第1話 悪夢から覚め

「起きてください、お嬢様!!」




 はっ、と、悪い夢から目を覚ます。余韻のせいか、未だ心臓は早鐘を打ち、首筋には冷や汗がつたっている。


 ――あれは、前世の夢だ。



「大丈夫ですか?オリヴィアお嬢様。つい先ほどまで、大分うなされていましたよ。」


 目の前には、心配そうに眉を下げる、見慣れた顔があった。座っているソファからは、馬車のゆれが伝わってくる。ああ、ここは現実なのだと、ほっと胸を撫でおろした。


「……ええ、平気よ。おかげさまでね。」


 いつものように笑ってみせると、目の前のメイド――ハンナは、ほっとしたように向かいの席に座った。



 うなされていた、か。

 よく見る夢だから、てっきり慣れたものかと思っていたけど。

 でも、そんなもんか。死ぬ直前の記憶なんて。それに、前世の特大トラウマもついているとなれば、慣れる方がおかしいかもしれない。



 ――あのあと、わたしは襲いかかる罪悪感に耐えられず、自ら死ぬことを選んだ。魔法のステッキを、自分に向けて。……きっとわたしも、街の人たちと同じように、頭が潰れた状態で死んだのだろうな。途方もなく広がる、血だまりの中で。


 あの日の絶望に塗れた記憶は、転生した今でも離れてはくれない。あのまま生きるなんて恐ろしかったから、耐えられなかったから、全部終わりにしようと思ったのに…………。



 はあ、とため息をつくと、ふいにハンナが話しかけてきた。


「もしかして、体調がすぐれないのですか?なら、馬車を一度お止めしましょうか?」

「だから大丈夫だって。」


 ハンナは心配性だなあ、と笑って誤魔化す。それでも……、と御者に馬車を止めさせようとするものだから、いいのいいのと食い気味にやめさせた。

 今日は、これから通うことになる学園の入学式の日だ。時間に余裕をもって出発してはいるが、万が一にも遅れるようなことがあってはならない。



「しかし、オリヴィアお嬢様は王国屈指の大貴族である、グランロード公爵家のご令嬢なのですよ。多少の遅刻は許されるはずです。まして体調不良なのですから……、」

「そういうのは好きじゃないって前に言ったでしょ。第一、どこも悪くないし。」


 そうですか……、とハンナはしぶしぶ引き下がる。わたしのことを気遣ってくれるのは嬉しいが、くだらないことで権力を振りかざすことになるのは避けたい。だって、そういうことをする人はいつか報いを受けるのがオチじゃないか。

 本当は、前世であのまま死んでいたかったのに、貴族とかいう面倒事しか起きない立場に転生してしまったのだ。ならば、もう一度死ぬ覚悟ができるまでは、波風たてずに生きていたい。



 まあ、そうやってなあなあに生きてきたものだから、家族にも家の使用人にも、『貴族らしくない』と呆れられたが。

 でももう関係ない。学園は全寮制だから、もうあの人たちと顔を合わせることもない。それに何より、18歳で卒業するまでの6年間で、絶対に自殺するって決めているから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る