第16話(15:20)

つばさちゃん」


 まあ大方の予想通り、聞こえてきたのははるの声だった。やや低い彼の体温が、背中から伝わってくる。


「自分の気持ちが恋なのか愛なのか、それとも憧れなのかわからないのなら、それは執着ということにしておきなさいな。呪いでも、憎しみでもいいけれど。もし将来、自分の中で折り合いがついたのなら、その時にラベルを張りかえればよろしいでしょ」


 令華れいかだった。


「ラベルなんて、大したことないのよ。巷で『愛』とささやかれているあれこれだって、当人たちにしてみれば呪いで憎しみなのかもしれないじゃない。人の感情なんて複雑なものに、名前を付けようという方が馬鹿なのよ。わたしからすれば、ドラマだかアニメだかを見て、他人の抱える複雑に、『愛』なんてラベルを貼っつけて満足している奴らなんか、『感情』を甘く見ているに過ぎないわ。もっと曖昧でぐちゃぐちゃで、黒魔術師のかき混ぜる大鍋みたいなものの中身が人の想いなのに」


 顔を上げなさいよ、と命令される。

 涙でびしょびしょの顔を上げると、汚いわね、と毒づかれた。


「貴女が上げろと言ったのに」


 榛が隣で突っ込む。


「汚いものは見たくなかったの」


 令華が手に持っていた使い捨てのおしぼりをボクの方に放る。


「顔を拭きなさい。……それで、つばさ? 貴女のその想いは、何なの?」


 顔がさっぱりした。まだまつりの方は見れなくて、あえて視界に入れないようにしながら、令華を見つめる。


「ボクのこれは、呪いだ。祭がボクにかけた、呪い。だから祭は、ボクを縛り続ける。ボクは逃れることができない。そういうことにしよう」

「そう。呪いなら、仕方ないでしょうね。翼は祭から離れられないし、祭は翼から離れられない。それはそういう呪いよ。わたしが今、そう決めた」


 勝手な人だ。かけた人でもないのに、呪いの内容なんてものを無理に決めて。


 王様みたいな人だ。


「祭」

「何だ」

「貴男はそれでいいのかしら?」

「…良いよ。これで良い。俺の気持ちが呪いと云うなら、俺はこのまま、一生この呪いを翼にかけ続けるから。一生とけない呪いをかけてやるから」


 とんだプロポーズだった。

 一生ボクのことを縛るだなんて。心変わりしないはずがない。

 それでも。

 祭が縛ると言うなら、おとなしく縛られてみるのも、良いだろう。


「敢えてこの呪いに名前を付ければ、それは愛になるのかな」


 お兄ちゃんが、ほんのり微笑みながら呟いた。


「このお話に名をつけるのなら、『愛と云う名の呪い』なんてね」


 

 結局このお話は、愛がなんなのかわからなかったボクたちが、子供っぽい呪いでお互いを縛って結んだだけの話なんだ。

 そんなのよくある話でしょ?

 自分の縄で自分の体を縛ってしまうなんてことは、よくあることだ。

 だから憐れんだり同情したり感動したりしないでよ。

 これは愛じゃないから。


 まあ、そんなことでいいなら付き合ってよ。まだ、終末には少しだけ時間があるから。

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