第10話

 宿は一階に酒場が併設されていた。レーヴェでの酒場の需要は高く、大抵の宿は一階に酒場を併設しているらしい。そして、どこの酒場も盛況だ。天井から吊り下げられる灯篭の暖かな光とは裏腹に、宿一階の酒場は冒険者たちでお祭り騒ぎだった。


 そんな冒険者たちの中には聖芒の遣いアラムの人達が混じっている。あれも調査の一環だとクリスは言った。冒険者たちの間にある情報網を探る目的なのだろう。


 お酒の入った冒険者たちに気付かれないよう、シスは素早く二階へ上がった。明日からは外套を羽織った方が良さそうだ。すれ違う冒険者から向けられる視線のほとんどが歓迎的じゃない。荒っぽいのだ。クリスが一緒だったから何ともなかったが、手を出されていてもおかしくなかっただろう。


 レーヴェの冒険者は公国の冒険者とは比べ物にならないほど、低俗な輩が多い。決して治安が良いとは思っていなかったものの、シスの予想を遥かに上回っていた。


 水浴びをし、すぐに眠りにつこうとしたが、一階の酒場がうるさくて無理だった。調査官として任務をこなす内に野営することには慣れた。横になる場所が悪くても眠れる自信はある。しかし、こうもうるさい環境で眠るのは初めてかもしれない。野営とはまた違った環境だ。


 ただ、こういう時、眠りにつく方法をシスは知っている。目を瞑って、自分の呼吸に意識を向ける。無意識で行う呼吸を意識的に行う。シスはこの方法で切り替えられる。万人に通ずる方法ではないだろうけど。


 翌朝は日が昇るよりも早くに宿を出た。一緒に向かうのはクリスと聖騎士の四人。遺体を焼却するための準備はクリスたちが済ませてくれている。


「不気味ですね。エリアスの加護を受ける神殿とは思えません」


 神殿に入ってすぐ、クリスは率直な感想を述べた。


「遺体は地下の安置所です」

「ええ。心得てます」


 剣の柄頭に手を当てながらクリスは迷う素振りもなく足を進める。地下の安置所へ続く階段は礼拝堂手前の個室にある。シスが扉の鍵を開け、クリスたち聖芒の遣いアラムが先を行く。シスは最後尾についた。


「この遺体が動いたと………」


 人がいるので昨日のような怖さはない。クリスと共に遺体を見分し、聖騎士の四人は焼却施設の準備に取り掛かっている。


「遺体は全て床に寝かしていたようです」

「この遺体だけ座らせた、とは考えられませんね。足首から下が露出してるのは」

「この状態なら歩けます。実際に動いたところを見たわけじゃありませんが」

「動くだけで実害はない。今のところは神への冒涜と見るべきですかね………」


 一通り遺体を検分するも、土葬された遺体に変わりは見られない。これも百年前と同様だ。土の中にあった遺体が地上に出てきた。証拠はないが、遺体は確実に動いている。遺物レリックによるものなのか、はたまた別の要因なのか。それは分からない。


 焼却設備の準備が整った。聖芒の遣いアラムの聖騎士たちによって、遺体が焼却炉へと運ばれる。そんな光景をクリスと共にシスは眺めた。


神の救いギュスターヴ………」

「何か、言いましたか?」

神の救いギュスターヴです」

「贖罪によって罪を取り去った者は神と共に生きることが出来る。その時に初めて、生に喜びと安寧が訪れる。神による救い」

「そういう意味らしいですね」

「別の意味があると?」


 やはりと言うか何というか。秘匿されていたわけなのでクリスは知らなくて当然だ。


「百年前のこの土地にレーヴェのような大きな街はありません。そんな場所にある神殿で起こった異常事態に教会が気付くことが出来たのは、魔報器による一報が公国の大神殿に送られたからです」

「今回も同様ですが、神殿に従事していた神官たちは消息を絶っているはずでは?」

「神官から送られたものじゃなかったんです。神の救いギュスターヴと名乗る人物からだったと。わたしはそう聞いています」

「ますます、神を冒涜してしますね。しかし、今回もその謎の人物が関係しているかもしれません。百年前から存在するわけなので、同じ人間だとは到底思えませんがね」


 遺体を動かすような遺物レリックが存在するとして、その遺物レリックを扱う者は神の救いギュスターヴと名乗る人物だろう。ただこれも結局、仮定に過ぎない。調査する上で仮定を立てることは大切だが、この任務に限っては、立てた仮定の証明が全く進展しない。


 最後の遺体が焼却炉に運ばれた。焼却炉の中には灰だけが残り、袋の中に詰め、再度埋葬される。埋葬は聖芒の遣いアラムの聖騎士たちに任せ、シスとクリスは異常事態の発見者であるコイル・ダグナー神官長に話を伺いにギルドへ向かった。


 冒険者の街と称されるだけあり、レーヴェのギルドは人で溢れていた。公国のギルド本部より遥かに狭く、何だか窮屈に感じてしまう。違うか。人口密度の高さが、そう感じさせる。外套を深く被っているのでシスが目立ってしまうことはなく、何やら冒険者に詰められているようではあるがロイマンを見つけることもできた。


「レルムの狩場を何とかしろやっ!おまえらギルドの仕事だろーが!」


 複数人の冒険者に詰め寄られ、怒鳴り声を浴びせられるロイマンは滝のように汗を流し、平身低頭にも程がある。そんなロイマンの姿が、冒険者たちをさらにヒートアップさせているのではないだろうか。


「落ち着きましょう、皆さん。冷静になって話し合えば分かり合えます」


 全く場違いなくらいにクリスの声音は透き通っている。ロイマンと冒険者の間にするりと割って入り、両手を上げながら冒険者たちを諫める。しかし、それで治まれば最初からロイマンは詰められてなどいない。


「誰だてめぇ、引っ込んでろっ!」

「お前に用はねえよ!」

「イケメンなのが鼻につきやがる!」


 最後のは単なるやっかみではないか。とは言え、総じてクリスに飛ぶのは罵倒だった。そんな罵倒を浴びてもクリスはどこ吹く風ではある。


「憤怒は大罪の一つです。心を擦り減らし、人を堕悪に陥れる。安寧を得るために必要なのは冷静さと思慮深さですよ。ほら、皆さん……落ち着いたみたいですね」


 信心深い言葉を喋らせれば、クリスの横に並ぶ者はいないかもしれない。教会の人間と関りが多いわけじゃないけど、クリスのような真に神の信徒と呼べるような人は珍しい。それはシスだけでなく、冒険者たちにとってもだろう。


「おめえ何言ってんだ………」

「私がお話を聞きましょう。こう見えても、ギルドに伝手があるんですよ」


 そう言って、クリスはシスに目配せをする。シスは小さく頷いて、どうなっているのか状況を掴めずにいるロイマンを連れ、この場を離れた。

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