7.ミツバチ屋敷

 数匹のミツバチたちが、薄暗い廊下ろうかの先にある女王様の部屋に案内してくれる。女王様の部屋に入ると、むわっとした空気がただよい、ジョーはくらくらし気分が良くなってきた。ルーも何だかぼーっとする。部屋の奥にどっかりと大きな椅子に座る女王様はとっても色気のある羽と光り輝く触覚を持った美しくなまめかしい蜂だった。


「まあ、ニザミモのぼうやとおじょうさん。よく来たわね。ゆっくりしていってちょうだい」

 女王様の黒い大きい目は、目を逸らしてはいけないと思わせる程の力があった。


「はい。お言葉に甘え……」

 ジョーは完全に女王様の言いなりになっている。ルーは必死で目を見ないように部屋の甘ったるい空気も極力吸わずに伝えることを吐き出した。


「いいえ、急ぎの用事で参りました。みつを少し分けて欲しいのです」

 ルーは頭に白い靄がかかった感じがするけれど、まだ自分の意見を言うことができた。


「お主様にね、助けてもらったのよ。スズメバチが襲ってきて、沢山のミツバチたちが死んで、私も大けがをした時にね。みつなら好きなだけ持って行っていいわ」


 みつがたっぷり入った壺がいくつも並んでいる。ルーはニザミモの枝をミツバチに渡すと、ミツバチは三本の枝にみつを巻き付けてくれた。みつは枝に丸く付き、テラテラと光っている。思わず舌なめずりをしたくなる艶だ。食べなくてもこれは甘くて上手いと本能で感じる。


「ぼうやも少しなめてみる?」

 流し目の女王様はみつの入った壺に前足を入れ、引き抜くとみつのついた足をジョーの前に持って行った。ジョーは女王様の視線から目を離すことが出来ない。頷いて、みつのついた足に一歩、また一歩と近づいた。


「痛っ!」

 ルーが強引に引っ張ったのでジョーは床に尻もちをついた。ジョーは何が起きているのかわからず強引なルーをにらみつける。


「みつをありがとうございます。急ぎますので、失礼します」

「あら、それは残念ね。ぼうや、今度は貴方だけで来なさい。ほほほほほ」


 女王様は、みつを自分で舐めながら、「さよなら」と手を振った。ルーはミツバチからみつのついた枝を丁重に受け取るとジョーを反対側の手で引きずり逃げるように屋敷の外に出た。

 ミツバチたちは先ほどと同じように頭を下げ、ルーとジョーを見送る。屋敷から少し離れたところまで来ると、ジョーも頭がすっきりして来て、自分で立ち上がることが出来るようになってきた。


「あー、やだやだ。ジョーがあんなに色気に弱いとは思わなかった」

「綺麗だったろ、触覚」


「ふんだ、ミツバチのお屋敷から出て来られたのは私のお蔭よ。急がないといけない時に何をしているのよ。さあ、ノハの所に向かいましょう」

 ルーとジョーは急いでノハの元へと向かう。外は真っ暗。雪の白い色まで黒に染まっていた。


 空洞の中に入ると、ふわふわのベッドの上から、ノハの規則正しい寝息が聞こえてきた。

「ノハ、息をしてるー。死ななくて良かったー」

「明日、目を覚ましたら、食べてくれますように」


 そう言って、はちみつを巻き付けた木の枝を机の上にそっと置く。これで、ノハが飢えることはなさそうだ。

「次はナックの所ね」

「ああ」


 ルーとジョーは、ニザミモの人形を空洞の中に残し、ノハの家へと意識を飛ばした。

 丁度、稲妻が光り、辺り一面が明るくなって、ノハの家の窓にジョンとルカの姿がし出された。我が子を森に残し探しに行けない無念さ、悔しい思い、生きていて欲しいという切なる願いがひしひしと伝わってくる。ジョンの歯ぎしりの音がルーとジョーには吹雪の音よりも大きく大きく聞こえていた。

 上の部屋ではナミが一人で泣いている。ノハに戻ってきて欲しいという大好きな妹への思いを感じる。


 コインと人の意識をつなげることは数百年出来たことはないというけれど、やるしかない。それしかノハを戻す方法がないのなら、自分たちがやるしかない。

 横向きに寝ているナックの胸元からペンダント型のコインが顔を覗かせていた。


「あのコインね」

「ナックの意識をコインに直接つなげることは出来ないけれど、シークレを介せばつながるんだったな。」

「まず、シークレをコインに移してみましょう」

「ああ」

 ルーとジョーは、自分たちの木の根に蓄えているシークレをナックのコインへと移動させていく。


 コインはシークレをため込むたびにほのかに淡く輝いた。

「ふう、集中力は必要だけれど、コインにシークレを移すことは出来たわね」

「うん、この程度なら楽勝だ」

「今度はナックをシークレとなじませてみましょう」


 ルーはシークレをナックの意識に向かって移動させようと試していく。しかし、先ほどのコインとは異なり激しく拒絶される。磁石のマイナスとマイナスを近づけているみたい。近づければ逃げていく。


「はあ、全然だめ」

 今度はジョーも一緒に挑戦。ナックから受け入れ拒否の強い抵抗がある。

「このままではコインとナックが結べないよ」

「何度もやってみるしかないよ」


 何度も何度もルーとジョーはナックにシークレを近づけようとした。上から落としてみたり、思い切りナックに向かって投げつけてみたり。

 ナックは防衛反応が働いているのか、ますます近づく距離も遠くなっていった。手を変え、品を変え、挑戦・失敗を繰り返し、気が付くと早二日間も経っていた。


「はああ、何度やっても駄目ね」

「このままじゃ、ノハが死んじゃう」

 失敗続きで、疲れも出始め弱気になってきた。どんどん焦りが募っていく。ナックは二日間全く起きずに横たわっていたけれど、三日目にやっと目を覚まして起き上がり、ルカと話をするまで回復してきた。


「ノハを助けられるのはナックしかいないんだ」

「お願いナック。シークレを受け取ってくれ!」


 ルーとジョーは起き上がったナックに必死に叫ぶ。ルカが部屋を出て、ナック一人になると、ナックはふと胸元のコインのペンダントを握りしめた。

「ジョー、今よ!」

「ああ」

 ルーとジョーはありったけの願いを込めて、シークレをナックとコインに集中させた。コインは爆発したかのように中からドバっと光があふれ出した。


 ノハ タスカッテ クレ

 ノハ ヲ タスケテ


 ナックの意識なのか、ルーとジョーの思いなのか、ノハが助かって欲しいという願いがコインに吸い込まれていった。

 ルーとジョーは急にぐったりし、気がつくと意識はニザミモの自分たちの木に戻っていた。


「……オレたちができることはやったな」

「うん、……ノハが帰ってくることを待ちましょう」


 根本のシークレはもう殆どなくなり、ルーとジョーはこれ以上動けなくなっていた。

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