四.リリアザード学園
天才とは、実に両極端な人間を型取る言葉だと思う。
一つは、生まれつき与えられた、類稀なる才能の持ち主。
そしてもう一つは、見えぬ努力を積み重ねた果ての結果。
どちらも
それ故か、ローシェの様な前者の意味での天才は、アドリアーンにとって実に腹立たしい存在だった。
アドリアーン・リャコスキーは、ローシェと同時に転校してきた、リリアザード学園の生徒だ。ローシェとは昔から知り合いで、かつ彼らはお互いに対照的な人間なのだ。
「ミナと接触したか。」
晴天の三号館の上、アドリアーン・リャコスキーは、ローシェが目指した南門の壁を眺め、銀がかった白髪を風に靡かせ、手で制服のネクタイを締め直し、恍惚と微笑みを浮かべた。
静かに風音に混じったその声は、青年に知的でどこか遠くを望んだ声に紛れて
「孤児院でお前たちが目指す楽園は、僕が必ず作ってみせる。」
†
五月中旬、若葉が風に靡く爽やかな晴天。
リリアザード霊術専門学校、学生寮の学生寮、九条マナと賀乃サキナの部屋。
「……条、おい、九条!さっさと起きろねぼすけ!」
暑い日差しが寝床にまで差し込む中、ルームメイトの賀乃サキナの声が耳元で(それも鼓膜が壊れそうになる程)怒鳴ってきた。
「ひぃぃぃ!あと、ご、五だけ……」
「んな待てるか!ごらあ‼︎」
「ちょ頼む、めっちゃ頼むからぁ!」
九条は咄嗟に二段ベッドの上で速攻で土下座の姿勢を取る。頭の位置的におかしいのだけれども。
寝ぼけたままの九条を見た賀乃は、思いっきりベッドの上まで飛び上がる。バッと九条から布団を剥がすと、カメラを取り出してくまさんの模様がついたパジャマ姿の九条をパシャリと撮り始めた。
「あの、えっと何を⁈」
「普段真面目そうな皮を被ってるお前のこの姿をクラス中に晒しちまったらどうなるかなーと。」
「ね、盗撮‼︎盗撮だよねそれ!消して、今すぐ消して‼︎」
「つーか起きねえと、すぐ椎奈にお前の可愛いパジャマ姿送られちまうぞ、いいのか?あ?」
「起きます!起きますって!」
思いっきり布団を奥へ投げやり、睡魔で昼の倍くらいに感じる重力に抗いながらその身体を起こした。
キッチンの近くにはいつも通り目玉焼きとご飯。朝ごはんの存在に「ふぅ」と安心してゆっくり降りた九条は、不意をついて途端に賀乃に飛びかかった。
「消せー‼︎さもなくばァァ‼︎」
「はいはい、消したよ、消したって。」
賀乃は手を引いてどうどうと暴れる獣を落ち着かせる様な仕草をすると、顔を赤らめてモジモジとしていた九条の耳をグイグイと引っ張りながら丸テーブルについた。
「いたい、いたたた‼︎」
「ったく、お前はほんと仕方ねぇやつだなぁ。昨日、今日連続で。あたしだって疲れてるんだからよ。」
「ごめんーってサキナ。」
「反省してねーだろ。」
「してる、超してる。」
うんうんと何度も頷いて、九条は睡魔と戦いながらも賀乃に相槌を打った。賀乃は、九条にとって親の様な存在だ。料理も出来るし、相談も乗ってくれるし、朝も起こしてくれる。ただ一つ欠点を挙げるとすれば――
「あ?何こっち見てんだごら、張り倒すぞ。」
「ご、ごめんなさい。」
とにかく怖い、という点くらいだ。
†
全てが晴れやかな朝の日差しの中、大きなバッグを持ち運んだ女子高生達が朝練やら友達との合流とやらで人が疎にいる。その中で、黒髪の女子高生が一人、うとうととしながら登校していた。
彼女の名は九条マナ。一学年のC級霊術師見習いだ。
ビシッと決まった黒髪ロングはいつになく寝癖でボサついている。
「ヤッホーー、マナちゅぁぁぁん!」
あくびをしながら登校をしていると、寮の前には陽気な声の女子高生が手を振りながら、一散に飛び込んできた。
――ん……?誰だっ……て⁉︎
綺麗な金髪に今日もキッパリ決めているボブヘアー。男女問わず人気が出そうな彼女は、今日も朝からスタミナ量がおかしい。
「うわあああ……!」
朝からどこにそんな元気があるのか、ダイブしてきた椎名に押され、九条は少しよろめく。
話していて楽しい数少ない親友の一人ではあるが、正直朝から破天荒な彼女の相手をするのは少し疲れる。締切を忘れて、ぶっ続けで課題と睨めっこして迎えた今日。昨日の疲れが取れているはずもない。「はあ……」と間抜けなため息を吐くと、突然背後からバッと学校指定の紺色のバッグごとグイグイと掴まれる。
彼女の名前は椎奈アカリ。九条と同じく一学年のC級霊術師見習い。
まだ実戦での経験はない。
霊術師での級というのは、大きく分けて六段階ある。
D級、C級、そして政府公認の霊術師の資格を取ると、B級、A級、最後にS級霊術師となる。
そんなS級霊術師は、国でもたった十人しかいないという。
「あ、アカリか。昨日どしたの?急に休んで。」
「えへへ、ちょっと疲れてたから。どうした〜?恋しかったのかな?」
「それはない、ってかズル休みかッ!」
「まぁーいいじゃん!一度くらいさぁ?」
