶をテーブルの中央に移動させた。そこには濃い緑色の湯がたっぷり入っている。

「少々しみるかもしれないが、それは自業自得だ。我慢しなさい」

 フクは二本の足でイーとスーを掴むと、有無を言わせず湯の中へ落とす。


「イター! タタタタタ。痺れるー!」

「しみるー、熱いー!」

 二匹は叫び声をあげながら湯の中でもがき続けた。必死に桶のふちにつかまり湯の外へ脱出した時は、もうヘロヘロ、力尽きていた。


「あと数日もすれば毛も生えそろうはずだ」

 フクは再び二匹をベッドに転がし、隠れ家を後にした。


 イーとスーが次に起きた時は、リスの毛が生え、痛みも痺れもなくなっていた。

「やっと、生き返ったわね」

「ああ、ニザミモのお主様にお礼に行かないとな」


 二匹は隠れ家の掃除を済ませると早速お主様のところへ向かって走り出した。森の動物たちが、イーとスーをみると口々に助かって良かったと喜んでいる。イーとスーはこんなにもみんなから心配されていたと知って目頭が熱くなり視界がぼやけてしまった。

 

 イーとスーはお主様の大木の前で上を見上げて声を張り上げた。

「お主様、助けて下さりありがとう」

「おかげで元気になりました」


「おお、良くなったか。そんなにかしこまらなくともよい。枝にでも登ってきなさい」

 イーとスーは今までと変わらない雰囲気に安堵あんどし、いつものように枝に登って、枝から枝へと走り回った。


「ルーとジョーが森に届く位の大声でお前たちを助けてくれと泣いておったわい」

 お主様はルーとジョーのことを話し出した。

「ルーとジョーは、急激にニザミモの性質が現れだしてきたでのう。本人たちも戸惑っておる。ニザミモとして今後どう生きるか楽しみじゃ」


「お主様はルーとジョーがノハを森へ連れ込んだこと罰を与えないの?」

「あれはノハやわしの喜ぶ顔が見たくてやったことじゃ。ニザミモとして生を受けたことが罰なのかもしれんな。ノハもお前たちも危うく命を奪うところじゃったからの。これから周りのものたちとどう付き合っていくべきか嫌でも考えるじゃろ」

 そう言ってお主様は二匹をみると、思い出したように付け加えた。


「ああ、ルーとジョーのところに馬のナンナが来ているそうじゃ。飼い主とニザミモへの忠誠心ちゅうせいしんは非常に強い。ニザミモを引っ掻いたお前たちへの風当たりは強いかもしれんな。ルーとジョーとの付き合い方も変わって来るかもしれん」

 整えの季節は雪ごもりで土の中で眠り、翌年地上に出てきてから、さらに隠れ家で眠ってしまった。この半年以上の間に色々と状況が変わっているようだ。イーとスーは戦々恐々としてルーとジョーの所へ向かった。

 

「ああ、ニザリス!」

 一番に気が付いたのはノハ。ジョンとお出かけをして家に帰って来たところだった。木の上にいたイーとスーをみつけて、指をさす。


「父さん、ルーとジョー引っ掻いたリスたちかな」

「ああ、多分そうだ。こっちは左前足の指が一本欠けているし、あっちの奴は右肩が少し下がったような姿勢をしているからね。ニザミモのねばねばにやられなくて良かったな」

 ジョンは動体視力がよく、小さな一瞬の動きを詳細に記憶できる。

「木彫りになったリスと同じ?」

「いや、あれから何年も経つから、違うリスだね。木彫りのモデルになったリスたちの子どもかもしれないね。目の前にいるリスはまだ若い。子どもっぽさが少し残っているね」


タッ、タッ、タッ、タッ、バシュ


 走る音が聞こえて来たかと思うと、目の前にナックとナンナが現れた。

「ナックー、早かったね」

 ナンナがノハとジョンの前で急停止すると、木の葉が小刻みに揺れた。リスは少し高い枝に駆け上がる。

「ルーとジョーの所にくるリスが戻ってきたの」

 ノハの指さす方をナックがのぞこうとナンナから降りて、上を見上げた。


ドッスン!


 ナンナの足蹴りが決まり、リスのいる木が激しく揺れた。

フシュー


 続いて、ナンナの鼻息がその木にかかり、リスは毛を逆立てて一目散に退散たいさんしていった。ナンナは興奮して、まだ前足で土を蹴っている。

「ナンナはルーとジョーの味方なんだね。ありがとう」

 ノハはナンナのたてがみをなでると大人しくなった。

 

 死に物狂いで逃げたイーとスー。ルーとジョーのニザミモの木の近くまでやって来た。この間は頭に血がのぼっていたので気が付かなかったけれど、ルーとジョーはこの半年でずいぶんと大きくなっていた。遠くからでもニザミモだとわかる程の貫禄かんろくがついている。


「オレたちはこんな木を引っ掻いたのか」

「私たちが瀕死ひんしになるのは当然よね」

 親代わりになって、あれやこれやと世話を焼いていた木が急に自立して遠くへ行ってしまったかのような錯覚に陥った。ルーとジョーに顔を見せに行くと、後ろからナンナの鼻息が聞こえ話もせずに森へ帰ることに。


「まあ、あたしたちが元気だってことわかってもらえたから良しとしよう」

「そうだね」

 お主様の言われた「ルーとジョーとの付き合い方も変わって来るかもしれん」という言葉を身に染みて感じた。

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