第一場。

  舞台が暗くなっていく。

  真っ暗になると再び薄明が灯り、ディクラインの研究室。

  中央の寝台の上に顔を布で覆ったアウローラが横たわっている。

  その傍らに、仮面の男ディクライン。

  金属製の道具で、少女を弄っている。

  ノックの音。


ディクライン:鍵ならあいている。入り給え。


  ドアを開けてエリックが入ってくる。


エリック:ほう、それが例の?

ディクライン:娘だよ。

エリック:娘、か。名前は?

ディクライン:アウローラ。

エリック:良い名前だね。

ディクライン:名前など、どうでもいい。そこにあるということさえ分かるのならばね。

エリック:僕はそう思わないね。ディクライン。名前は絆だよ。君だって本心ではそう思ってるんじゃ無いのかい? でなければアウローラなんて。

ディクライン:言いたいことがあるのならば、はっきり言い給え。ああそうさ。これは、ただの気味の悪い癖だよ。よもやそういう思想にかぶれた訳でも無いがね、確かにこうすることでこの子の存在が世界に定着されたのでは無いか。と、そう思うときがあるよ。君がどういう意図で「絆」と言ったのかははかりかねるが、我々を縛る鎖であることは確かだろうね。これは偽らざる私の本心だ。エリック。

エリック:それで、アウローラの完成度はどれくらいなんだい?

ディクライン:見ての通りさ。

エリック:僕にはただの人形にしか見えないよ。

ディクライン:君にはそう見えるか。

エリック:ああ。少なくとも君の娘には見えないよ。

ディクライン:そうか。ならば君は、何を以て人間を人間と定義するかね? 人と獣、生者と死者、人間と人形。それらをどう区分する。

エリック:難しく考える必要は無いさ。僕は僕の目で見て人間と思ったものを人間と定義するよ。僕は君のような人間じゃあ無いからね。

ディクライン:ならば仮に、君がもし人間で無かったとするならばどうかね? 例えば歩く死者であったとすれば? 或いはこの子と同じように、精巧に出来た人形であり、自身を人間と定義していたとするならば。君の機械仕掛けの瞳はどのようにして、人間を人間と定義するのかね。

エリック:簡単なことだよディクライン。もし僕が機械だとするならば、むしろ、今よりも簡単に人間を見極めることが出来るだろう。

ディクライン:どのように。

エリック:僕以外の全てが人間では無い、と。

ディクライン:……非常に君らしい答えだが、さては何も考えていないな?

エリック:ああもちろんさ。君は考え過ぎなんだよ。君の行いをお目付役としてでは無く、親友の目線から評するならば、医者にかかることをおすすめするね。

ディクライン:私は医者のようなものだよ。

エリック:ようなものであって、そのものでは無いだろう? 君が作る人形と同じさ。人間のようであって、人間では無い。ところで、それはいつ完成するんだい? 僕もやはり立場上、上から色々と言われていてね。僕に親友の尻を叩く趣味は無いが、急かされていたね。

ディクライン:ならば君を遣わず自分で叩きに来いという話だ。ああ、心配せずとも完成はもうしている。

エリック:本当かい?

ディクライン:ああ。

エリック:では、何故動き出さない?

ディクライン:今はその時では無いからだよ。

エリック:それはいつかな?

ディクライン:今日かも知れぬ、明日かも知れぬ。或いはまだ遠い先のことか。

エリック:ほう、分かったよ。その時が来るまで気長に待っているさ。しかし上にはなんて報告すれば良い?

ディクライン:好きにし給え。

エリック:では、いつものように、予算が足りないとだけ伝えておくとする。

ディクライン:それは、出来るだけゆっくりと眠ってもらった方が良いのだろうな。

エリック:はは。そういうことだ。……ああ、その辺りの機械人形、持って行って良いだろうか?

ディクライン:構わんが、出来損ないの試作品に過ぎんよ。

エリック:君の目にそう見えたとして、お偉方には英知の結晶に見えるんだよ。

ディクライン:君の言う上の人間というのは随分と目が曇っているらしい。

エリック:ああ。なんせ君の芸術を兵器にしようという無粋な連中だからね。おっと、これは聞かなかったことにしてくれ。ああ、ところで君はどちらを支持するんだい?

ディクライン:どちら、とは?

エリック:機甲師団派のグリーフェルト卿か、機械人間構想のアイポーツ君か。

ディクライン:ふむ。

エリック:どっちだい?

ディクライン:下らん。どちらもな。

エリック:そう言うと思ったよ。

ディクライン:君はどちらかね?

