6.お主様の話

「わしが生まれた千年以上前はな、わしらとニザの民はシークレを介して、話が出来たんじゃ。わしらの仲間もこの国全体に沢山生えておった時代のことじゃ。ニザミモの木を狙って外国がめてきた時はニザの民とわしらは一緒に作戦を練ったもんだ。

 だが、時が進むにつれ、シークレを感じる民の数が減ってきた。それに、わしらの仲間もシークレを上手く蓄えることが難しくなってきたんじゃ。沢山仲間が枯れての。お前さんたちが芽を出す前の数百年間はここらの森ではわし一本だけになってしまった。


 わしは、年を取っているからの、ニザの民か外国からの侵略者しんりゃくしゃか判別できんのよ。

 今から数百年前、シークレを感じ取る民がまだ残っていた頃に、ニザの民とこの雪の降る『整えの季節』は森に入らないことを約束したのじゃ。

 わしは、空とも話をしたんじゃ。もし、森に入った人がおったら、それはよそ者だから人里に近づけないよう好きなようにしてよいとな。空は雪と雷が好きでな。よそ者は近づいて来られん程の破壊力で好き放題するじゃろうよ。

 今回、ノハが森に入ったからの、空はわしの話を覚えとるんじゃろ。吹雪がひどくなる一方じゃ。これでは他の生き物も凍りついてしまうかもしれんな」


 ルーとジョーは、とんでもないことをしてしまったと今さらながら大後悔。


「えー。ど、どうしましょ」

「お主様、おれらに何かできることあるか?」


「むーん、そうじゃの。まずは、ノハに何か食べさせんと。人は食べないともたんからの。ああ、そうじゃ、ミツバチの屋敷に行ってはちみつを分けてもらうとよい」


 そういうと、お主様は自分の体から細い枝を三本切り落とした。さらに力を入れ広げるととんがった細い葉を人の手ほどの平たい葉に変化させた。その葉を五十枚ほど引き抜いた。


「わしの名前を出して葉を渡せば、嫌とは言わんじゃろ。だが、あの屋敷に入って出て来なくなったものも沢山いると聞いとる。用心することじゃな」

 こくり、こくり。二人は神妙な態度で請け負うことを了解する。


「次にノハを家に帰すには、うーむ」


 ノハをノハの家に帰すのは、ルーとジョーは勿論のこと、ニザミモのお主様でも無理なことだという。整えの季節は地下で眠っている獣たちが多く、協力を頼めるものが近くにいない状況で、ニザミモのお主様はしばらく考え込んだ。


「上手くいかんかもしれんが、あれを使うか」

 そういうと、お主様はルーとジョーの意識と同化させた。ナックがベッドで寝ている姿が映し出される。


「ナック?」

「ああ、あの少年を知っているか」

「はい、ノハに紹介してもらって、よく遊びに来る子」

「それなら、話が早い。ナックが身につけているコインとナックの意識を『シークレ』で繋げるんじゃ」

「コイン?」


「ああ、あの子のつけているペンダントのコインじゃよ。あのコインは千年以上前に作られたものじゃ。千年以上前に作られたものは、シークレを蓄えやすいんじゃ。シークレで橋渡しをしてナックの意識とコインを繋げてくれ。それが出来たら、ノハを助けられるかもしれん。

 だが、ここ数百年、コインと人の意識がつながったという話は聞いていない。駄目かもしれんが、二人で試すしかないな」

「わかりました」

「やってみます」


「さあ、行きなさい。ミツバチもコインも手ごわいぞ。わしも風や鳥獣たちと話をしてくる。ああ、生き物と話をするときはこれを持っていきなさい」

 お主様をそういうとニザミモの繊維で出来た人形を取り出し、ルーとジョーに渡した。


 異種間との交渉時は、実態があった方がやりやすいらしい。数百年前に作られたらしい人形は今の洋服とはちょっとデザインが異なり、古ぼけた感じがしたけれど、今は我儘を言うべきでないことは二本の若木もよくわかっていた。ジョーは、二つ結びの人形をルーに渡し、帽子をかぶった方の人形に意識を移した。


「ルー、やるしかないね」

「ええ、ミツバチ屋敷に行きましょう」

 


 ミツバチの屋敷はニザミモの大木からさらに奥に進んだ先にあった。ミツバチの屋敷を囲み、ミツバチがぴったりと身体をくっつけ合って侵入者から女王ばちを守っていた。空が暴れているせいか、ミツバチたちも顔色悪く、ぶるぶる震えている。


「あのー、ニザミモのルーといいますが、みつをわけてもらえませんでしょうか」

「へっ、何の冗談だ。帰れ」

「女王様にお目にかかりたいのです」

「話にならん、帰れ」

「帰れ、帰れ、帰れ!」


 二、三匹だった帰れコールが次第に大合唱になってきた。ルーは無言でニザミモの葉を近くにいたミツバチにコートを着せるように被せてあげる。


「帰れ、ん、あたたかい、あいや……」


 思わず本音が出てしまったミツバチ。ルーは次々に葉をかぶせてあげると、「帰れコール」も徐々に弱くなっていった。明らかに寒さが和らいでホッとした顔になっている。


「こんな寒さでは、きっと女王様も大変でしょ。ニザミモの葉は暖かいよ」

「これは、ニザミモのお主様からミツバチさんへの献上品だよ」

「ニザミモのお主様?」

「ええ、この森にすむ樹齢千年を越えるニザミモの大木のお主様よ」


 お主様、お主様と言いながら、ミツバチが身体を揺らし始める。『お主様』がキーワードになったようだ。ミツバチたちが独特の動きでダンス始めた。上に下にを五回ほど繰り返す。軌跡をたどるとニザミモの葉っぱの形になった。


 食べ物を見つけた時に行うミツバチダンスの様なものだろうか。特有のフェロモンが放出されている。その中の一匹が慌てて、女王様の所へ向かっていった。待っている間、ルーとジョーは外を守っているミツバチたちに葉をかぶせ続けた。


「女王様がすぐに客人を迎い入れるとのことです」

 一匹のミツバチが大声で叫ぶと、ミツバチたちは一斉に頭を下げた。

 


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