第15話(15:17)
「このわたしに席のキープを頼むなんて、正常の精神をしているのかしら。
「失礼だね。僕はずっと正常だよ。
今日二回目の出会い、
「どうしたのだ、翼ちゃん」
六人掛けの大きなテーブルの向かい側に、祭・お兄ちゃん・令華の三人が座っている。こちら側には榛とボク。それで、なぜかボクは榛に慰められていた。
「祭君は無神経だからなァ」
「榛」
「?」
「翼に変なことを吹き込むな」
「僕はそんなつもりないのだが」
この二人、微妙に相性が悪いのだった。
「それで? どういうことなんだ、翳さん。説明を求める」
「祭君くらい頭がよかったら、わかると思うんだけど」
「まどろっこしいのはいい」
「うーん。僕も明確に言葉に出せるわけじゃないんだけどな」
ちなみに、ボクは多分この中で一番どうなっているのかわかっていない。当事者なのに。
「祭は、悪の敵だっただけでしょう。翳は、翼の味方だった——正義の味方だっただけよ。どちらが翼に好かれるのか、なんて明確でしょ」
プラスティックのカップに刺さったストローから鮮やかな色の液体を啜りながら、令華がその金色の髪を揺らす。自分がかなりの衆目を集めているとわかっていないように。
「そんなどうでもいいことよりも、わたしは翼が何を思っているのかの方が気になるわ」
金の眼でボクを見つめる令華。いたたまれなくなって目を逸らした。
「ボクは、漠然と救われたいだけだから」
「悪の敵に? それとも正義の味方に?」
……。
「ボクは、頑張る自分が、好きなんだ。でも、ボクみたいな人間っていうのは、褒められないんだよね。——スポーツができる男子が、作文の上手い女子が、始業式で次々表彰されても、班員のために調べ物をきちんとやってきた真面目なボクは、掃除を誰にも言われなかったけれど一人で引き受けたボクは、褒めてもらえないんだ。……褒めてほしいって思わないなんて、嘘だ。
「それに、ボクは努力をしているつもりなんだ。それなのに、才能に抜かされちゃってさあ。努力は報われるっていうのはわかってるし、何ならそういう経験をしたこともある。でも、一回でも才能に抜かされると、自信って——、自身って、なくなるんだ。頑張る自分を失くして、本当に頑張らないで、サボろうかっていう、ふざけたボクが顔を出す。
「ボクを褒めてくれるのはお兄ちゃんだ。何時だって、お兄ちゃんはボクに優しくしてくれる。
「それでも、ボクを救おうとするのは祭なんだ。祭は迷惑だしうざったいけれど、ボクの助けにならないことはないんだ。
「だから、ボクは欲張りをしたいんだ。
「お兄ちゃん。これからもずっと、ボクのそばに居てほしい。ボクのことを助けてほしい。何時だって、ボクはお兄ちゃんを一番頼りにしている。だから、ボクのことを見捨てないで。
「祭。ボクは、祭を失いたくない。さっき、祭を置いて逃げた時、ボクは怖かった。君に嫌われることが怖かった。君に傷つけられること以前に、君に嫌われることが怖かった。嫌われるのが怖い、って気持ちが恋なのかは、愛なのかは、ボクにはわからないんだ。それでも良いなら、僕を君のそばに居させてほしい」
下を向いて、制服の裾を掴んだ。アイロンをかけるのはボクだ。泣きたくないのに、視界が曇る。口を閉じようとするのに、泣き声を上げようとする口が不思議な形に歪む。
耐えきれなくなって机に突っ伏すと、誰かが背中に手を添えた。
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