水無月詩音は「夢」を見ない

水波練

一章 ローシェ編

零.戦場にて、散りぬ

 どこまでも続く荒れ果てた大地――。

 人類の棲家などなく、見えうる限り全ての建物はただひたすらに崩壊の限りを尽くし、『再生不可能』な世界。

 それでも人類は、取り戻そうとしていた。

 百年前に失われた全てを。


 ※ ※ ※ ※

 

《ターゲット、未だ進行中。ハルカ先輩……どうにか、あと五分、あと五分だけ耐えてください‼︎》


 夕暮れ――

 呻く部隊接続通信機トランシーバーが悲鳴混じりに鳴り響く。

 崩れゆく死んだ街の苔むしたビル群、剥き出しになったコンクリートの柱はおよそ百年前の「最後の世界大戦」の風物詩である。

 戦場に残されたのは、たった一人の「おとり」。

 致命傷を負い、その体を真紅で染めながらも武器を構え続ける少女兵、御城ハルカ。

 彼女は「亡霊ヨミツカイ」と戦える選ばれし戦士、「優勢適性者インスピレーター」。またの名を「霊術師」。

 

「ははは……先輩だって聞いてないよ。こんなの……」


 目からは薄青白い青い炎。「それヨミツカイ」は時を刻むごとに、近づいてくる。

 口の中で血が混じり、金属のような味がした。痛みで熱いと感じた口の中の血を吐き出すと、一気に襲った寒気によって意識が薄れて、視界がぼやける。

 ――ああ……死にたくない。


「せっかく、A級になって……これからだったのになぁ……」


 流れゆく涙は窪んだ目元に溜まって、ゆっくりと線を描くように流れていった。

 弱音を吐くなんて、らしくないな。と、御城ハルカは苦笑した。

 ガタッという音と共に出て来たのは、一ヶ月前に撮った後輩とのスリーショット。

 私と、椎名アカリちゃん、それから、水無月詩音ちゃん。

 私はそれでも――

《支援部隊、ギリギリですが、あれ……、ダメ、駄目です‼︎先輩、先輩‼︎今すぐ逃げて‼︎》

 音割れしたトランシーバーが、手から滑り落ちる。もう、握る体力だって、残っちゃいない。

 

「死ぬまでは……‼︎」

 

 部隊接続通信機トランシーバーの叫びを他所に、ハルカはせめて、「最期の」悪足掻きをしてやろうと思った。唇を噛み締め、武器を起動する。血で紅に染まったその体を起こしながら。

 

 しかし、勝ったのは「死」へのカウントダウンだった。

 警報が鳴り、機械には「接続失敗、ロスト」と表示された。

 急速に遠のいていく意識と駆け巡る走馬灯。歪む視界が最後に捉えたのは、「ソレ」ではなく、

 一人の、少女だった。

 ――S級の優勢適性者インスピレーター……水無月詩音。

 頬が緩み、安堵が心を支配していく。

 ――そっか、私……足止め成功したんだね。


「あり……が……」


    †

 

 御城ハルカはそのまま、息絶えた――


    †


 目の前の景色に、水無月は言葉を失った。


「ハルカ先輩……」

 

 流れる真紅の液体は川の様に流れつき、微かな温かみを持ったまま水無月詩音の足に辿り着く。

 彼女は笑っていた。優しく、切ない笑顔で。

 湧き出てくる感情は憎しみか、悲しみか、それとも怒りか。

 

「弔う。」

 

 とだけ呟き、水無月詩音は剣を構えた。

 足をギギギと後ろへ動かし、神経を刃元から伝わせる。

 踏み躙られた花が血飛沫のように舞い、返り血のように彼女の視界に入った。今、戦場にいるのはただ一人だけ。遥か遠くに生い茂る草花に刃先を向け、静かに嘆息する。どこまでも続く死んだ灰のような空に、果てはない。


「弔う……‼︎」


 自身を戒めるようなその言葉に、深い意味はない。

 彼女の目線の先、一つ丘を挟んで、「それ」は姿を現した。

 蒼黒な炎を目に纏い、重々しくも両足を引きずるように歩き、黒きシルエットの如くその顔を覆う邪悪な雰囲気を漂わせる。醜くも、それは「亡霊」である。

 全ては幻想か、それとも怨念の具現化したたぐいか。

 そのどちらでもない。

 ――これは死者の魂が暴走してできた怪物、人類の、「天敵」だ。


「何でよ……」


 近づいてくる「亡霊」に彼女はその身を翻し、やや首を下げて目を瞑った。

 《ターゲットとの距離およそ100。霊式起動、問題なし。身体との接続開始。》

 脳に直接流れてくるシステム音に、彼女はクッと息を呑む。


「何で……‼︎」


     †


 水無月が叫んだ瞬間、グオーーッという咆哮と共に、「亡霊」は彼女へと突進した。

 そして勢いに任せた拳に、鈍い波動音が響く。

 しかし、彼女は即座にその華奢な体を翻し、見開いた瞳を「亡霊」に向ける。

 次の瞬間、彼女は体を円軌道を描き、静かに剣筋横一線を描いた。

「亡霊」は音も立てず、その体は真っ二つに割れてそのままを静かに地面へと転げた。

 彼女は様子を確認すると、手を合わせ、静かに目を閉じて、

 ――葬送の祈りを捧げる。

 そしてその側に横たわる、”御城ハルカ“に。


「安らかにお眠りください。御城ハルカ先輩。」

 

 沈黙が空を貫き、哀歌の如く鳴く雲雀ヒバリが目に届くほど低く飛んでいるのを目にした。

 ガガッ――という通信機の音は冷えた金属音と静かに共鳴して鳴り響く。

 轟く機械の悲鳴、そしてそこに一つ、「亡霊」の姿を感じ取って、彼女は、歩き出す。彼岸花が舞う風向きの向こう側、丘の向こう側のエリア、廃棄都市第五区、学園都市リリアザードに接する戦場へ。

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