第5話(10:57)

まつり


 椅子に座る肩に声をかけると、柔和な表情で奴が微笑んだ。


「どうした?」

「いまチップ何枚?」

「わからん」


 始めたときにあった紙コップだけではもう足らず、彼の横には三カップが並んでいる。実に意味不明な状況だ。


「いつやめるん?」

「それが俺もわからなくてな」


 最初の方は素直に驚いていた実都樹みつきちゃんも、もうドン引きしていた。


「そろそろ見てるのも飽きてきた」


 一番初めの二、三ゲームはボクがやったが(ちなみに全部負けた)、その後は祭が延々と勝ち続けている。


「そうか」


 じゃあ次で降りる。


「え?」


 唐突に宣言されたもので、一瞬何を言っているのかわからなかった。


「続けますか?」


 やや震えたディーラーの声に首を振る祭。ルールは良く分からないが、多分大勝ちってことなんだろう。


「これ、損だよね」


 もちろんカジノ側の、だ。


「そうだな。俺も別にこんなにいらない」

「なんでこんなに勝ったのさ」

「楽しくなって」


 合計三個になった紙コップを両替所に持っていく。


「チップが――約五百枚」


 チップ一枚でラムネが一個。

 三枚でビスケット。

 五枚で大福。

 十枚でカステラ。

 それより上は、存在しない。


きぬがささんに、お土産いるよな」

「お兄ちゃん? 多分」

「じゃあ、カステラを五つ。後は、お返しします」


 順当なところに思えた。いくらなんでも五十個のカステラはいらない。


「ありがとうございます」


 カジノ側から礼を言われて、ごく丁重に見送られた。何もしていないボクとしてはかなり気まずかった。


つばさ、あれ誰?」

「幼馴染」


 帰り際に実都樹ちゃんが訊いてきたので、そう答えると、彼女は不思議な表情をしていた。


「楽しんでね―」


 後ろからそう聞こえてきたので、後ろに手を振る。すぐ人で向こうが見えなくなってしまった。


「どうする?」

「ボクは別に、行きたいところはないよ。祭が気になってるところとか?」

「翼、何部なんだっけ?」

「それはだめ」

「……じゃあ翼のクラスのを見に行こう。一回も観てないだろ?」

「…わかった」

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