3.隠れ家

「ナック、ナック、このベッドふわふわなの、ナックも座ってみて」

 ナックは空洞の中をあちこち見渡して、とても難しい顔になった。ベッドに近づき、羽毛を一本、また一本と念入りに観察し始める。


「ここらでは見られない水鳥の羽毛だ。この地方にいる水鳥の羽より保温効果が高いんだ。それに鳥自体の数が少ない。超高級品だよ。しかもこんなに沢山、どうして……」

 おお、ホントだ、ふわふわだという返事を期待していたのに、ますます顔が険しくなる。


「ほ、ほら、机も椅子もあるよ」

 今度は机の表面をでるようにじっくりみて、眉間にしわを寄せる。

「これはニザミモの木だね。年輪からして、相当古い。それに、こんなに太いニザミモの木材出回らないよ。「二十三年に一度の木を切ることが出来る日でも、二人が手をつないだ太さ以上の大きな木材は切ることが出来ない」って、長老たちから聞いたことがある。それに、表面の仕上げに天然ニスが使われている。このニスもなかなか採集が難しいんだ」


 ナックは空洞の内面がふさふさの毛でおおわれているのに気づき、触ったり、臭いを嗅いだり、ひっぱってみたりした。

「これは、何の生き物の毛かわからないな。リスともネズミとも毛質が違う。この毛は、雪に耐える時期のものだ。芽吹きの季節の毛質ではないな」


 ナックは、ニザの国やその近隣に住む動植物のことならある程度頭に入っている。一つ一つ納得しないと満足できないタイプで学者肌。『歩く図鑑』と言われるほど。本当にこんな短時間でこれだけの情報を得られるとは、ナックの情報収集能力は本当にすごい。


「床もただの土ではないよ。黒曜石が混じっている。軽石は水はけがいいし、靴底が汚れない」

 首を横に振りながら謎が深まるばかりで、一向に笑みはこぼれない。

「一体、誰が作ったんだ。いや、ここは人の力を超えている」

「生き物も植物も人が作ったわけではないよ。だからこの場所だって、同じと考えたら?」

 ノハはあっけらかんとして、そんな難しいことではないという。


「じゃあ、ノハはどうしてここに連れて来られたんだよ」

「うーん、なんでだろうね」


 ノハは初そりの日のことを思い出していた。あの日「何か」を感じた。それは、目には見えないし、臭いもない、けれど感じることが出来る。そして、ここまで連れて来られた。それが何を意味するのかわからない。

「今は、わからないけれど、そのうちわかってくるかもしれないね」


「わからないでは、防ぎようがないよ」

「防ぐ? 防ぐって何を?」

 ノハはきょとんとした。


(ナックが何を言っているのかわからないよ。それに怒った顔になっている。何か怒られることしたのかな。この場所の謎よりもっと、ナックの方が謎めいているよ)


「また、連れ去られたらどうするんだよ。今回は何も無かったからいいけど」

(ああ、残された人たちにとってはもう起きて欲しくないよね)


 ノハは次に連れて行ってくれるのはどこかなとちょっとワクワクし始めていたなんて絶対口にしてはならないと悟った。ちょっと、姿勢を正し、ピンと背筋を伸ばす。

「ナックー、心配してくれてありがとうね」

「ノハの楽天志向、本当に羨ましいよ」


「ねえ、ナック、ベッドの羽毛、机の年輪、壁の毛、床、それ以外で何か感じたことある?」

「うーん、根っこの盛り上がりは自然に作られたと思えないことはないし、カビ臭くないのもニザモミの防虫・防臭効果だと思うし、特に不思議なのは今言った点かな.。ここにいるとわからないことだらけで頭が爆発しそうだ。先に出ているね」

 黒色の癖のある髪をがりがり乱暴にかきまわすナックの後ろ姿を見送った。


「おーい、そろそろ行こう」

 ジョンの声がする。ああ、待ちくたびれた声してる。ノハは「また来るね」誰に言うともなくつぶやき外に出た。

 

 入り口を目立たないようにカムフラージュしてその場を離れた。

ビュッツ、ビュッツ

 つるが伸びる音がして、振り返るともはやどこに入り口があったのか全くわからなくなっていた。


「おじさん、中はわからないことだらけだったよ」

「そうか。おさには報告するが、あまりこの場所のことは口外しない方がいいかもしれない」

「えー、何で? ノハ自慢する気満々だったのに」


「ニザミモを巡って、昔は外国と何度か争いが起きているんだ」

「争い?」

「ああ、ニザミモは、不思議な力を持っている木だ。ニザの住民が、何か秘密を隠していて、それを奪おうとした外国があったそうだ」

「父さんから聞いたことがある。秘密を隠すもなにも、教えて欲しいのはこっちの方だよ」

「よその国からしたら、ニザミモのお蔭で生活が潤っているこの国が羨ましく思うのも無理はない。」


 木の伐採は二十三年に一度しか出来ないし、果実がなるのは五十三年に一度だ。その機会を逃さないようニザの民は日頃から協力してニザミモの特性を理解しようと努め、訓練している。そう易々と良い思いをしている訳ではない。ニザの民は試行錯誤しながらニザミモの恩栄を受けている。


「それに、あれだけニザミモの木やナンナが隠したがる隠れ家だ。なぜノハとナックが入れたのかは知らんが場所も中の様子も言わない方が無難だな」

「ニザの国は本当に平和だって、母さんやばあさんがよく言っているよ。余計な事を喋って争いになるのはごめんだな」

 ナックの母と祖母は外国からニザに来た人だ。母と祖母の故郷では争いなどが頻発する場所もあるそうだ。また、ナックの父は貿易商を営み、年の半分以上外国にいる。国と国同士の戦いに巻き込まれそうになったこともあると聞いている。


「ノハ、隠れ家自慢しないよ」

「父さんもニザミモのお蔭で命拾いしたことがあるんだ」

 そう言って、ジョンは数年前の出来事を話してくれた。

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