9.捜索(そのころナックは)

 ナックがそりから手を離すのとノハが何かに気が付いて驚いたのはほぼ同時だった。ノハに向かって一直線に氷の塊が突っ込んできた。ノハのそりに当たるとそりごとノハは山の頂上へ押しやられていった。


 あの時手を離していなければノハは一人でいなくなることは無かったかもしれない。自分が先に異変に気がつけば手を離さず済んだのかも。ナックはやんでいた。

 ナックはノハが山のてっぺんに行ってしまった時、追いかけようとした。けれど、慌てていたのか足を滑らせ転び、そのまま転がるように落ちてしまった。気が付いた時はノハの家のベッドの上だった。


「痛いっ!」

 左足首に痛みが走り、目が覚めた。


「ナック、目が覚めたのね。足、痛む?」

「おばさん?」

 ナックは状況がのみ込めていなかった。足を滑らせてからの記憶がない。


「そり滑りしにいったでしょ。ナックはそこで転がり落ちて足を痛めたの。天気はどんどん悪くなるし、気を失っていたから、うちに運んだのよ」

「すいません」

「ううん、二日も目を覚まさなかったから、目覚めて良かったわ」

「ノハは大丈夫?」

「……、それが、まだ帰って来ていないの」

「えっ、探しに行かないと」


 ルカはナックが起き上がろうとするのを制止し、ここ二十年で一番激しいという程の猛吹雪で外には出られないという。

「今のうちに、ナックもしっかり足治して頂戴ね」

 着替えを置き、ナックのためのスープを取りに部屋を出た。


 ノハを一刻も早く探したいのはノハのおばさんたちなのに自分が目を覚ましたことを喜んでくれ、看病までしてもらって申し訳ない気持ちになった。


 ナックは父親の仕事の関係で、今まで外国で暮らしてきた。今年からニザで暮らすようになったけれど、周りはみんな親切ですぐに溶け込むことが出来た。近所の遊び仲間の中では真ん中位の年齢。ロールやミークたちの中に年下のナックが加わると、体力勝負の遊びはいつもこてんぱんにやられてしまう。必然的に年下の子を相手にするようになった。ノハもその一人。ナックは植物や動物、鉱石を観察したり、収集したりすることが好きで、森探検では少し歩いては止まり、歩いては止まりとのろのろ進む。他の子はさっさと先に行ってしまうけれど、一番小さいノハはそれが丁度いいらしい。いつもちょこちょことナックの後をついてくる。


 ノハといると珍しい石を見つけたり、滅多にみることが出来ない生き物に遭遇そうぐうしたりとワクワクすることが多い。近ごろの外遊びはいつもノハと一緒だった。

(ノハ、無事でいてくれ)

 ナックは肌身離さず身つけているコインのペンダントを握りしめた。考え事をする時や気持ちが高ぶっている時に無意識に行うナックの癖。このコインはナックの家で代々継承されているものの一つで、走る馬がデザインされていた。

 突然、コインのペンダントから黄金の光が溢れ出した。


「わあ! まぶしい!」

 同時に今考えていたノハのことがコインに吸い込まれるような、内臓が押しつぶされるような感覚におちった。


 ノ ノハ  タ タス タスカッテ タスカッテ ク クレ

 ノ ノハ ノハ ブ ブジ デ イ イテ イテ ク クレ 


 ナックはあまりの眩しさに目をつむり、バッとコインから手が離れた。手が離れると変な感覚は消えるように無くなっていった。恐る恐る目を開けてみるともう光はない。再びペンダントを握っても、もう何の変化も見られなかった。


(何だったんだろう。今まで、このペンダントが光ったことなど無かったのに……)

 首をかしげながら、ナックはルカが用意してくれた着替えを手に取った。


 

 猛吹雪は、それから三日間止まなかった。ここ二十年で一番を記録するほどの大雪。家の一階をほぼ埋め尽くし、四日目の朝、ジョンは二階から外に出た。

「ノハ、待っていろ、今から行くからな。」

 ジョンはスコップを持って、森までの道を作っていく。黙々と、ただ黙々と。


「おーい、おじさん」

 遠くからロールの声が聞こえてきた。ロールだけではない、ロールの父ヘンリーもミークの父ダーク、そして大柄な若者たちもいる。

「やっと雪がおさまったから、うちの若いの連れてきた。森を捜索するんだろ」


 ヘンリーはジョンの少し年上、ジョンの兄貴分。酪農経営をしていて仕事場では親方と呼ばれ,、人を統率するのが上手い。今日はそこで働く人たちがノハの救出に力を貸してくれるという。みんなスコップやバケツを持って、力仕事なら任しとけって顔をしている。とても心強い。


「ザザのところも、もうすぐ来るよ。あそこは食料の支援をしてくれるそうだ」

 ジョンとヘンリーとダークが森まで行く手順を確認していく。ダークとジョンは年が近く小さい頃からの遊び仲間だ。三人とも小さいろから気心知れているので阿吽あうんの呼吸で確認作業が進んでいく。森までの道は人の身長より高く積もった雪にはばまれていた。まず雪を捨てる場所を決め、掘った雪をバケツに入れ、順々に人を介して捨てる場所へ持っていく。さらに掘り進める。雪をバケツリレーで捨てる方式。こうして、バケツリレーは始まった。


 猛吹雪は、三日間続いた。こんな寒さでは生きている望みはないかもしれない。けれども、応援に来てくれた人たちはノハの家族の気持ちをおもんばかり、決して諦めようとしなかった。

「ノハー、いたら大きな声で『はーい』と返事しろよー」


 お調子もののダークがわざと陽気な声でそう言って、しかも「はーい」は裏声まで使い、みんなを笑わせた。こういう重苦しい雰囲気になりそうな時、ダークのようなムードメーカは実にありがたい。

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