一.推定S級霊術師

 西暦2050年、人類は第三次世界大戦を激化させ、その被害は止まる事を知らなかった。

 そんな中、突如出現した敵対生物、「死神ヨミツカイ」が同時多発的に出現する――。

 左目に「残火」と呼ばれる青い炎を宿した彼らは一見人間の姿をしており、その身体には「霊力」と呼ばれる謎の力が内在していた。

 初めは脅威として認められていなかったその謎の生命体は瞬く間に等比的に数を増やし続け、人類を無差別に狩っていき、その被害はおよそ五年で億にも及んだ。

 世界的にその脅威が知られる様になったのはそれから7年がたった頃。

 戦争で弱った人類は瞬く間に蹂躙され、インフラ、施設、居住区、その全てをを次々と踏み躙られていった。そして、2162年までには、人口のおよそ三分の二が死ぬという惨劇を極めた第三次世界大戦に突如終止符が打つこととなった。

 そして同年、国際同盟が結成され、ここで本格的に「死神ヨミツカイ」に関する対策会議が行われ、全世界的に研究が急ピッチで進められた。

 

 研究が進むと、やがてそれは実在する亡霊と言われ、初めて発見された場所であった旧日本国の神話から、「死神ヨミツカイ」と呼ばれる様になった。

 人類は国を捨て、巨大な壁を作った。

 外と内を分ける境界線を。


    †

 

 そしてさらに数年の月日が経ち――、

 ここは、ローリャリオン共和国(旧日本国)防霊要塞兼、学園都市第十二区、通称リリアサード。海岸に面する重要都市で、外部国との貿易都市。

 中央の巨大タワーから一望できるその都市は厚さ五メートル、高さ数十メートルにも及ぶ巨大な壁に囲まれていて、外の世界と内の世界とを物理的に遮断している。

 もう人類にとって安全な場所など、戦前の5%にも満たない。


 そこで人類は、対霊体武器、通称「霊術装置」をここに生み出した。

 その力の元は生命体の寿命に直結する根源イデア、「生命力」に相反する力、「霊力」を生み出すことによって「死神ヨミツカイ」に対抗する力を得た。


 が、

 この武器には重大な問題が存在した。それは、武器に対する適性値には個人差があり、身体が大きな拒絶反応を起こし、能力が発動しない人間、通称劣勢適性者インコンピーターと、能力が使いこなせる優勢適性者インスピレーターが存在したということだ。

 だから彼らは従来の武器が通用しない「死神ヨミツカイ」に唯一渡り合える素質を持った人間、通称優勢適性者インスピレーターの戦士、『霊術師』を育成することにしたのである。

 ここは、この世界に突如現れた亡霊、「死神ヨミツカイ」から人々を守るための戦士、“霊術師”を育てる為の学校が林立している区画、希望に満ちた人類最後の砦の一つ。リリアザード学園都市だ。


    †


 青年は、学園都市で最も高い高層ビルの屋上の縁に座り込んだ。

 見れば、目つきはほのかに垂れながらも鋭く、美少女かと思われる程整った顔立ち。

 だが、彼は男だ。

 そして下一面に広がるのは、大都市の巨大ビル群や高速道路、空に浮かぶ飛行艇の数々。

 リリアザード学園都市と言われるこのエリアは、一見するとただの大都市で、まさに平和そのもの。人口も多く、時たま眩しいくらい便利で発展している都市。そんなイメージしか持たないかもしれない。

 けれど、この都市には、一つ無視できない超巨大な特徴がある。

 それが、学園都市をぐるっと一周囲った防衛壁だ。

 だが、大半の人間、つまり劣勢適性者インコンピーターは、壁の外へと出た事がない。正確には、戦いに参加できない彼らにはその資格がないのだ。


「何があったのか知らないけど、M46で物騒な匂いがするな。」


 涼しい夏の日、快晴の日差しを浴び、棒アイスを舐めながら、青年は左手方向の壁を凝視した。

 まるで何かを知らせるかの様に向かい風が突発的に強まり、青年の長髪を靡かせる。


「まっ今の俺は自由だし、勝手に行かせもらおうかな。」


 風が更に強まるのを感じて、青年は腰に付けた起動装置に手を翳す。

 彼にとっても、少し体を動かしておきたい気分だったのだ。

 

