第12話 宛転蛾眉
「嫌だ!こんな格好恥ずかしいよっ」
ボーイッシュな装いだったメイメイが身につけるのは赤い
低層階の市場で買ったコスプレ用の偽物だが、仮の衣装には丁度いい。
はだける裾を手で押さえこちらに抗議の眼差しを向けてくる。
紫苑は芙蓉と顔見知り、俺は自分で言うのも癪だが堅気には見えない。
変装は必要ないだろう。青蛾付近は繁華街だ、上層階以外にも娼館やキャバレーが点在するため、その手の仕事用のメイク師もいる。顔と衣装を整え上層、灯篭夜総会に向かうのみだ。
「何か言う事無いのかよっ!」
メイメイは涙目でこっちを見てくる。目元に入れた朱と盛られた睫毛、くっきりと描かれた三日月眉。
蛾が綺麗だなんて、昔の人間の感覚はよく分からない。
「あぁ――これで準備は万全だ。」
「もーっ!そういうことじゃないだろっ!」
メイメイはあからさまに不機嫌になり、紫苑がそれを宥めている。
綺麗だとは思ったさ、だがそれよりも妹の顔が男ウケを狙ったメーキャップに彩られたのが正直言って不快だった。それをメイメイに言ってやる必要も無い。
だから当たり障りのない言葉を選んでしまった。
夜総会の営業終了後に芙蓉は待っているという。
先に藍英に一報いれておこう。通話をかけると3コールで藍英と繋がる。
「…どうした?芙蓉はもう殺したか?」
「気が早ぇよ、協力者がいる。これから上層へ向かうところだ。」
「――警戒しろ、内通者からの情報が途切れている。」
藍英に情報を流していた人間、恐らく警察側の人間は上階にはもういない。
警察が関わらないことは好都合ではあるが、自分の都合で人を消すことに何の迷いも無い連中であることは紫苑の一件から理解している。話し合いで通じる相手では無い。もっとも、俺も瞑の仇敵を生かしておく気も無い。藍英は一方的に通話を切る。
夜の青蛾は閑散としていた。商店を宿としてそこで眠る者もいる。
中層、
桃色の蛍光灯で彩られたエレベーターは怪しさしかなかった。
内部には、いかがわしい広告や詐欺じみたポスターが張られ目のやり場に困る。
「メイメイ、目閉じてろ。」
「えー、どうして?」
どうしてもだ。
「灯篭夜総会」ドアが開くとネオンサインが目に飛び込む。
廊下は直線に続きその奥に入口があるようだ。
極彩色のライトで照らされている以外はマンションの廊下と変わりない。
左右の部屋は従業員の居室だろう。
入口は固く閉ざされ、チャイムを鳴らさなくては立ち入れないようだった。
紫苑がチャイムを鳴らす。奥から足音が聞こえてくる。
「紫苑様、お待ちしておりました。」
俺たちを出迎えたのは齢18程の少女だった。
丁度、瞑が生きていたらこの位の年齢だろう。
「白と申します。宜しければいずれご指名を――」
虚ろな目と、言葉が合っていない。身体を売ることで病んでしまったのだろう。
気の毒だがそれが生きる術ならば、命を売り買いするよりはまだマシだ。
「芙蓉様がお待ちです。」
背丈はメイメイより頭半分くらい高い程度。
娼婦というもので想像されるような印象はない。
所謂、清純派を売りにしているタイプなのだろう。
娼館の内部は想像以上に豪勢で西洋風の拡張高い家具。
直ぐに事に及べる様にキングサイズのベッドが薄いカーテンで隔てられ配置されていた。元々は住居なのだろう、個室も多数用意されている。
その中でも飾り気の無いドアに通される。バックヤードか事務室だろう。
「やぁ、今宵は夜総会にようこそ。代表の芙蓉で~す!」
男なのに旗袍を身に着けその上に白衣を羽織った男。
