第9話 四年後
「ふーっ……」
ペットボトルのお茶を飲み干し、背筋を伸ばす。時計を確認すると、もう午後八時を過ぎている。図書館の閉館まで一時間を切っていた。
今日はここまでだな。結局七時間近くずっと資料探しをしていた。これほど真剣に文章を読み込んだり、書き出したりしたのは受験以来だ。大学のレポートなら、A評価は間違いなしだろう。おかげで、この周辺で発生した自殺や変死の詳細な内容は大方分かった。
御子の方を見ると、それぞれ二人でまとめ上げた資料を確認している。俺には全貌が読み取れなくとも、彼女なら──きっと、この欠片から何か真実を見つけられるはずだ。
「……ふっ」
「ど、どうだ?」
御子は一息を吐くと、数枚の資料を残し、それ以外をクシャクシャと丸め、ゴミ箱に投げ入れた。
「残ったのはこれだね。これが、犬飼聡と同様に、呪いで死んだ関係者で間違いないかな。まず一件目、七年前にOLが自殺したこの事件」
一枚の資料を指差す。これは俺が調べた事件だった。
被害者は当時二十九歳、
彼女は──ストーカーに悩まされていたのだ。事件が起きる数週間前から何者かに付き纏われ、無言電話が来るということを友人に話しており、警察にも相談していたという。しかし、犯人の正体を特定することは叶わず、警察は手出しができなかった。その直後に彼女は自殺してしまった。
これらの経緯から、当初はストーカー殺人として警察も捜査していたのだが、何も証拠は見つからず、結果的には自殺ということで事件は迷宮入り、ということになっている。
「ストーカーの正体はあの影、飛び降りた原因は影に追い詰められた、ってところかな。決定的な証拠はないけど、状況証拠だけで見るとどう見ても不自然だし、自殺をする理由がある人にも見えない。でも、あの影が関わっていると考えたら、合点が行くでしょ?」
「……確かに」
「次はこれ、二十一歳のフリーター。
「事故死?」
この事件は御子が調べた物の一つだった。俺が知らない事件だったので、概要の資料を見る。
被害者は堂山明、俺と同じ二十一歳の若者で、この区内に住んでいるが、県外でバイクの移動中に交通事故に遭い──死亡。
これが本当にあの呪いと関係あるのだろうか。そもそも、県外で死んでいるし、死因も自殺ではなく交通事故だ。一見すると、何も変哲もない事故のように見える。
……いや、待て。もう一枚、コピーのような物が一緒にある。それは──何かの雑誌の切り抜きのようであった。
「そっちは当時あったオカルト雑誌の一ページ。今は倒産してなくなったみたいだけど。偶然、ネットでそんなことが書いてあるって情報を見つけてね。探してみたら見事にビンゴだったよ」
記事の見出しは──『怪奇、事故死した青年Dの謎』というものだ。本名は伏せられているが、イニシャルと事件があったとされている現場の情報が一致している。
内容を要約すると、交通事故で死んだ青年Dの自宅からは大量の怪文書が見つかっており、「逃げなくては」といったことが病的なほど書き込まれていたようだ。
「そこにある通り、堂山明も影に呪われて、命を狙われてたんじゃないかな。で、彼が取った行動は逃走。県外にまで行ったけど、結局、呪いを振り切ることはできずに、自分から対向車線に突っ込んで死んじゃった」
「……………………」
逃亡は許さない、ということだろうか。俺も、御子がいなかったら──多分、彼と同じ未来を辿っていたと思う。
「最後はこれ。四年前に起きた一家惨殺事件。これは蓮くんも知ってるよね」
「なっ……⁉」
御子が差し出した資料に、驚愕する。この件について俺は調査していないが、当時、全国ニュースで報じられた有名な事件だ。
四年前、ひきこもりで無職の男が強盗目的で被害者宅に押し入り、夫と妻、そして当時生まれたばかりの子供までも手にかけた悲惨な事件。犯人はすぐに捕まったが、留置所で自殺をしてしまったことで幕を閉じたということで、その背景に何があったのかは謎に包まれており、連日テレビで取り上げられていた。
