5.そのころ 若木たちは

 ルーとジョーは、ノハのことが大好き。

 ノハが赤ちゃんのころから知っている。来るたびに出来ることが増えて、今ではお話や歌を聞かせてくれるようになった。金髪がかった茶色のノハの髪は幹の色と似ていて、深緑色のノハの瞳は細くとがった葉の色。ノハがルーとジョーの木の上に登ってくると葉っぱを揺らして踊りだしたい気分になる。

 ノハが好きなことやりたいこと何でも知っているのがルーとジョーの自慢。もちろん、ノハがそりに乗りたがっていることも。ルーとジョーは、ノハが一人でそりに乗ることを待ち望んでいた。もしかしたら、ノハ以上に楽しみにしていたのかもしれない。そして雪の晴れ間、ノハの初そりの日がやってきた。


「ジョー、ノハ初そりに挑戦よ」

「ああ、待ちに待った、ひとり滑りか」

 ニザミモの木ルーとジョーは意識を飛ばしてノハを見届けることにした。


「丁度、上に登りかけたところだ」

「あれ、途中でそり置いちゃったよ」

「だめよ、大きいお兄ちゃんたちみたいに高いところで滑りたいんでしょ」

「もっと、高い方が楽しいぞ。」


「ねえ、ジョー、ノハのこと手伝ってあげましょうよ」

「そうだな。を使うか」

 

 ルーとジョーは、ニザリスのイーとスーからニザミモの木は『シークレ』を蓄えたり、自然界に放出したりする役目を担っていると教わった。

 イーとスーは、ノハの家の裏に生えているニザミモの若木ルーとジョーの世話を焼く若いニザリスの姉弟。

 イーとスーは、ノハが三つになる時に生まれ、その一年後に両親から樹齢千年のニザミモのお主様の木を守り、ジョン一家や若木の様子を伝える役目を託された。だから、イーとスーはルーとジョーをお主様のような立派なニザミモの木に育てようと大変張り切っている。少々世話を焼きすぎて口うるさいのは玉に傷だけれど、やる気だけは十分にある。森とノハの家を何往復してもへっちゃらだ。


 ルー七年、ジョー五年のまだ若い木はそれほど多くのシークレを蓄えていない。シークレは、色も臭いも形もないけれど、時間や空間を自由に移動できたり、生き物に力を与えたりするらしい。森のニザミモの大木、お主様は、シークレを上手に扱えるそうだ。

 イーとスーはルーとジョーに色々とうるさいことを言う。ルーとジョーは若いからまだシークレを扱うのは無理だと決めつけ、絶対に勝手に使うなと口を酸っぱくして言ってくる。少し耳障りに感じていた。でも、都合のいいことに今はいない。整えの季節なのだ。


 ニザの国は季節が三つに分かれている。芽吹きの季節、収穫の季節、整えの季節。そして今は整えの季節。寒さが増し、雪が降る。リスは整えの季節になると土の中で眠る。リスが地上で活動できるのは、芽吹きと収穫の季節のみ。

 整えの季節の今は、小うるさいリスが眠っていることをいいことにルーとジョーは手探りでシークレを色々試していた。まさにやりたい放題だ。最近ルーとジョーは少しだけシークレを使えるようになってきて得意になっていた。


 二人は意識を合わせ、シークレをノハのそりへと向かわせた。


「わわっ」

 ノハが驚いていてもお構いなし。山のてっぺんまでそりを動かした。


「どうよ、ノハ。高いところの方がいいでしょ」

「ぐるっと一周まわして、景色をみせよう」

「ジョー、いいアイデア!」

「お主様にもそりを見てもらうか」

「うん、うん、お主様、きっと喜ぶわ」

「よし、このままニザミモのお主様のところへ進むぞ」


 ルーとジョーはノリノリだ。ノハの顔色も悪くない、大丈夫だよね。

「ちょっくら、スピード上げるぞー」

「いいわ、そりの方向はわたしに任せて!」


 ジョーは速度を上げ、ルーは左に右にそりの先を動かした。



「何をしておる」

 低く大きく響く静かな問いだった。背筋が凍りつく位、周辺の空気がヒヤリとする。


「ひえっ」

「わっ」


 ニザミモの大木の前で急停止。

「お主様、ご無沙汰ぶさた……」

「お主様、そりを見せに……」


「……、何をしておる」


 ニザミモの大木、お主様はもう一度問いかけた。ニザミモの葉が小刻みに揺れ、どこからどうみても喜んでいる様には見えない。


(あれ? まずいことしちゃったかな)

 何もわかっていない若いニザミモの様子に、お主様は言葉を続ける。


「ノハをここに連れてきて、どうする。森の奥まで連れてきたら、人の命は持たんぞ」


 ルーとジョーはハッとしてノハを見て、そして慌てた。ノハが凍りかけている! さっきまで、大丈夫だったのに、今は顔の表情が抜け落ちて、身体が固まって動かない。


「ど、どうしよう」

「そんなつもりでは……」


 ルーとジョーは、軽はずみな言動でノハの命に危険が迫っていることをやっと理解した。


「まずは、わしの根の中へ入れるぞ。話はそれからじゃ」

 そういうと、お主様は意識を集中させノハを乗せたそりをニザミモの根と根の間の空洞に移動させた。ノハが空洞の中に放り出されるように入ったことを確認する。


「ふう、手荒な入れ方じゃが、ノハはひとまずこれで良い」


 お主様はルーとジョーに向き直ると再び静かに問いかけた。

「さて、人の子をどうして森へ入れたのじゃ」


「あの、ノハがそり遊びを楽しみにしていたので、盛り上げようと」

「そりもお主様の枝から出来ていたのでお見せすれば喜ぶかと……」


「ふーむ、それでシークレを動かしたのか」

「はい……」

「お前たちがシークレをここまで動かせるとは知らなかったわしの落ち度じゃな。ルー、ジョー、良かれと思ったことでも、力を与え過ぎると人は死ぬ。そのことはこれからじっくり学ぶとしよう。

 それよりもこの時期は森に人が入ったことを何とかせんと。この季節は森へ人が入ってはいけない決まりになっておる」


 お主様はそういうと、遠くを見つめるように過去を振り返った。

  

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