《霊力飛行術式接続開始。システムオールグリーン。浮遊を開始します。》


 淀みのない単調な機械音と共に、飛行装置起動を起動した。青年は息を整えると、超高層ビルの屋上からゆっくりと体を前方へと倒し始め、空へと体を委ねる。

 重力の突然の負荷を感じ、旧落下していきながら、装置のギアを微調整した。急に飛び降りた青年に、ビル内のオフィサーが顔色を変えて目で追ってくるのを感じながら、学園都市の色々な風景を楽しむ。

 凄まじいスピードで近づいてきた地面に、空気を面にして思いっきり地面を蹴り上げ、

 針のような空気抵抗をその身に受けながら、

 地面スレスレを加速する。


「今度はどんな死神ヨミツカイが出迎えてくれるんだろうなぁ……!」


 青年は口角を上げて、戦場へとその軽やかな足取りを進めていった。


    †


 ――リリアザード学園都市、入り口

《臨時連絡、緊急回路を接続開始。》


『聞こえるか!水無月詩音。』

「どうなさいましたか。」


 焦燥感に震えた様な声が鳴り響く――

 そして続けざまに、

 

『こりゃ、かなりまずい事になった。が意図的にやったのかは分からないが、M45の防衛ラインが突破されちまった。それで突如発見された推定レート120の死神ヨミツカイが、こちらに向かって来ている。原因は分からん、今俺達が全力で探している。』

「しかし、そこは……」

『上の連中の管轄下だって話だったろ、確か、「葬儀屋」だっけか。でもとにかく、このままじゃ学園都市直行だ。水無月、頼めるか?』

 

 水無月詩音は通信機に手を当てながら次の戦場に続く裏道を走っていた。

 頭によぎる、広大な芝生が一面に生え揃ったグラウンド、変わらず活発に部活動を楽しむ同級生の姿が目に浮かぶ。

 外との間を区切る”壁“に近づく度、背中に冷や汗が走り、体全体に悪寒が一直線に伝わってゆくのを感じた。まだ、終わりじゃない。分かってる。

 

『大丈夫か?水無月、本当に突然ですまない。ハルカの葬儀もまだ準備されていないというのに……』

 水無月は悔しさ、悲しさに唇を強く結びながらも、涙を堪えた。

 

「大丈夫です。ヴィッグさん。それより、例の『レベル5』というのは……」

『ああ、今なおリリアザード学園都市に向かっている。現在距離2000。更にマズいことに、刀使いのお前とは相性が悪いかもしれないんだ。救援を呼んでおいたが、あまり期待しない方がいい……』

「問題ありません、とりあえずあと、あと何分持たせればいいですか?」

『十二分だ……そうすりゃ上が指示を下す。』

「十二……承知しました。」


 ががっという音と共に、通信が途絶する。


 ――大丈夫、レベル5くらいならなんとか……


 不安要素を残した戦闘に水無月は少し顔を強張らせながらも、それを表情に出さんようにとしていた。

 目の前に見えるのは学園都市を囲む巨大なコンクリートの壁。ショートカットの為、水無月は一度壁の上を通過する事にした。巨大な壁に着くと――普通なら飛び越えられない高さなのだが――水無月は通信機をポケットにしまい、霊術装置を起動させる。

《飛行霊術02式操作確認……適正値、正常。起動します。》

 公認二級以上の霊術師なら必修の術式、飛行術式。しかし、身体の平衡感覚、意識の保ち方、操作性の難しさから、初心者には使えない最難関術式の一つだ。A級の水無月ですら長時間使い続けるのは難しい。


 コクリと息を呑み、神経を集中させて手を広げる。霊力の集合体が水無月の体を包み込む。その様子はまるで精霊のようで、辺りの“廃れた文明の跡地”に似合わぬ「ファンタジック」さを体現していた。


