10 どうしようもなく残念な
「おはよう、瀬戸ちゃん!あれ……水無月くんは?」
この質問は、本日五回目。
「おはよう。水無月くんは、本日風邪でお休みだそうです」
そして、この答えを口にするのも本日五回目。
「水無月くんでも風邪引くんだね」
みんな全く同じように驚いて、全く同じような感想を口にする。
なぜか個人的に水無月くんの欠席理由を報告しに来てくれた担任も、同じように驚いていたし、聞いたときは私も正直驚いた。
「水無月くんも、あれで一応人間だから」
皆勤がかかっていたのに残念だ……と呟いた担任にも同じことを言ったので、この返しは本日で通算六回目。いい加減言い飽きた。
「そっか……確かに、水無月くんってちょっと宇宙人っぽいけど、よく考えたら人間なんだもんね」
今日の今日までクラスメイトの誰からも、同じ人間だと思われていなかった水無月くんはさすがだ。
「でも水無月くんのことだから、きっと明日には元気に登校してくるよ!だから瀬戸ちゃん、元気出しなよ」
そう言ってぽんっと肩を叩いて去っていくクラスメイトを見送り、首を傾げる。
さっきから何度も同じ慰めの言葉をかけられるが、別に私は落ち込んでいないし、水無月くんがいなくて寂しいなんて思ってもいない。
むしろ、ようやく訪れた平和な日常に喜びで心がはち切れそうだ。
それなのに、みんなには元気がないように見えるらしい。
「……水無月くんの理解不能な話を聞かされなくて済む朝はものすごく平和だし、水無月くんに振り回されて終わる放課後は自由に好きなことが出来るからとっても幸せなのに」
この間もまた、ハヤブサ運送のトラックを捜して街中あてもなく歩き回った末に、ファミリーレストランに引っ張り込まれて反省会を始められ、くたくたになって帰宅したあとの宿題地獄。
結局またやりたいことは何一つ出来なかったが、今日ならばずっとお預けをくらっている漫画の新刊だって、溜まりに溜まった録画だって、お昼寝だっておやつだって、好きなことをし放題だ。
今から放課後が楽しみでしょうがないのに……みんなには、落ち込んでいるように見えているのだろうか。
「……謎すぎる」
みんなの目に、おかしなフィルターがかかっているとしか思えない。
ちらりと隣を窺えば、いつもはそこに当たり前のようにある整った顔が今日はない。
瀬戸さん!と名前を呼ぶ声や、屈託のない笑顔、拗ねた子供みたいなむくれ顔を思い浮かべながら、隣の席を見つめる。
いつもは水無月くんにいいように言いくるめられて呆然と聞くチャイムの音を、今日はただぼんやりと聞き流していると、隣の席の持ち主である男子生徒がやって来て、椅子に腰を下ろすなり前の席の男子に向かって笑いながら口を開いた。
「なんか、いつもは水無月が温めといてくれるから、今日は椅子がやけに冷たく感じるわ」
「なんだよそれ。お前言い方が気持ちわりいな」
そのまま始まった談笑を聞くともなしに聞きながら、窓の方に視線を移す。
今頃、水無月くんは……。
水無月くんのいない、平和で幸せなはずの私の一日は、胸にモヤモヤしたものを残したまま始まった。
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