4.ジョンの昔話

 ***

 職業は、木彫り職人。ニザミモの木を使用し小物入れや動物の置物は評判がいい。十五歳で働き始めたので、まだ十年と少しだが、固定客も付き、注文は途切れることがない。

 あれは、働き始めて三年目だった。やっと作ったものが売れるようになってきて、お客様からの特注品がちらほら来始めたころだった。ある国の王から、特別な注文が入った。国の王様からの注文だと舞い上がったよ。それに普通の何十倍もの価格がついた。数年何もしなくても暮らしていける額だ。顔がにやけて仕方なかった。


 注文品は『枝にとまるフクロウ』だ。最高級品を作りたい一心だった。フクロウは夜行性。フクロウを観察しようと、夜な夜な森に入ってフクロウを探す所から始めたよ。

 ある日、ニザミモのお主様の枝にフクロウがとまっていた。ほぼ満月の夜。その明かりでフクロウの形がよく見えた。フクロウはじっとして、逃げようとしない。じっとこちらを見つめたままだ。時々、首を左右に振るが、目はこちらに向けて逸らすことはなかった。

 しばらく、フクロウと見つめ合っていたと思う。そして、フクロウに言ったよ。「お前のこと、彫らして欲しい」と。勿論、フクロウは何も言わなかった。


 それから、ニザミモの木を準備して、さあ、刃を入れようとした時だ、全く刃が通らない。ニザミモは、伐採した後の木材はとても使いやすい。他の木よりも力を入れずに彫ることができる。それなのに、いくら力を入れても全く駄目だ。納品の時期は迫ってくるし、焦る一方だった。

 もう頭の中では出来上がりの形はあって、完成すれば満足のいく出来だと自信もあった。でも全然作れなかったんだ。結局、泣く泣く注文を断った。しばらくは放心状態で立ち直れなかった。


 それから、しばらくして、その国と争いになっている国があると聞いた。なんでも、注文の品だけ受け取ると全く価値のない紙幣をよこして支払いしようとしたらしい。それはおかしいと抗議をすると、今度は武力で黙らせようとしたそうだ。

 もし、フクロウが彫れて、その国に渡っていたら、同じようになったかもしれない。今考えると、ニザモミの木はわざとフクロウを期限までに作らせなかったのだと思う。


 その国はまだあるかって?

 いいや、そこの国の王は自国の民のものまで巻き上げる欲深い人だったそうだ。怒った民が立ち上がって反乱を起こし、その国王を倒したよ。今はいくつかの国にわかれている。

 オレはこのままフクロウを彫ることできないままなのか。フクロウに彫らせてくれと言った時、駄目だとは言われなかったと思った。答えは数年後に出たよ。ノハが生まれることが分かった時、当時用意していた木材に刃を入れたら、すっと刃が通ったんだ。もう、完成図は頭の中にあったから、一週間寝食忘れて仕上げたよ。ノハとナミの部屋の隅にあるフクロウがそれだ。

 ***


「ほんとに生きているみたいなあのフクロウさんね。悪い国王に取られないで良かったね」

 こうして、ニザミモの根で出来た空洞は、ノハとナックの家族だけの秘密の隠れ家となった。

 

(ナックの父ザザ)

 隠れ家探索した日、ジョンはザザとしばらくの間話をしていた。後日、おさの所へ一緒に報告に行くとのことだった。

 ジョンは、ザザを二人目のおやじという程、慕っている。歳が十五歳離れているせいもあり、ザザもジョンを息子のように可愛がっている。実際、ジョンはナックの一番上の姉と年が近い。

 ザザは、数か国語を自由に操る。ジョンが外国の国王の注文品が出来なかった時は、通訳として一緒に同行した。

 代々、貿易商としての才がある家系に加え、母親と妻が外国出身者ということもあり、複数の独自の情報網を持っている。今ではニザの国と外国とのトラブルや交渉事項はほぼ把握している。

 

 探索の夜のこと

「父さんは、ノハのおじさんの国王からの注文の顛末てんまつ知っているの?」

「ああ、あの国王の所に一緒に行ったからね。ジョンの腕は確かだ。私はあの国から注文が来たと知った時、きな臭さを感じていたんだ。実はジョンの木彫りがあの国王の手に渡って欲しくなかった。でもジョンの喜びようをみれば断れとも言えなくてね。ジョンから木彫りが出来ないと聞いた時は、ジョンには悪いがホッとしたことを覚えているよ。


 その国は、国自体が安定していなくてね。その国で使用している紙幣の価値が大暴落していた。紙きれ同然だったんだ。

 その国に住む人たちは勤勉な者が多くてやる気のある若者たちが沢山いたよ。彼らが働いて得たものまで国王に巻き上げられて不憫でならなかった。国王への不満は高まる一方だった。

 ジョンの一件の後、私はその国の若者たちが気になって、何度も足を運んだんだ。品物も王に搾取さくしゅされないように裏で手を回したりもしたよ。

 数年後、民衆の手で国王を追放したんだ。国が崩壊ほうかいして新しい国がいくつか生まれた。ナックの上の二人の姉さんはその時生まれた国に嫁いだんだよ。

 不思議なもんだ。ジョンの木彫りが完成しなかったお蔭で、ジョンもうちの娘たちも良縁に恵まれたのだから。

 ニザミモは数手先まで読んでいる気がするよ」


 ナックは、「ニザミモは数手先まで読んでいる」という父の言葉が頭に残り、それが大事な意味を持つように感じた。

 


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