細い眼が透ける、薄紫色の
赤い口紅とアイシャドウ。トランスジェンダー、または倒錯者か。
コイツが芙蓉――
確かに背丈や体格は写真の通りだが、メイクや衣装によって写真で見た男と同じ人物だとは信じ難い。
「怖がらなくていいんだから!座ってね~!」
皮張りのソファ、事務室は書類は散乱しているものの想像以上に豪華だった。
小ぶりなシャンデリア、街を見下ろす大きな窓ガラスを背にデスクが設けられている。ソファに腰かけると、芙蓉は書類を持って俺たちの前の席に座る。
メイメイは、芙蓉の見た目に面食らって借りてきた猫みたいに大人しくなっている。
「紫苑くん?この子は分かるんだけど、隣の人は誰ぇ?」
芙蓉は俺に疑いの眼を向けてくる。細い瞳から感情が読み取れない。
「…俺は――!」
紫苑が先に口を開く。
「コイツは人さらいっス。一緒に最近商売してるんですよ。」
「…スカウトって言おうよ、紫苑くん。ダメダメ!同意の元だよ何事も!」
俺が正々堂々名乗ろうとしたのを止めてくれたのは助かるが、人さらいとは…
芙蓉が思ったよりまともなことを言うのに面食らう。
「はじめまして…スカウトの錬です。紫苑とは腐れ縁。青蛾の上にも娼館があるって言うんで紹介してもらいました。」
「なるほどお、んじゃ私は面接するから。特別に楽しんできなよ。」
「いいんですかっ!」紫苑が前のめりに反応する。
「勿論、あ~でも今回は一人ずつだよ~。もう帰っちゃった子もいるし~」
紫苑は隣でにやけ顔を隠さない。助かるぜ、自然な演技で。演技だよな?
遊んでる場合じゃない。今は芙蓉の容疑と隙を伺うのが最優先だ。
「俺は結構です。女の子は大切な商品でしょう?」
我ながらいい断り文句だ。メイメイの側を離れるわけにはいかない。
「尚更だよ、今後も協力してくれるならお店の
完全に間違えたみたいだ、ここで全員離れ離れになるのは危険すぎる。
芙蓉が立ち上がり俺に迫ってくる。
「それとも~、私の相手がご所望?」
芙蓉が顔を近づけ、身体に触れてくる。全身に鳥肌が立つ。
「…冗談!そんなに嫌がられると傷つくな」
誰が男と、しかも妹の殺人容疑者と寝るというのだ。
急な展開に頭の回転が追いつかない。マズい状態だ。
芙蓉が内線で連絡をしている。
「あぁ、VIP二名だ。手厚くもてなしてあげてぇ~」
部屋を出る前にメイメイはこわばった顔でこちらを見てくる。
霊鳥を通じて、メイメイにテレパスを送る。
『もし、何かあったら直ぐに連絡しろ。』
『戻ってきて。ボク、コイツ苦手だ。』
『俺も苦手だ、何とか切り抜けてくれ。』
戻ってやりたいが、そうもいかない。
ロビーで待機する紫苑に耳打ちをする。
「どうする?すぐに戻って芙蓉を討つか――?」
「――据え膳食わぬは男の恥だ。」
はぁ?
「不自然な行動は怪しまれる。役得だと思おう――。」
一理あるが完全に自分の欲望を優先しているようにしか見えない。
間接照明で照らされた暗い廊下から少女が一人歩いてくる。
「錬様のお相手は、
白、受付にいた少女だ。肌が透ける薄手のネグリジェで現れ俺の袖を引く。
白い肌と蠱惑的な瞳、吸い込まれるように俺は席を立つ。
細く儚げな指先が俺の身体を撫ぜ、手を繋ぐ。
「愉しみましょう。厭なことは全部忘れて――」
耳元で囁くその声に自然と歩を進めてしまう。
甲斐甲斐しく俺の手を掴んで離さない。
その手の平は、人間とは思えない程冷たかった――
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