霊術師は「夢」を見ない

水波練

一章 ローシェ編

零.戦場にて、散りぬ

 ――リリアザード学園都市隣接廃棄都市、M26


 どこまでも続く荒れ果てた大地――。

 人類の棲家などなく、見えうる限り全ての建物はただひたすらに崩壊の限りを尽くし、積み上がった文明の痕跡が今でも灰と共に残存している、『再生不可能』な世界。

 それでも人類は取り戻そうとしていた。

 一世紀前に失われた全てを――。


 ※ ※ ※ ※

 

『ターゲット、未だ進行中。ハルカ先輩……どうにか、あと少し、あと少しだけ耐えてください‼︎』


 荒んだ風景の中、異質までに神秘的なまでの美貌を持つ一人の少女が、そこには居た。

 その戦場でたった一人の「おとり」として。

 夕暮れ、途切れ途切れに呻く部隊接続通信機トランシーバーが悲鳴混じりに鳴り響く。

 崩れゆく死んだ街の苔むしたビル群、剥き出しになったコンクリートの柱、大地を埋め尽くす程の瓦礫、砂、土煙。

 その全てがおよそ一世紀前の「最後の世界大戦」を物語っている。


 致命傷を負い、その体を真紅で染めながらも武器を構え続ける少女兵。その名は、御城ハルカ。


「ははは……聞いてないよ。こんなの……」


 艶みのかかった黒髪を風に揺らしながら、息を切らして傷跡を押さえていた。

 血が滲み出て、伝う汗と混じる。

 

 口の中で血が混じり、金属のような味がした。痛みで熱いと感じた口の中の血を吐き出すと、一気に襲った寒気によって意識が薄れて、視界がぼやける。

 ――ああ……死にたくない。


「せっかく、A級になって……これからだったのになぁ……」


 流れゆく涙は窪んだ目元に溜まって、ゆっくりと線を描くように流れてゆく。

 目には悄々たる薄青白い炎を宿し、「死神ヨミツカイ」は刻一刻と近づいていた。恨みさえ感じられるその姿に、御城ハルカは気を引き締め直す。

 私はまだ――


『支援部隊、ギリギリですが、あれ……、ダメ、駄目です‼︎先輩、先輩‼︎今すぐ逃げて‼︎』

 音割れしたトランシーバーが、手から滑り落ちる。もう、握る体力だって、残っちゃいない。けれど、

 

「まだ、あとちょっとだけ……」

 

 部隊接続通信機トランシーバーの叫びを他所に、ハルカはせめて、「最期の」悪足掻きをしてやろうと思った。唇を噛み締め、武器を起動する。血で紅に染まったその体を起こしながら。

 

 しかし、勝ったのは「死」へのカウントダウンだった。

 警報が鳴り、機械には「接続失敗、ロスト」と表示された。

 急速に遠のいていく意識と駆け巡る走馬灯。朧げに浮かんでくるのは、一ヶ月前に撮った後輩とのスリーショット。眩しくて、懐かしい後輩達。

 歪む視界が最後に捉えたのは、「死神ヨミツカイ」ではなく、

 一人の、少女だった。

 ――A級の優勢適性者インスピレーター……水無月詩音。

 頬が緩み、安堵が心を支配していく。

 ――あぁ、そっか、私……足止め成功したんだね。


「あり……が……」


    †

 

 御城ハルカはそのまま、息絶えた――


    †


『応答してください!ハルカ先輩、ハルカ先輩‼︎』

 ズーッ――という物音と共に消えてゆく部隊接続通信機トランシーバーの中で、バタリと倒れる衝撃音が鳴る。

 目の前の景色に、水無月は言葉を失った。


「ハルカ先輩……」

 

 流れる真紅の液体は川の様に流れつき、微かな温かみを持ったまま水無月詩音の足に辿り着く。

 彼女は水無月の方を向いて笑っていた。優しく、切ない笑顔で。

 湧き出てくる憎しみ、悲しみ、そして怒り。

 

「先輩の……バカ……」

 

 水無月詩音は込み上げる思いを押さえ、剣を構えた。

 足を踏み鳴らして後ろへ動かし、神経を刃元から伝わせる。

 踏み躙られた花がバッ――と鋭い音を立て、血飛沫のように舞った。まるでそれは返り血のように見えた。

 ――今、戦場にいるのは私、ただ一人だけ。

 と自信に念じかけ、遥か遠くに生い茂る草花に刃先を向けて静かに嘆息する。

 どこまでも続く死んだ灰のような空に、果てはない。


「約束……したじゃないですか。絶対に生き残るって……!」


 剣を持ったまま――しかしそれでも感情は行動として現れて、水無月は剣先を小刻みに揺らしながら思わず涙ぐんだ。


 しばらくして、

 弱音呟く水無月の目線の先、一つ丘を挟んで、「死神ヨミツカイ」は姿を現した。

 蒼黒な炎を目に纏い、重々しくも両足を引きずるように歩き、黒きシルエットの如くその顔を覆う邪悪な雰囲気を漂わせる。醜くも、それは「亡霊」である。

 全ては幻想か、それとも怨念の具現化したたぐいか。

 そのどちらでもない。

 ――これは死者の魂が暴走してできた怪物、人類の、「天敵」だ。


 近づいてくる「死神」に彼女はその身を翻し、やや首を下げて目を瞑った。

 《ターゲットとの距離およそ100。霊式起動、問題なし。身体との接続開始。》

 脳に直接流れてくるシステム音に、彼女はクッと息を呑む。


「ぁああああああ……‼︎」


     †


 水無月が叫んだ瞬間、グオーーッという咆哮と共に、「死神」は彼女へと直進した。

 そして勢いに任せた「死神」の拳が、鈍い波動音と共に鳴り響く。

 水無月は即座にその華奢な体を翻し、見開いた瞳を「死神」に向ける。

 次の瞬間、彼女は体を円軌道を描き、静かに剣筋横一線を描いた。

「死神」は音も立てず、その体は真っ二つに割れてそのままを静かに地面へと転げた。

 彼女は様子を確認すると、手を合わせ、静かに目を閉じて、

 ――葬送の祈りを捧げる。

 側に横たわる、”御城ハルカ“に。


「安らかにお眠りください。御城ハルカ先輩。」

 

 沈黙が空を貫き、哀歌の如く鳴く雲雀ヒバリが目に届くほど低く飛んでいるのを目にした。

 ガガッ――という通信機の音は冷えた金属音と静かに共鳴して鳴り響く。

 戦闘終了。任務完了。

 轟く機械の悲鳴、彼女は、歩き出す。彼岸花が舞う風向きの向こう側、丘の向こう側のエリア、最前線都市第五区、学園都市リリアザードへ。



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