第17話(15:30)

[まもなく、紅都立高校付属中学校うちのがっこうの文化祭1日目が終了します。保護者の皆様、ほか生徒以外の皆様はご退場ください——繰り返します……]

 放送が流れた。

 令華れいかはるが、同時に立ち上がる。


「それじゃあね。わたしはもともときぬがさを見に来ただけだから。——また、どこかで」


 ラウンジを出て、右に曲がる。角を曲がったところで、二人の姿が見えなくなる。


「多分、今あの角を覗いても、あの子たちはいないんだろうね」


 お兄ちゃんが静かに言った。


「そういう奴らなんだろう」


 まつりは、さっきから不貞腐れたように椅子に背中を持たせかけている。


「じゃあ、祭君。一度、帰ろうか」

「ん」


 祭は無愛想に言って、お兄ちゃんに続いて席を立つ。

 ボクは一人になった。


「あ、小野寺おのでらさん」


 教室に戻ると、うちの班の人が勢揃いだった。


「どうしたの。凊冬すずふゆさん」


 何となく、中心にいた彼女に声をかける。


「わたし、前のままじゃいけないと思うんです」


 独りよがりな口調で、そう呟く凊冬さん。


「?」


 ボクを含めて六人、清掃班の面々が不思議そうな顔を揃えて彼女を見つめる。

 凊冬さんは彼らを冷ややかに眺めて、


「今日、午前中掃除をしたのって小野寺さんですね」

「え? そうだけど」

「そして、午後の二時半まではわたしを含めてみんなでやった。でも、二時半に小野寺さんが来て、それから三十分、掃除をやってくれた。——で、わたしが三時に帰ってきたとこで交代した。……どう?」


 凊冬さんは意見を求めるようにみんなを見渡す。


「どうって」


 ボクにもよくわからない。


「みんな仕事しなさすぎ。楽しみすぎ。もっと有り体に言うと馬鹿すぎ」

「凊冬さん!?」


 思わず声が出た。


「だってそうじゃん。本当に今、わたしはわたしが恥ずかしいんだよ。役割分担を決めたりもせずに、わたしはずっと流されて、午前中は仕事もしないでぶらぶらしてた。でも、その間小野寺さんがずっと仕事しててくれたんだよ」

「……」


 一寸気まずそうに、みんな目を伏せる。

 ボクはすごく気まずかった。ボク、大したことしてないし。午前中ずっとって言っても、一時間ちょっとだし。


「あの、凊冬さん。ボク、別に——」

「わたしは心がけの話をしているんだよ」


 あれ。

 凊冬さんって、こんな人だっけ。


「だって、わたしたち、仕事をしようとしなかったじゃない。仕事をしなきゃって気持ちもなかったじゃない。それ、良くないことじゃない。わたしは、そのことが嫌なんだ」


 本当に、別人みたいだ。


「ごめんなさい」


 目をまっすぐに見られて。謝られたこっちがたじろぐくらいの気迫でその言葉を放った。


「凊冬さん」

「明日は、どうしようか。このまま、彼女に任せようか」

「あ、凊冬さん——」


 静かに責めるような彼女の口調に、思わず口を閉じてしまった。


「ねえ、どうしようね」


 ボクが思わず口を閉じても、彼女は止めなかった。


「……」


 みんな、目を伏せたまま顔を上げない。


「あのさ、凊冬さん」

「ん」


 そこでようやく、心が通じた気がした。冷ややかな彼女の眼が、ボクの眼とぴったり合う。ボブの髪の毛が揺れた。


「ボク、明日は一緒に回りたい人がいるんだ。すごく勝手だけど、仕事は二時間以内でお願いしたい」


 昨日までのボクだったら、『明日もボクがやるから大丈夫だ』と、そう言っていただろう。

 あー、言えてよかった。


「わかった」


 凊冬さんは特に驚いた様子もなく、頷いた。


「じゃあ、役割分担をしましょう」


 てきぱきと進行をする様子はまるでボクのようで——昔の、頑張りすぎていた頃の

ようで。


「凊冬さん、無理しないでね」

「え」


 全く動かなかったクールな瞳が、円形に大きくなった。


「うん。大丈夫。ありがとう。これが、わたしのやりたいことだから——やるべきこ

とだから」


 口角を上にあげて、彼女は力強く頷く。


「ありがとう」


 もう一度言って、凊冬さんは皆に向き合った。


「改めて。役割分担をしましょう」


 役割分担は滞りなく終わったので(ボクはなんと仕事をしなくていいことになった)、明日の用意をするクラスメイトに挨拶をして、ボクは家路につく。

 そして、家に着いた。


「お兄ちゃん、ただいま」

「あ、お帰りつばさちゃん。お母さんとお父さんは十時くらいまで帰ってこないよ」


 ちなみに、ボクは両親と折り合いが悪いのだ。

 ダイニングに座ってお兄ちゃんがキッチンで仕事をしている様子を眺める。

 お兄ちゃんは大学を中退してフリーターってるヒキニートのだ。

 なのにお金があるのが不思議どころ。


「翼ちゃん、祭君が随分心配していたぞ。連絡先を知らないと言うから、紹介しておいてあげたからね」

「え? 祭が?」


 スマホを取りに一度二階に上がる。誰もいない部屋でいじるのも孤独だったので、一階に戻ってお兄ちゃんの前でスマホの画面を眺めることにする。

 連絡先のところには『まつり』とひらがなで書かれたアカウントがあった。


[今帰ってきた]


 何と送っていいのかわからなかったので報告をしておく。


[そうか。今電話できるか」


 一分も間が空かないうちに返信が帰ってきた。ちょっとばかし気持ち悪い。


「お兄ちゃん。祭が電話できるか、だって」

「うん。しといで」


 お兄ちゃんはくつろぎモードに移行したみたいで、自分のタブレットを持って何や

らしている。

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