7.森での情報交換

 芽吹きの季節は、寒い雪が降る間土の中で眠っていた動物たちが地上に出てくる時期でもある。ノハの家の裏に出入りするリスのイーとスーも森の土の中から地上に戻ってきた。


「なんだか、整えの時期の間、森が騒がしかったわね」

「ああ、おちおち、寝ていられなくて、何度か目を覚ましかけたよ。一体何があったのだろうね。」

「まずは、ニザミモのお主様に挨拶をすませよう」

 イーとスーはニザミモのお主様の元へと向かった。


「これはいったい何事?」

「この時期にどうして?」

 へし折られたニザミモの太い枝が無造作に転がっており、周辺にはいくつものニザミモの葉が散らばっていた。二年前に生まれたイーとスーはニザミモのこんなに落ちているのを見るのは初めてだった。


「お主様、こんにちは」

「お主様大丈夫?」

「ああ、イーとスー、目覚めたか」

「折れた枝があるけど、怪我をしたの?」

「ああ、これはわしが自分でやったのじゃよ。久しぶりに空と話をしたんじゃ。イーとスー、すまんが折れた枝に土を被せてくれるか。もうすぐニザの民が森に入ってくる頃じゃ。このままにしておけんからの。話はそれからじゃ」

「うん、わかった」


 イーとスーは、土を掘り、それを枝にかけはじめた。そのうち、次々と起き出した動物たちが集まり協力してみなで枝に土をかけ続けた。日没間際までかかったけれど、枝はすっかり見えなくなった。


「ああ、みなすまんな。起きたばかりじゃというのに。お蔭で助かったよ」

 ニザミモの大木は、周囲の動物たちを見渡して、整えの季節の間に、ニザの民が誤って森に入ってしまったこと、空と話をするため自分で枝を折ったこと、ニザミモの根で出来た隠れ家をニザの民二人と馬一頭が使うことを淡々と述べていった。

「今年は落葉の年じゃ。ニザの民がいつも以上に森の出入りがあると思う。慌ただしい年になるが、みな頼むな」

 ニザミモのお主様は、それ以上のことは言わず、解散となった。

 


 地上に出て、活動し始めて数日が過ぎた頃、森で他の動物たちと情報交換をしている中で、イーとスーは、整えの季節に森に入ってしまったのはノハで、それがルーとジョーの仕業だと知り、怒り心頭に発していた。「あれだけシークレを使うなと口を酸っぱくして言っていたのにどういうことか」、「あの若木はどういう神経をしているのか」、「考えなし」、「$#&……」、思いつく暴言を吐き散らかしながら森をくだりルーとジョーのもとへと向かった。


 ルーとジョーは、毛が逆立ち見るからに怒っているのがありありとわかるイーとスーを見るなり、平謝り。

「ご、ごめんなさい」


「あれだけ、駄目だと言ったでしょ」

「オレたちがいないから、調子に乗ったな」

 ジョールーはイーとスーに言われた通りだったので、即座に返答する。


「はい、すみません」

「もう軽はずみなことはしません」

 それでもイーとスーの怒りはおさまらない。前足でルーとジョーの幹を引っ掻き始めた。ルーとジョーは痛みがビリビリと全身を駆け巡っていたが、それどころではない。攻撃に反応して、傷ついた部分から大量のベタベタ成分が流れ出しているのを感じた。このままでは小さなリスの身体は粘液成分でやられてしまうだろう。


「やめて!引っ掻くのやめてー」

「止めるもんか、今度は葉を食いちぎってやる!」

「そんなことしないで」

 ルーとジョーはリスたちの身の危険を察して呼び掛けているのに、リスたちにはそれが届かない。もっと、痛めつけてやれと歯で葉を食いちぎった瞬間、

「……あれ?」

 イーとスーは、身体の自由がきかなくなった。開いた口が塞がらない。


ボテッ、ボテッ


 全身ベトベトで覆われたリス二匹がニザミモの木の下に転がり落ちた。

「死なないでー!」

 ルーとジョーは大絶叫で泣き叫んでいた。 

 


 その夜、ニザミモのお主様の元にオオフクロウのフクがやって来た。

「お主様」

「おお、フクか。この間もノハたちや馬が隠れ家にやって来ていたのう。いつも隠れ家を清潔に保てているのは、フクのお蔭じゃ」

「いえ、当たり前のことをしているだけです。それよりあの馬のもの言いは何とかなりませんか。あまりにもお主様に対して無礼がすぎます」


「フクは不快に思うのだな。すまんなあ」

「お主様が謝ることではございません」


「フク、お前はいくつになる」

「年でございますか」


「ああ」

「四十年と三年が過ぎました」


「ほお、まだ若いのう。怒りがわくというのは若い証拠じゃ。生きている証拠じゃよ」

「はあ」


「だがな、怒りは周りを見えにくくすることがある。今わしは、わしを崇め、わしの命令だけを疑わずに行う馬でなくて心底良かったと思っておるんじゃ」

「……、それはどういうことですか」


「あの馬はな、わしの考えの及ばない所を埋めてくれるのじゃ。フク、お前はニザミモの若木がシークレを使い過ぎて枯れかけていたことを知っているか?」

「……いえ、知りませんでした」


「わしも知らんかった。わしはシークレが余るほどあるのに、なかなか使いこなせなかったからの。一度も足りなくなった経験がないのだ。あの馬は、沢山のニザミモを見てきたのじゃ。若いニザミモがシークレを使い切るとどうなるのか予測ができた。足の蹄に沢山のシークレをため込んで森を降りていったことを見ていたか」

「いえ、見ていませんでした」


「物事を見えにくくするとはそういうことじゃ。小さな侵入者でさえも逃さないお前が、大きな馬の行為を見逃したとなあ。ニザミモの若木はあの馬のお蔭で生き返ったよ」

「そのようなことがあったとは知りませんでした」


「ああ、これからニザミモの若木の所へ行ってみるがいい。同じように怒りで周りが見えないものがいるはずじゃ。それをどうするかは、フクお前の好きにすればよい」

「……、はい仰せのままにいたします」

 フクはお主様へ深く一礼をすると、ノハの家の裏にいるルーとジョーのもとへ飛んで行った。


 

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