エリック:僕? 僕はそうだね、立場上グリーフェルト卿を推すことになるか。君だってそうだろう。しかし、僕としても、それは些かつまらない答えだ。

ディクライン:よもや私の前でそう言える人間は君だけだね。

エリック:それは当然さ。君の周りはこの部屋と同じで機械ばかりだからね。気付いてなかったかい? 僕も機械だ。

ディクライン:ほう、それは気が付かなかった。

エリック:ただし少々狂っているがね。君と同じで。


  二人笑い合う。

  エリック、時計を見る。


エリック:……では、僕はそろそろ失礼するよ。

ディクライン:急ぎの用事でも?

エリック:息子が待っているんだよ。

ディクライン:そうか。

エリック:君もたまには顔を見せてはどうかな?

ディクライン:私はもう、そういうものに興味が無い。

エリック:そうか。


  扉が開き、軍服の男グリーフェルトが入ってくる。


グリーフェルト:おや、これはこれはエリック・ロイド君、だったかな?

エリック:グリーフェルト卿。

グリーフェルト:こんなところでどうした? ナルフェールの方は良いのかな?

ディクライン:例の新造船かね?

エリック:ええ。この国と他国を結ぶ夢の一角型貨客船、ナルフェール号。最終調整はもう済み、あとは来たるべき出航を待つのみとなっております。それもひとえに、閣下のご支援あってのものであります。

グリーフェルト:世辞はいい。私の、いやこの国の必要とする物を貴君らに要求したまでだ。さて、君は席を外し給え。私はディクライン殿に用がある。

エリック:そのようで。では失礼します。


  エリック、壁際にある人形の一体を担ぐ。


グリーフェルト:待て、貴君は何をしている?

エリック:何、と言いますと?

グリーフェルト:何故、機甲人形に手を触れているのだと聞いている。

エリック:ああ、これは、

ディクライン:グリーフェルト卿、あれは私が彼にあげたのだ。

グリーフェルト:何?

ディクライン:ああ、そうだ。あんながらくたで申し訳ないが、良ければ貴公にも一機贈ろうと思うがね。

グリーフェルト:あれが、がらくた? ディクライン卿、冗談は止していただきたい。貴殿程で無いにせよ、私とて、機甲人形は見慣れている。あれが並々ならぬものであることは理解しているつもりだ。

ディクライン:いいや、グリーフェルト卿。貴公は何も理解していない。あれはただのがらくただよ。少なくとも、私の望むものでなければ、貴公の望むものでもない。

グリーフェルト:技術屋の分際で、少々口が過ぎるのでは無いかな?

ディクライン:いや、あれはがらくただよ。貴公が所望するのは兵士には程遠い。貴公の期待に応えられる品では無い。

グリーフェルト:しかし、我が隊の所有している機械人形に比べれば、遙かに……。

ディクライン:だとすれば、貴公の持っている物が虚仮威しのがらくた以下ということでしょう。

グリーフェルト:言わせておけば……貴様! 不敬であるぞ!

ディクライン:不敬? そんなもの、この場所で何の意味がある?

グリーフェルト:何?

ディクライン:私は陛下よりこの場所での自由を許されているのだよ。そういう契約なのだ。良いかね私が捧げるのは、忠誠では無く技術だ。であれば、君に幾ら不敬を働こうが構わないということでは無いのかな?

グリーフェルト:そんな理屈があるものか!

ディクライン:ならば、一体君にどういう理屈があるのかね? 技術屋の私が技術力で戦うように、君も軍人ならば、権力では無く軍事力で戦うべきでは無いかね? それとも君は政に関わろうとするのかな。しかしどちらにせよ、その為に私の力が役に立つと、賢明な貴君には分かると、私は思っているよ。

グリーフェルト:……成り上がりが。良いだろう。それだけ大口を叩いたのだ、並の働きでは許されまい。


  グリーフェルト、去ろうとする。


ディクライン:待ち給え。

グリーフェルト:何だ。

ディクライン:用事というのは何だったのかね。

グリーフェルト:……何、大したことでは無いよ。貴殿の成果を掠めようという動きがある。それだけのことだ。しかし身の振り方には精々気をつけることだ。でなければきっと、足下を掬われる。


  グリーフェルト、去って行く。


エリック:良いのかい、彼を怒らせて。あれはきっと、何か仕掛けてくるよ。

ディクライン:構わないさ。それも織り込み済みだ。君もそうだろう?

エリック:そうだね。

ディクライン:それより君は行かなくて良いのかね? 別れを告げるのだろう?

エリック:ああ、そうだね。そろそろ失礼するよ。

ディクライン:エリック。

エリック:なんだい?

ディクライン:本当にやるのかね。

エリック:もちろん。僕の、いや、僕らの悲願だからね。じゃあ、アウローラによろしくね。


  エリック、去る。

  ディクライン、アウローラの頬に触れる。

  照明が落ちる。

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