 装置から出力された霊力はやがて比翼を形成し、水無月の背中に付いた。

 そして、校舎の地面から足を外し――

 翼を広げ、体を風に任せて、空を舞う。


 食堂のある三号館、大きな体育館、模擬戦が行われる会場。一面に広がる芝のグラウンドが太陽光を伸びやかに反射し、光の粒はきららかに地面に覆い被さっている。

 水無月は後ろで結いた髪を風に揺られながら壁を越えた。


 

 リリアザード学園M46エリアを抜けてからおよそ五分。

 目の前にに広がっていたのは、もちろん、見慣れた「死んだ街」だ。どことなく哀愁の漂う文明の跡地は、人類が手放さざるを得なかった「世界の真実」であると同時に、新たな敵との戦場でもある。

 そんな文明の墓場に散乱するガラスや鏡状の破片に反射した太陽光を背中の”羽”に浴びながら、水無月は静かに通信機を起動させる。

 

《接続開始……認証結果、一致。水無月詩音。》

「水無月詩音より本部、ヴィッグ・ガーデン。障壁を無事に突破。指示を。」

『本作戦のターゲットは、”遠距離爆破型”の亡霊だ。一発でもまともに喰らったら……』

「……分かっています。」

 

 水無月は淡々と返事をして、物憂げに顔を俯けた。

 そして傾いた廃墟ビルの天井へと降り立つと、飛行術式を解除。霊術出力装置の切り替え音を確認し、腰を屈めて下を眺める、と――

 

 ――――っ⁈


 蒼目の「死神ヨミツカイ」は、ギョロリとその目を剥き出さんばかりに視線を向け、次の瞬間、その姿は水無月の目の前から消えた。

 いや、違う、消えたのではない、この気配は――


『気をつけろ、警報が鳴ってるぞ‼︎』

 

 ――後ろからっ――⁈


 トランシーバーが最後に叫んだ通り、感じた気配は既に彼女の後ろにあった。水無月は咄嗟に腕に刀を握り、鞘から刃身を出そうとするが……既に一足遅い。

 瞬間的に身に走ったのは、フワリと空を踏んだ感覚、それから鈍痛だった。悍ましい力の風圧をその身に受けながら、その身は一直線に地面へ直行する。

 

「飛行術式、部分発動!早く……‼︎」

《発動対象、適正値正常。飛行術式、部分起動。》


 地面へ叩きつけられる直前、苦悶に満ちた表情で水無月は咄嗟に叫ぶ。体に応える衝撃と負荷で口から血を吐きながら、空中で体勢を整えながら体を翻すと、霊力でパラシュートのように広がった発動術式が水無月を包み込んだ。


 土煙と共に、水無月は砂塗れの道路に着地した。そして迫り来る気配に警戒しながら、水無月は息を切らしながら立っていた。


 ――これは……幻影術式……?爆破型に加えて幻影までなんて……レベル5なんてレベルじゃない……

 体のあらゆる部位が出血している。体を守る為にまともに戦える時間は多くない。強張った全身、熱い傷跡を手で押さえながら刀を握りしめ、水無月は深呼吸をする。

 目の前に感じる気配。それはまさしく「ヤツ」そのものだった。


 息を呑み、足を斜めに後ろに引き、神経を刃元から伝わらせる。

 砂埃が舞い、遮られそうになる視界。今さっきの衝撃でますます崩れゆくビル破片が顔を掠めるのに堪えながら、目の前の敵と間合いをとる。


「弔う。」


 水無月はそう呟いてスピードを上げると、横に剣線を伝わせた。刹那、彼女が見たのは分裂、いや、幻影と、爆発だった。一体だった敵は水無月の目の前で増え続け、幻影は更なる恐怖心を掻き立てる。

 耳元で鳴り響く爆発。容易に近接攻撃で近づけば、爆発に巻き込まれてしまう。


「くっ……。」


 よろけた足を収め、落ち着かせると、刃文に指を伝わせ、歯を食いしばる。


「真一文字・多弾‼︎」

 

 水無月の固有術式、「真一文字・多弾」は対象に打ち込んだ波動弾を起点に多弾の追撃が霊力によって敵を襲う術式。一度攻撃を当てる事さえ成功すれば、時間差で多弾発動できる。

