第4話(10:35)

 いつもだったら一分もかからない距離なのに、少し先の教室に行くだけで十分弱もかかってしまった。


「すごい人だね」

「流されないようにな。小さいんだから」


 軽口をたたくまつりをにらんでその後に続く。酷く残念なことだけど、背の高い祭の後ろに続くと、人波の中でも歩きやすい。


「これは ――何をやっているんだ?」

「カジノだって」


 暗幕にもなる、分厚い方のカーテンを教室の窓いっぱいに引いて、キャンプのラン タンをあちこちにつるし、クリスマスツリーについているあのLEDを教室の壁に這わせている、二年二組の教室。


「本格的だな」


 天井を仰いで、祭が声をあげる。肩越しに覗くと、蛍光灯にセロハンが貼られているのが見えた。資金は少ないのに、立派だと感心する。


つばさのところより力を入れてるみたいだな」


 そういう事を言われると少し嫌な気分になる。事実だから仕方ないけれど。


「2人ですか?」


 幸いそれほど混んではいなかったようで、列がするする進んであっという間に順番が来た。


「はい」


 祭がさっきまでの態度から豹変して、営業用のイケメンモードで対応する。常にこちらのモードでいてくれればいいのに。


 教室の中ほどに案内されて、ゲームのルールを説明される。


「――こちらのテーブルがブラック・ジャック、あちらがポーカー、最奥がバカラのテーブルになっております。チップの上限額は百枚です。退場時のチップの枚数に応じて景品をお渡しします」


 見せられた表によると、景品は中学生らしくお菓子などの安価なものが多いようだった。


「チップのレートは一枚二円です。何枚お買い求めになりますか?」


 RPGのカジノを思い出した。好きでやっては大負けしたことを思い出す。


「祭……ボクお金ない」


 もともと、今日遊ぶつもりはなかったからお金は持ってきていない。その事を思い出して袖を引くと、祭が驚いた顔をした。


「奢るつもりだったけど」

「いいの?」

「別に。今度何か付き合えよ」

「わかった」


 そして鞄から財布を出す ――やけに内側に入れていた―― ので、幾ら買うのだろうと見ていると、


「三十枚」


 これ何枚買うのが相場?


「かしこまりました」


 恭しい感じで店員さんも答えてたけど、普通に考えて多くない? でも単価が安いからこういうものなのか?


「このチップって」


 祭が紙コップの中を覗き込んで言う。見せてもらうと、良く百円ショップとかで売っている、海賊のマークが付いた金色の硬貨だった。


「何するの?」

「翼の友達がいるのってどこ?」

「え…あそこ」


 一番近くのブラック・ジャックのテーブルを指差す。実都樹みつきちゃんがディーラーの格好をしてお客さんと話しているのが見えた。彼女のお父さんみたいだ。


「じゃあそこにしよう」

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