第18話(17:30)
「おかえり。
――うん。ただいま。
いつになく
「明日は、どうなった?」
――ああ、そのことなんだけど。実は、驚くべき展開になったんだよね。
「何時から仕事だ?」
――ううん。ボクは仕事をしなくて良くなったんだ。
「ふうん」
――あんまり驚かないんだね。
「まあ、予想できていたかな」
――そういうところがボクの嫌いなところだよ。
「じゃあ、明日は一緒に回れるのか」
――そういうことになるね。
「そりゃあ重畳だ」
――へえ。嬉しい?
「うん。……なあ、翼のこと、彼女って言っていいか?」
――馬鹿みたいだから死ねば?
「翼は俺のことを呪いの下手人だと思っているかもしれないけど、俺にとって翼は想い人なんだぜ」
――なんだか言っていたね、そんな事。
「覚えてるだろ」
――それと、了承するかどうかはまた別問題なんだよ。
「俺は翼が好きだよ」
――照れるなぁ。
「……返事は?」
――君がカジノで勝ったこと。
「あー……。カステラなら
――あの話、『他校の彼氏持ちが彼氏に色々取ってもらっていた』って有名になっていたよ。
「俺は別に目立つつもりはなかったんだがな。ルールの穴が……ちょっとな」
――それがボクだって、もうバレてるみたい。
「情報が早いものだな」
――ボク、その噂を否定するつもり、ないから。
「それって」
――皆まで言わせるなよ、気持ち悪いなぁ。
「大好きだ」
――はいはい。お兄ちゃんにも言っておいてね。
「あぁ待て、電話を切るな」
――まだ何か?
「これからの、話をしよう」
――これから?
「来月に、
――デートのプランニングが下手な男ってモテないらしいよ。
「俺は翼にだけモテれば十分だ」
――恋人のふとした時の言葉とかを覚えていたら好感度が上がるんだって。ボク、さっき言ったよね。『文化祭に行かないか』って。……少しだけ、嬉しい。
「そうか。じゃあ、もう少し近づいたら詳しいことを話そう」
――うん。
「じゃあな。明日、楽しみだな」
「お兄ちゃん」
キッチンに戻り、兄に声を掛ける。
「明日、仕事をしなくて良くなったんだ」
「へえ? 良かったね、翼ちゃん」
タブレットをいじるために眼鏡を掛けたお兄ちゃんが、立ち上がってキッチンに行く。
「カステラ。食べる?」
「うん。食べるよ」
お皿に乗せて出してくれたカステラに手を伸ばす。
「紙、外してから食べてね」
「わかってる」
「祭君とはどんな話をしたの?」
「学校でしたのと同じだよ。あいつ、ボクの恋人を気取るってさ」
「へえ。そうなんだ。今度挨拶をしておくね」
何のだよ……。
「翼ちゃん。さっきの話とは別物なんだけど、僕は翼ちゃんを褒めたいんだ。聞いてくれるかな?」
「え?」
「任せてもらえなくて、偉かったね」
ボク以外の誰かが聞けば、けなしているのかと思われるような褒め方。
「誰かに任せて、偉かったね。僕はさ、ずーっと翼ちゃんのリーダー的なところが、危なっかしいと思ってたんだよ。だから、そのリーダー的なところを諦めてくれて、ほっとしている」
「親とかっていうのは、我が子が立派な役目につくのを嬉しがるんじゃなかったっけ」
「僕は親じゃなくて兄だから」
「そっか」
「うん。あ、心配しなくていいよ。翼ちゃんが少しばかり成長したからといって、手を離したりはしないから」
「……ありがとう」
お兄ちゃんは、まだまだボクのことをお子様だと思っているみたいだった。
だけど、今日この時。
もしかしたら、今日さっき。
ボクは少しだけ大人になった。
自分のやることを人に任せる、大人になった。
やるべきことを人に押し付けることの出来る、黒い人間になった。
どうやら、黒く汚れることをヒトは成長と呼ぶらしい。
ボクは祭に汚された。
白いキャンバスに、黒いシミが点々と落とされた。ボクは弱かったから、白いままでいれなかった。
反対に祭は強いから。今でも白いままでいる。
強かったか、弱かったか。自分を守れたか、傷つけられてしまったか。
それが、ボクとあの幼馴染の違い。
そんな風に、ボクらは全然違う人間だし、むしろ被害者と加害者だけれど、お互いに縛られることを選んだ。
この気持ちがこれからどうなるのかはわからない。
たった一つ言えるのは、違う二人だからこそ、ボクらはお互いを縛れたし、一緒の人間じゃないからこそ、ボクらはお互いを縛れたということだ。
◯◯◯
あてんしょん。
このお話に登場する学校名『県立岬ヶ丘』は、下記の小説(道路標識と私/しがなめ)から名前と世界観をお借りしました。
しがなめさん
https://kakuyomu.jp/users/Shiganame
いずれコラボなども検討しております。
お楽しみに。
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