第3話 入学式前の騒動

 目を上げれば、取り巻きを引き連れ、長い金髪を螺旋状にロールさせ、手には扇子を持った、……いわゆる、といった感じのお嬢様がいた。

 思わず耳栓をしたくなる声だったが、わたしの経験がすんでのところでそれを止めた。こういうのは耳栓とかすると逆ギレするタイプだ。わたしは知っているぞ。魔法少女は学習しないと生きていけなかったからな(ドヤァ)。



「お嬢様!大丈夫ですか?!」


 ハンナが慌てて起こそうと手を差し出す。お怪我は、とか、痛いところは、とか言うのを無視して、わたしは起き上がりながらハンナに小声で聞いた。


「あの人は誰?」

「……あの方はアルチュセール公爵家の長女、シャルロット=バリエ・アルチュセール様です。」


 アルチュセール公爵家。聞いたことがある。たしか何度も娘を王族に嫁がせたことがあるほどの名門で、中には王妃になった者も珍しくないとか……(まあグランロード家もそんなところだが(自慢))。おまけにグランロード家とは派閥が正反対で仲がよくないらしい。

 ということは、あまり事を大きくするのもよくないな。つまり、わたしがとるべき行動の最適解は……、



「これはこれは、かの名門家のご息女、シャルロット様であらせられましたか。私の眼が節穴であるばかりに、貴方様にご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。私めはいかなる処罰も甘受する心づもりでございます。」


 『平謝り』だ!!!!!


 わたしの経験上、こういう人は謝っておけば満足して去っていくのだ。ポイントは、『自分が明らかに相手より下の立場あることを示す』ってことだ。わたしは知っているぞ。なぜなら魔法少女は学習するからな!!(再び)


「お、お嬢様がそんなに謝られる必要は」

「いいの。ハンナは下がっていて。」


 実際ぶつかってきたのはわたしの方だし、ここで変に事を大きくすると、不利なのは明らかにわたしだ。しかも、この件で目をつけられでもしたらたまったものではない。


 わたしには、死ぬときは自分のタイミングがいいというポリシーがある。きちんと覚悟を決めて、きちんと周りに迷惑をかけずに、ひっそりと苦しまずに死ぬ。それがわたしの理想とする死に方である。だから、仮にも処刑されるようなことがあってはならない。

 つまり理想の死のためには、処刑されるようなシチュエーションを作る、すなわち他の貴族の不満を買うようなことをしてはいけないのだ。



「……ふん、いいわ。次からは気を付けることね。」


 わたしの謝罪に満足したのか、カッカッカッと靴音を鳴らして、縦ロールのご令嬢は去っていった。……なんだか絵に描いた悪役令嬢みたいな人だったなあ。第一印象で人を判断してはいけないのだが、どうもわたしとは合わなさそうだった、と思う。



 取り巻きたちも後を追っていった。しかし、ふと、その中で一番後ろにいたおさげの子だけが、申し訳なさそうに頭を下げているのが見えた。


「あの子は……?」

「あの方はモニカ=エラ・フォルステル様。フォルステル伯爵家は本来派閥としては中立のはずですが……、あの様子だと、恐らく無理矢理取り巻きにされたのでしょう。」

「ふぅん。入学早々、あの子も災難ね。」


 伯爵という立場上、あの子も断れなかったのか。そういえば、前世でも似たような光景を目にしたことがある。中心となる子たちの圧に耐えられず、表面上だけでも仲間になる子。……結局、人間なんてどこに行っても変わらない生き物らしい。



「……そろそろわたしたちも行きましょう。入学式に遅れる訳にはいかないわ。」

「は、はい!」


 正直、あの子のことは可哀想だと思う。だけど、あの子に実害がないなら、あまり関わりたくない、とも思う。面倒事に巻き込まれたくはないから。それに、わたしがあの子を助けても、その後あの子がわたしを裏切らないとも…………、


 やめよう。これ以上考えるのはいけない。ともかく、わたしとあの子には何も接点はない。それだけだ。今世は穏やかに生きて、穏やかに死んでいくんだから。



 首を横に振って、進みすぎた思考を追い出すと、そのまま入学式が行われる講堂へと歩みを進めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る