だが、これは殺人事件だ。犯人は人間だし、影が犯行を行ったというわけではない。そうなると、一つの事実が浮かび上がる。
「ま、まさか……」
「そう、呪いの被害者は殺された家族じゃなくて、この犯人の方。そもそも、無職のひきこもりが、いきなり強盗殺人なんて不自然なんだよね。これは当時も論点になったけど、犯人が死んじゃったってことで、結局、理由は分からずじまい。でも……影に取り憑かれて、精神的におかしくなっていたなら?」
可能性は――あり得る。呪いの影響で他者に危害を加えるといったケースも、おかしくないはずだ。
「まあ、これに関しては証拠があったんだよね」
スッと、御子は一枚の紙を差し出す。またどこかの雑誌の記事のコピーのようであった。
「ほら、ここ。犯人の部屋が写ってるでしょ?」
記事の内容は事件の犯人である
そして、どこから手に入れたのか、ご丁寧に彼の自室の写真まで掲載されている。アニメのフィギュアとポスターで溢れたその部屋は典型的な〝オタクの部屋〟であり、その件に関連付けて、彼の人格を批判するような内容まで書かれていた。
「……この写真の、何が問題なんだ?」
「問題はここ。ほら……何か書いてあるでしょ?」
御子はデスク付近を指差す。
よく観察すると、確かに、何か文字のような物が書かれていた。
「あっ、本当だ」
「で、それを拡大コピーしたのがこれ」
御子は最後の資料を俺に差し出す。
インクが少し滲んでいるが、何とか解読はできる。そこには──こう書かれていた。
『かまかみ あともうすぐ 4ね』
鳥肌が立ち、寒気が全身を駆け巡る。
確かに、そこにはあの『カマカミ』という単語が書かれていた。
「これを見つけた時はさすがに私も驚いたよ。カマカミを知っていないと、意味不明の文章だからね。案の定、他のどこも取り上げてなかったし、カマカミって単語から、この写真を見つけ出すのは不可能。手順が逆だったからこそ、見つかった。さて、この内容についてだけど──これも、ある程度は推測することができたよ」
先程から、震えが止まらない。
図書館内は少し冷房が効いていたが、まるで極寒の空の下にいるような寒気が襲ってくる。唇の震えを止めるために、奥歯を噛み締める。
「……大丈夫? 蓮くん」
「あ、あぁ……続けてくれ」
「じゃあ続けるね。重要なのはこの『4ね』って部分。『死ね』とも読み取れるけど、それだと数字になってるのがおかしいよね。私は……これ、途切れちゃった文だと思うんだ」
待ってくれ。
そうなると、この文は──
「かまかみ、あともうすぐ、4ねんご……これが本来の形だと思う。つまり、この事件の四年後の今年、何かが起きるってことを示している、って私は受け取った」
「…………っ」
歯車同士が嚙み合うような、奇妙な音が、俺の頭の中で響いた。
「四年後の今年……何が起きるんだ……?」
「それは私にもちょっと分からないかな。蓮くんが呪われているこの現状を指すのか、それとも他に何かが起きるのか。まあ、どちらにしても、カマカミってやつがかかわってることは間違いないはず」
「カマカミ……か」
七年前、六年前、そして──四年前。確かに、俺や犬飼聡の他にも、影によって命を絶たれた人たちは存在していた。その死には共通してカマカミという存在が関わっている。
四年の時が経ち、誰の目に留まらなかったこのメッセージを俺たちが見つけのは偶然なのか。それとも必然か。しかし、この事実によって、より謎が深まった気がしてならない。
一体、カマカミって、なんなんだ。何が──起ころうとしているんだ。
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