5.ルーとジョーの存在

 隠れ家探索に行って数日後、ノハはお昼ご飯を食べ、ルカとのんびりしているとナックが庭の出窓に顔をだした。急いで走ってきたのか息がかなり乱れている。

「ハア、ハア、こんにちは」

「ナック、もう学びの小屋終わったの? ナミ姉さんより早く来たね」

「ああ、今日学びの小屋で教わってきたことと、この間ノハのおじさんが言っていたことがどうしても腑に落ちなくて。ナミ置いて走ってきた」

「父さんは作業小屋に入っているから、しばらく出て来ないよ。お昼呼んでも出て来なかったもん。」

 ナックは庭先で息を切らし、ひざに手をついている。

「ナック、中に入ってお茶でもどう?」

 ルカが戸口を開けて、ナックを迎い入れた。


 学びの小屋は八歳ぐらいから行かせる家庭が多いけれど、昨年引っ越してきたナックは十歳になってから通い始めた。ニザの住民なら当たり前に知っていることでも、学びの小屋で初めて教わることも多くナックは毎日真剣に学んでいる。


「ナック、はい、ミルクティーよ」

 ルカは、ナックが好きなミルクティーをカップにたっぷりと入れてくれた。

「いただきます。ふぁー、美味しい」


「ジョンはいないけど、まず、私たちに話をしてみたら?」

「うん、今年はニザミモの落葉の年でしょ」

「それなら、ノハも知っているよ」

 ノハは元気よく片手をあげて答え、それをみてナックは深く頷いた。


「落葉の年は、芽吹きの季節、つまり今の時期にニザミモの大木がある森に斧やノコギリを持って入ってはいけないって教わったんだ」

「そうね、落葉の年はニザミモの力が強くなるから、ちょっとでも触れるとすぐ刃が使えなくなってしまうからね」

「それは、おじさんも知っていることだよね」

「もちろんよ」


「でも、この間、斧振り回してニザミモに当たっちゃって、おばさんに叱られたって話をしていたよ」

「そうなの。よりによって一番いい斧が使い物にならなくなっちゃったのよ」

「腑に落ちないのは、そこなんだ。どうして、森に斧持って行ってはいけないと知っているのに、持って行ったの?」


 ルカはくすりと笑うと、ノハもクスっと笑って面白そうに両手で口を押さえた。

「ああ、ナックの疑問がわかったわ。ジョンは森に斧を持って行ったんじゃないの。家の裏にあるニザミモの木を傷つけたのよ」

「えっ、ニザミモの木って、この地区にはニザミモの大木一本しかないって習ったよ」


「ええ、公式にはこの地区にニザミモの木は一本だけということになっているわ」

 そう言って、ルカは十年前の実の年の話をし始めた。そのころには、ナミも家に戻ってきてノハの隣に座り一緒に話を聞いていた。


***

 今から十年前ニザミモの実の年のことよ。私は十五歳。ジョンとの婚約が決まった年ね。実の日にはジョンと二人で採りに行ったのよ。

 ニザミモの大木に着くと、私とジョンの前に二匹のニザリスがいたの。ジョンと森に行くといつもリスがいるのよ。そのリスかしらって、二人で枝から枝に飛び移るリスを追いかけていたら、その先にミモが枝に座っていたの。オレンジがかった光で全身輝いて美しいミモだった。

 ミモっていうのはね、ニザミモの木を守る生き物なの。落葉の年と実がなる年にだけ地上に出てきてそれ以外の年は地中で過ごしていると言われているわ。

 実をもらいに来たことをミモに伝えたら、そのミモと同じようなオレンジの実をもぎとって私たちの前に落とし始めたのよ。

 しかも四つも。ミモは必要な分だけ落とすって聞いていたから、ジョンと私で二つずつもらうことにしたの。

「一つは食べるとして、もう一つどうする?」

「二つとも食べる?」

「うちの近所のばあさんのばあさんのそのまたばあさんが二つ食べてお腹壊して、しばらく動けなくなったらしい」

「そういえば、ずっと昔のおじいさんが二つ食べて、顔に腫物はれものが出来て死ぬまで治らなかったと聞いたことがある」

「二つは食べない方が良さそうだね」

「じゃあ、どうする?」

「植えてみようか」

「そうだね」

 ということになったの。ジョンと私は結婚後、ジョンのひいおじいさんが住んでいたこの家に住むことが決まっていたから、すぐこの裏に二つ埋めたのよ。

***

 ルカはその先を促すようにノハに視線を向けた。


「一本目はルカ姉さんの誕生日、二本目はノハの誕生日に芽を出したの!」

「それって、もしかして……」


「ルーとジョーのことだよ」

「えっ、ルーとジョーってニザミモだったの!」

 ナックは驚きを隠せない。それを見て三人は可笑しそうに笑った。


「一応、おさには報告しているわ。ニザミモの芽が出てきましたって。ほら、ニザミモを巡って争いが起きたことがあるから。それで、家の近くに生えていることは公にしない方がいいことになってね。知っている人は限られていると思う。ナックの父さんはきっと知っているはずよ」

「そうなんだ」


「ルーとジョー、すっごく大きくなったんだよ。ナックがこの間見た時より大きいよ」

「ジョンが木彫り用の小枝が欲しいって家の裏で斧振り回したのよ。それがルーの枝に当たっちゃってね。本人は植えた所から結構離れていたから大丈夫だと思っていたみたいなんだけど」


「その時の父さん、慌ててたね。ジューって焦げた臭いと煙が出たって、びっくりして家に飛び込んできたの。みんなでルーとジョー見に行ったんだ。母さんは怒りだすし、ノハは泣き出すし大変だったんだよ」

 ナミはその時のことを思い出してくたびれた顔になる。ナックはその光景が容易に想像出来て、ナミに共感するように深く頷いた。

  

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