 水無月の術式は見事に辺り、爆発音が響く、が――

 

「偽物……?本物はどこに……?」


 当たったのは、死神ヨミツカイ本体ではなかった。偽物が爆ぜる音が砂嵐と共に視界を奪う。

 咄嗟に水無月は体を翻し、爆発を避ける。

 焦燥感と悪寒が汗となって容赦なく体温を奪ってゆく。

 ――私はっ……こんなところで……


「こんなところじゃ……」

 

《霊術出力値が規定値を超えました。直ちに安全装置を作動させてください。》

 ギーッという警告音が耳を穿つ様に鳴り響く。出力が規定値を超え、命の危険に繋がりかねなくなっている証拠だ。

《直ちに安全装置を……》


「うるさい‼︎」


 安全装置を取り外し、地面に投げ捨てる。

 出力が規定値を超えると、命に関わることくらい、分かっている。それでも――

 ――私は先輩と約束したんだ。生き残るって。

 

『何をしている、逃げろ水無月、死ぬぞ‼︎』

「……っ‼︎」

 

 通信障害の音で途絶していた連絡装置が再接続され、悲痛な、発狂の様な声がする。


「あと……何分粘ればいいですか……」

『七分だ、だがもうそんなことはいい‼︎お前は自分の心配をしろ、今すぐ逃げろ‼︎』

「ですが……‼︎」

『お前はよくやった。まずはそこから逃げろ‼︎』


 違う。

 違う違う違う。

 逃げるためにここに来たんじゃない。私は――今の私を超えるために‼︎

 持ってかれそうになる意識を叩き起こしながら、水無月は再び刀を構えた。

――――――――――――


 《支援部隊、ギリギリですが、あれ……、ダメ、駄目です‼︎先輩、先輩‼︎今すぐ逃げて‼︎》

 


「まだ、あとちょっとだけ……」

 

――――――――――――


 ふと、水無月の頭によぎったのは、数時間前に聞いたあの声。

 間に合わなかった戦場で、散っていった少女の切ない声。

 御城ハルカ。水無月にとってかけがえのない大事な人。


「弔ってやる、ここで‼︎」

『おいバカ、やめろ水無月!水無月……‼︎』

 

 何体もの「死神ヨミツカイ」の分身が襲いかかって来る。蒼い炎に包まれて。一か八か、大声で自分を律しながら水無月は姿勢を低くし、横一文字の準備をしていた。そして両者が衝突する直前、彼女が目にしたのは――

 ――一人の青年だった。


    †


「そこまでだ。」


 天を覆うほどの砂嵐が壁の様に立ち上り、やがて一筋の光が差し込む様に――

 透き通った声と共に、青年は現れた。

 

 まさに時間が止まっていると感じる程の美貌を兼ね備えたその姿に、水無月の目は釘付けになった。長い髪を靡かせ、十字架が一番上のボタンに刻まれた黒い学生服。リリアザード学園の制服。思い出せない。

 全てを捨て去った猛者の境地。けれどその姿はどこか懐かしく、故郷を思わせる何かがあった。

 青年の空に向かって挙げた手の遥か先に、突如として空に現れた無数の透明な箱型の領域。

 夥しい量の霊力がその青年に宿っていた。それはまさに文字通り、天候が変わる程。

 やがて手を下ろし、雨の様に降り注いだ透明な領域は、二十数体もの死神ヨミツカイが透明な箱の中に拘束した。


「構築術式、反射領域!」

 

 彼がそう叫ぶと、まるで物理法則が歪んだかの様に死神ヨミツカイの放ったレーザーが箱の中で何度も何度も反射し続け、やがて死神ヨミツカイ自身の体を貫いた。

 それはあまりに一瞬の出来事だった。

 

「あなたは……」

「今はただの学生さ。上の連中の犬には成り下りたくないからね。」

「あ……」


 ――そうだ、思い出した。

 水無月は目を輝かせ、その青年と顔を合わせる。

 測定不能の推定S級霊術師、その名前は、ローシェル・ド・ザクセン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る