椎奈は九条の横腹を突きながら口角を上げてニマニマと笑っている。
まあ、普段からこういう人だ。彼女は。
「だから元気なんだね。私なんてバカ隊長のせいで隊の書類と課題に追われててさ。今日なんかイップンも寝てない。」
「ローシェル・ド・ザクセンのこと?」
「そうそう、いつも通り、そいつだよ。」
ローシェル・ド・ザクセン。通称ローシェ。
ラフに羽織った黒い学生服に、後ろで結んだ黒い長髪。この学生服は都市の中心部にあるリリアザード学園のもので、女性と間違えられることも多いであろうその「美人風」の容貌は小柄。多少人より肩幅が狭いものの、余裕さを顔の全面に出した猛者の風格は一流そのものだ。
彼はこの学園都市に海外から派遣留学として来た一年生。
実戦成績優秀、学術並、性格難あり。
男女共に好かれそうなイラつく程のイケメンだが、「性格難あり」ここが重要だ。
――最初は私だって、ちょっと気になったことはあった。ええ有りましたとも。ほんっとに「最初だけ」だけれど。
「えー、でもめっちゃ強いんでしょ?」
「認めたくないけどね。」
霊術師としての才能は、間違いなくぶっちぎりで学年トップ。
隣のセントアッカード学園の水無月詩音と並ぶ才能の原石である。
「マナちゃん副隊長なんでしょ、いいじゃん!大船に乗った気分でさぁ!ね!」
「お、大船……って。そんな大船乗りたく無かったなぁ……」
椎名は興味ありげと言わんばかりに目を輝かせていた。
というか、あるのか?いやいやいや、あれだけは絶対に、絶対に駄目だ!
九条は眉をぴくりぴくりと動かしながら愛想笑いを浮かべる。
――まったく、ローシェなんかに釣られないでいて欲しいものだ。いっそ、関わってみれば椎名だって分かるだろうけれど。
エピソードならいくつか知っている。
一目惚れされて告白されれば必ず付き合うものの、絶対に一週間も持たないだの、教師陣に対して休暇を求めて職員室で騒ぎ立てて、近所からクレームが来ただの、毎回作戦で店の品物を何かしら壊して帰ってくるだの、学園最強の霊術師であるあの間道碇様にさえも喧嘩を売ってみたりなどなど。
「そう言えば顔色悪いけどどうしたの?」
「ローシェ、もう戻って来るか分からないんだ。」
「どういうこと?」
水無月のこと、ローシェのこと、椎名に話していいのか分からない。
正確には、九条自身もまだ
先輩の命令を無視して、クラスの皆んなを、隊の皆んなをひたすらに引っ掻き回して、初めて見たローシェの表情に、水無月は嫌な予感がしたのだ。
「課題も大変だったし……」
「ああ、来週提出のやつ?」
椎奈がそう口にした瞬間、九条は「ふぇ⁈」と間延びした声を上げると、ガサゴソと要項用紙を取り出し、カバンごと立ったまま固まった。いやいや、待て待て‼︎と急いで日付を確認する。途端、徹夜の疲れと要項用紙に書かれた衝撃的な事実に干からびたように立ち尽くした。命を捧げる覚悟で終わらせた宿題を入れたファイルがガサッという音と共にコンクリートに落ちる。
――はぁ〜?来週末まで……ッ⁉︎
「あーっと……ツイてないね、九条ちゃん。ご愁傷様。」
「無駄骨折」とはこのことか、と九条はカタッカタッと首を痙攣させながらグスンと涙を堪える。
「ほら、九条ちゃん、遅刻するよ!」
まるで散歩をしている「飼い主とペットの犬」のように、椎名は「文字通り」気絶した九条を引っ張りながらそのままクラスへと向かっていった。
心配しているのか、避けているのか分からない周りの「イタい」視線に晒されながら。
†
今日は四限まで普通の授業で、五限と六限が実践授業と言われる授業だった。
ローシェのめちゃくちゃで憂鬱だった授業は、
《アルナダ帝国防霊区、第76区が昨夜未明、
三号館三階、学生用食堂。
その日の放課後、九条と椎奈は学食に立ち寄った。天井から吊るされたスクリーンに流れているニュースをぼーっと眺める。
映る映像はいつも、「
その悲惨さは言うまでもなく、今このアルナダ共和国(旧日本国)が平和なことに疑念を抱かざるを得ない程だ。
「アルナダ帝国防霊区、陥落だってさ。ひえぇ、物騒だね。」
菓子パンを片手に、椎奈は流れてきたテロップに反応した。この時間学食にいるのは同級生だけ。だから狙ったメニューが売り切れる前に買える確率が高くなるのだ。
「えっ、でも確か第三次世界大戦の時からすでに
「なんとも、レベル8が出現したとかなんとか。」
「えええ、大災害級じゃん。」
レベル。それはヨミツカイの個体差による危険度を測ったもので、地震でいうマグニチュードのようなものだ。レベルは1から10まであって、この学校の生徒が戦うのは最大でもレベル3まで。それ以上は霊術師の公認資格が無いと戦えない。
霊術師は「夢」を見ない 水波練 @nerumizunami
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