第十二場。
路地裏。
クランクが息を切らして走り込んでくると、座り込む。
クランク:少し掠めたか。だがこのくらい。
エリック:失敗したようだね。
エリック、陰から出てくる。
クランク:す、すまない。例の娘がどうなったのかは分からない。恐らく事前に持ち出されたとしか……。
黒いローブの男アイポーツが現れる。
アイポーツ:全く、簡単な遣いも出来ないとは、賎民には恐れ入る。
クランク:誰だお前。
エリック:ああ、顔を合わせるのは初めてだったね。こちらは、機甲人形開発機関所長、アイポーツ君だ。
クランク:国の人間か?
エリック:そうだね、君のその銃の横流しをしてくれたのも彼だよ。
アイポーツ:それなのにお前は失敗した。
クランク:すまない。
エリック:それはもう良いさ。あの組織から得られる物はもう何も無いだろう。潮時さ。君はよくやってくれていたよ。それよりも、次の仕事がある。動けるかな?
クランク:は、はい。少し休めば。
エリック:それは何よりだ。
クランク:あの、一つ聞きたいんですが。
エリック:何かな?
クランク:あなたは、何の為に生きてるんですか?
エリック:さぁ、果たして僕は生きているのかな。記録上死んだことになっている筈で、それに……。まぁそれは良いか。生きる理由。ははは。考えたことも無かったよ。
クランク:何ですか?
エリック:強いて言えば、そうだね、生きる為に生きているよ。
クランク:そう、ですか。
エリック:人は皆、そうさ。しかし、君が望む答えでは無かったようだね。
クランク:いえ、そんなことは。
エリック:世界を変える為。
クランク:え?
エリック:そう言えばよかったかな? まぁそれも一つさ。望みなんて物は多くの場合不特定な物だよ。満足したかい?
クランク:はい。
エリック:たぶんこれが最後の仕事になると思うよ、クランク。内容は、軍用船オルキヌス・オルカの奪取。もう機械人形の操作権はこちら側にある。大丈夫、アイポーツ君の腕は確かだ。
クランク:あんたが?
アイポーツ:ああ、感謝するんだな。
クランク:けど、どうして飛行船を奪う必要がある?
エリック:いいかい? 自分より大きな物を相手にするのなら、望む物の為に生きたからと言って望んだとおりにはなるとは限らない。それを行うには物事を俯瞰する必要があるのさ。それこそ空の上から、或いは天国からね。まぁどちらにしても同じことだよ。
クランク:分かった。あんたのこと信じるぞ。
エリック:どうぞご自由に。でも、裏切られる覚悟はしておいた方が君達の為かな。君達が僕の期待を裏切らないとも限らないからね。
クランク:はい。
アイポーツ:私は君の期待に応えるつもりだ。
エリック:それは頼もしい限りだ。いいかい、この世界は期待で回っている。明日も変わらず食料を供給する者がいて、輸送する者がいて、商う者がいて、それを買う者がいる。一人一人が生きる為に生きるという期待が連鎖して、世界は循環しているのさ。ならば、世界を変えるにはどうすれば良いか。分かるかい?
アイポーツ:当然さ、私のやっていることはその一つだろう?
エリック:そうだよ。世界を変えたければ、その期待の輪を断ち切ることだ。誰しも、生きる為に生きている。そう互いを暗黙のうちに決めつけている。そうすることで円滑に日々の営みが行われている。しかしその輪の中に、生きる為に生きていない者が紛れ込み、噛み合わない歯車の非合理が動き出せば循環は歪み、それらは狂っていくのさ。それは君が持つような思想であっても、信条であっても構わない。或いは、生きてすらいないモノが混ざり込んでも。とにかく、君の行動はその一石になり得たはずさ。
アイポーツ:そうか。
エリック:そうした意味では、君は素晴らしく期待通り、いや、期待を外してくれたのだろうね。良い仕事だったよ。伊達にあの天才を見てきてはいないらしい。
アイポーツ:ああ。だが、これはあの男には出来ないことで、私にしか出来ないことだということは忘れないでもらいたいな。
エリック:ああ、分かっているよ。この計画に君は不可欠だよ。
アイポーツ:そうだろう。
エリック:やれやれ。君も僕なんかに褒められて嬉しいかい?
アイポーツ:嬉しいとも。君は特別な存在だからな。
エリック:特別か。僕は君のその期待を裏切りたいよ。
アイポーツ:いいや、僕は君のやることに、作り出そうとする世界に非常に興味があるから、そうなることは無いだろう。残念だったな。
エリック:そうかい。それは残念だ。……ところで、君の次の仕事だが。
アイポーツ:何かな。
エリック:もう用済みだ。
アイポーツ:は?
エリック:君のやるべきことは既に終わったよ。
アイポーツ:そんな! 私にもまだやれることがあるはずだ。そうだ、きっとこの男よりも、私は上手くやれる! それに私はまだ、ちょっとしか出てないんだ! だから!
クランク:往生際の悪い男だ。
アイポーツ:黙れ! お前は口を出すな! 私はエリック・ロイドと話している。
エリック:アイポーツ君。自分への期待は見苦しいよ。君は退場するといい。
アイポーツ:嫌だ!
エリック:そうかい。じゃあ、仕方が無いね。
エリック、銃を持ち出す。
アイポーツ:は、ははは。君に撃たれて死ぬのなら、本望だ! さぁやれ!
エリック:これだから、研究者というのは手に負えない。残念ながら、撃つのは君じゃ無い。
アイポーツ:へ?
エリック:君が降りないというのなら、僕がこの舞台から降りよう。
クランク:何を……?
エリック、自分に銃を向ける。
アイポーツ:待ってくれ! そんな! 君がいなくなったら私は何の為に生きれば良いんだ!
エリック:知らないよ。田舎で機械人形の楽園でも作れば良いんじゃ無いかな。ああ、クランク。あとのことは君に任せた。世界を変えるのは君の仕事だ。
アイポーツ:よせぇぇーっ!
銃声。
倒れるエリック。
アイポーツ:そんな、あんまりだ! この世は無慈悲だ。ああ、私はどうすれば……。
アイポーツ、去る。
クランク:最後の仕事、か。リリィ、俺は……。
クランク、エリックの銃を手にとって去る。
しばらくして起き上がるエリック。
エリック:なんてね。これで僕は二度死んで、表と裏から消えたことになるのかな。そもそも生きてすらいなければ、死にようもない、か。全くディクラインには困ったものだ。いくら何でも、頑丈に作りすぎだよ。でも折角舞台から降りられたんだから、ことの成り行きを見届けようかな。
暗転。
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