8.お主様

 ルーとジョーがミツバチの屋敷へ向かうのを見送っていると、お主様の枝に一羽のフクロウが飛び降りてきた。


バサリ


「ああ、オオフクロウのフクか。聞いておったのか」

「はい、お主様。私が生きている間にあの隠れ家に人が入るとは思いませんでした」


「突然のことで、驚いたじゃろ」

「いいえ、いつ使われても良いように手入れはしてあります」


「フク。すまんのう。前にニザの民が入ったのはいつだったかの?」

「私の六代前と聞いておりますので、もう三百年ほど前のことかと」


「ほお、もうそんなになるのかの」

「はい。あの中には虫一匹たりとも許可なく入れさせませんので、ご安心下さい」


「ありがたいことじゃ。今の季節、地下に眠るものが多いからの。フク、大変じゃろうがノハを頼んでも良いか」

「仰せの通りに」


「わしは空と話をつけてくる。」

「はい、行ってらっしゃいませ。私も、失礼いたします」


 オオフクロウはバサリと羽を動かし、猛吹雪の中に突っ込み、ノハのいる隠れ家へと飛んで行った。

 


 ニザミモの大木は、意識を整え、枝の一点に力を集中させた。雷が落ちたような爆音ばくおんと共に、枝の一部が切り落とされた。それを、空に向かって高く投げた。枝は当たる雪を溶かし、火花を散らしながら上へ上へと上がって行った。

 これは、空とニザミモの大木が交信するときの合図だ。激しい風の音しか聞こえなかったけれど、しばらくしたのち、低く地響きを立てるかのような声が聞こえてきた。


「人間は 死んだのか」

「いや、わしの根の中で生かしておる」


「なぜ、 殺さぬのか」

「あれは、ニザの民じゃ。わしの所の若いのが入れてしまったんじゃ」


「あの生まれたてか」

「ああ、まだ芽を出してから五年と七年じゃ。まだ、何にも教えて無いんじゃ。わしがシークレを使えるようになったのは、百年を過ぎた頃じゃったからの」


「ふん、五年だの百年だの微々たる差だ」

「ああ、空には伝わらんな。万年、億年の感覚はわしらにはわからん」


「『整えの季節に人間が森へ入れば、好きなことをしてよい』、これが約束だ」

「わしはニザの国とそこに住む民や生きとるもん全てが好きじゃ。だからよそ者が入らんように空に助けを求めた。約束は約束だ。好きにすればよい。

 ただ、雷鳴らすも、雪を降らすもお前さんが好きにすればよい。だが、これが四日続けば、人だけでなく生き物全部息絶えるじゃろな。わしらがもう少し生きとったら面白くなりそうじゃ。空も見たくなる景色じゃと思うよ。まあ、好きにすればよいがね」

 


 空はニザミモの大木と話をした後、しばらく思考を巡らせた。ニザの国が出来るずっと前から空は空であった。

 ニザの国一千年分の景色が次々と映し出される。一千年ちょっと前に、突然開国したニザの国。空と話が出来るのは、今のところニザの国だけである。ニザは、空と話をすることに疑いを持たない変わった国だ。


ガツッ、ガツッ、ガツッ……


 何かがやってくる音が聞こえニザミモの大木の前で止まった。空はニザミモの大木と獣の話し声に注力する。


「あらー、じじいになったね。やっと、シークレ使えるようになったの?」

「百年かかったわい」


「あっはははは。相変わらずの落ちこぼれね」

「容赦ないな。それにしても、お前さんは変わらんの」


 獣は周囲を見渡した。

「……ニザミモ、この周りにはもう、あんたしか残っていないの?」

「この森にはわし一本だけじゃが、森から出たところに若いのが二本生えてきた」


「そう、あたいが可愛がってあげるよ」

「おいおい、手加減してくれよ。まだ七つと五つじゃ。何も知らんで、ニザの民を森に入れてしまったんじゃ」


「いい度胸してるじゃん」

「今ごろ、反省しとるじゃろ」


「森に入ったニザの民、あんたの根の中にいるのね」

「ああ、もう三日になる。名はノハという」


「ノハね。わかった。あたいが、何とかするよ」

「すまんのう」


「そうやってすぐに謝るの、あんたの悪いところ。こんなじじいになっても、昔とちっとも変わらないのね」

「すまん……」


「もっと、ニザミモらしく堂々としなさいよ。じゃあ、行ってくるわね」

「ああ、頼む」


ガツッ、ガツッ、ガツッ……


 ニザミモの大木は自分に言い聞かせるように独り言をつぶやいた。

「同じ年に芽を出した中で、わしは一番の落ちこぼれじゃった。死ぬのも一番最後になってしもた。わしがあまりにも出来が悪いからの。周りの鳥獣たちが、どんどん賢くなって助けてくれるようになったんじゃ。千年生きてきたわしの努めは、若いもんを見守ることじゃ。生きとる時は、失敗はつきもの。失敗しながら覚えていくしかないわな」


 空は、またしばらく考えを巡らせていた。そして、ニザミモの大木が言った言葉を口にする。


「見たくなる景色か……、ニザミモの奴、千年しか生きていないくせに生意気なことを言うじゃないか」


 ノハが森に入ってから三日目の夜、風も無く、雪も雷もやんだ。そして、四日目の朝、雲一つない晴天に恵まれた。

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