「予定?ああ、うん。あるある」


真っ直ぐ家に帰って、この間買った漫画の新刊を読むという予定が。

もしくは、中々消化しきれていない録画をぶっ通しで観るという予定が。

返事は適当だったが、よく考えてみたら私にだってやりたいことがたくさんある。


「嘘だ!瀬戸さんの放課後に、僕と幽霊探しに行く以外の予定があるわけない」


あれもしたいこれもしたいと考えていた私の耳に、聞き捨てならないセリフが飛び込んでくる。

思わず顔を向けると、得意げな顔をした水無月くんに、両手で頬を挟まれ顔を固定されてしまった。


「はい、振り向いたから瀬戸さんの負け!負けた方は、勝った方の言うことを何でも聞かなきゃいけないんだよ」

「……そんな勝負、した覚えがないんですけど」

「ついさっき始まって、たった今終わりましたー」


漫画の新刊や、録画、お昼寝や、おやつタイムなど、考えまくった楽しい放課後の予定が、手の届かいところへと遠ざかっていく。

そんな私の悲しみなど知る由しもなく、屈託なく笑った水無月くんが、頬を軽く摘んで優しく引っ張った。


「じゃあ、やーくそくっ!」


指切りのリズムに似たような、でもどこかオリジナルめいたリズムで、引っ張った頬を上下に動かした水無月くんがパッと手を離すと、タイミングよくチャイムが鳴った。


「約束したからね、忘れないでよ!」


言い返す暇もなく、水無月くんは素早い動きで自分の席に戻っていく。

私は呆然とそれを見送りながら、引っ張られた頬にそっと手を添えた。

全く痛くはないのだが、ここは嘘でも痛い痛いと騒いで、たまには水無月くんを困らせてやればよかったかと、ほんの少し後悔の念がよぎる。

いつだって、困らせられるのは私の方で、引っ張り回されて散々な目にあうのも私なのだから。

まだほんのりと残る水無月くんの温かさに手を添えてため息をつくと、窓の向こうに視線を向ける。

今にも雨が降りだしそうな重たい灰色の雲のおかげで、校舎全体が薄暗くじめっとしている気がする。

やはり、これのどこが“いい朝”なのかと思わずにはいられない。

まあ、気持ちよく晴れ渡った日よりは、幽霊が出そうな気配はしているけれど。

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