第7話 青蛾大廈

 鬱蒼と煌めくビルの森、その一角に鎮座する巨大建築メガストラクチャー

 青蛾大廈せいがたいかは広大な迷宮だ、此処に約五千戸を超える住居。

 二千を超える商店。約二万人の人々が暮らす。


 下層は商店が軒を連ね、中層はネストと呼ばれるカプセル状の住居。

 そしてその上はおおやけにはされていないがを黒社会が経営する娼館と違法 カジノがある。


 ネスト、ある意味ではスラムより悲惨な極小の室内に住まう者の多くは移民だという。その理由は様々で、単に金銭的余裕が無い者。犯罪の隠れ蓑にする者。

または、仙理で商業を営む為に形式上住所を取得する為だ。


 低層階にあるモールがあることで、観光客や一般市民が常に行き来する。中層階のネストは法律上住居であるため、警察の捜索は難しく大規模な摘発にも動けない。上層を縄張りにしている黒社会は禍陰カイン傘下だが、本部への報告なしに不当な利益を得ているという。


「些事は放っておいていい。それがこちらの鬼札ジョーカーになる。」


 これは藍英の言葉だが鬼札ジョーカーは相手も隠し持っていたようだ。それが百足の呪印。屍改シカイと呼ばれる特別なキョンシーを作るものかはまだ断定できないが確実に因果関係はある。青蛾で見つかる呪印が施された死体は瞑の身体に刻まれたものと酷似しており、青蛾の実権を握る「芙蓉」と呼ばれる黒社会が瞑の死、そしてメイメイの誕生に関係している可能性が高い。当のメイメイは自身の存在の意味を問い、強い決意をもって青蛾に赴いていたはずだがまるで、夏休み初日の子どものようにはしゃいでいた――


「ご主人見てよ! 映えだよ、ば・え!」


 スキップで跳ねまわるメイメイ。その跳躍力で周囲の視線を釘付けにする。

現在敵地に潜入中だという事を忘れて貰っては困る。目立っちゃダメだろ――


 集合建築の内側、青蛾のエントランスとも言うべき中庭はSNS映えがする場所として若年層や観光客に有名だった。近年では映画やMVのロケ地として様々なメディアで目にする。中央に立って写真を撮るだけでこの広大で複雑な建築に囲まれたフォトジェニックな写真をとることが出来る。


「なーにが映えだよ、映えたら飯が食えるのか?」


「そーれが、食えるんだよね~”いんふるえんさあ”になればお金もがっぽり!」


 くだらない。日常の断片だけ切り取って繕っても何の意味も無い。メイメイに霊鳥を預けたのは愚策だった。鳥籠通りでヘンに見栄貼る為に余計な機能をつけすぎた。


 霊鳥は姿を変え護符端末アミュレットの機能を有していた。仙理のネットワークにアクセスしたメイメイは余計な知識を日々身に着けている。ディスプレイから何時間も目を離さない上に、メイメイは自分自身の雷気で霊鳥の仙気を補充できるのだった。


「すごく、ばずっている!これでチャンネルも作れば、億万長者も夢じゃないよ!」


「はぁ~?穀潰しが何言ってやがる」


 2500RTとの表示。自分の自撮りを上げている。なかなかのインプレッション。それでも金になるのは雀の涙程度だろう。それはそうと妹の身体で勝手にインフルエンサーを目指さないで欲しい。


「――こうやってさ、ボクがいたことを誰かが覚えてくれるんだ。」


 メイメイの顔が一瞬陰る。首を振って、屈伸をしてストレッチをする。身体に雷気を漲らせ、中央に設けられた高台へバック宙でジャンプする。群衆は大道芸でも見たかのように拍手を向けていた。だから、目立ってどうするんだよ!


「ご主人も撮ろっ!記念写真だ!」


 メイメイが手を引き俺も高台に上る。あおりでみる青蛾は圧巻だった。

 綺麗と言えなくもない。だが、その内部では悪と陰謀が渦巻いている。


 メイメイが肩を組んで、白い牙を輝かせながらピースする。

 俺は不機嫌そうな顔で映っている。


「なんだよ~、もっと笑いなよ!」


 メイメイはもう一度写真を撮る、俺はまたぎこちなく笑う。


「ご主人…写真撮られるのヘタすぎ」


「別にいいわ。行くぞ、ここからが本番だ――」


 一階のモールでは観光客向けの土産物や、地元向けの生鮮食品。

 マニア向けのミリタリーグッズや、ブート品のレコードやTシャツ。

 流行りものの飲食店やタロット占い。(道士の都でタロット占い…?)


 なんでもありな市場が広がっている。

 普段はこんな場所訪れない、やたら物価が高い。

 インバウンド向けに吹っ掛けてやがる。ボロい商売だ。

 店員はおよそ半分以上が移民で、外貨の獲得に躍起になっている。

 中華まんにチョコが入った食い物を売ってるのを見かけて顔が引きつる。

 これは文化の盗用と言って差し支えない。


 「うまそー、うまいもの×うまいもの=うまいよね!」


 んなわけねえだろ、別々に食ってろ。

 見かけが同じでも、中身は別のものだ。


 メイメイは仙気の補充に血が必要なだけで一応食事も可能だった。別に食べても何の意味も無いが、少なくとも周囲の眼は誤魔化せる。歩きながら怪しい人間が居ないか探すがどいつもこいつも胡散臭くて逆に見つからない。

 

 安価な服屋があった。粗雑に積まれたTシャツやスウェット。どれも粗製の安物で、本物など一つもありはしない。メイメイの服は出会った時から現在に至るまでボロボロだった。メイメイが物欲しそうに目を輝かせ服を見ている。


「…仕方ねえな、好きなの選んでいいぞ。」


「…え?」


 メイメイは驚きというより、疑いの目で見てくる。


「…いいよ、別に高くねえし。服は消耗品だろうが。」


 ボロ布着てる奴を連れまわす方が目立つ。


「あのケチなご主人が?…お前本当にご主人か?」


 妹の紛い物に贋物を疑われる筋合いはない。

 たまには気前よくしてみたらこれかよ。


「自分の好きな服くらい自分で選べ」


 メイメイの眼が薄く光を放つ。

 命令を受けて満面の笑みで服を物色し始める。


「ふふっ、命令なら仕方ない!ご主人が言ったんだからね~!」


 瞑もそうだったが、女は服を選び始めると長いことを思い出す。

 適当な奴買って着せりゃよかったか?


 しばらくして、メイメイはいそいそと現れる。


 赤のオーバーサイズのジップパーカーには中華風のボタンが使われていて

 観光客向けのお土産のようにも見えたがなかなか洒落ている。

 黒の動きやすいハーフパンツ。跳躍力を支える為のバスケットシューズは

 有名選手の名を冠した某モデルの贋物だ。スポーティな恰好は瞑は選びそうもない。


「お前は、バスケット選手にでもなるつもりか?」


チッチッチッと下を鳴らし指を振る。…ウザイ。


「わかってないねえ、これがストリートってやつだよ。」


 生後一か月、ネットのにわか知識だけにしては良く似合っていた。

 上機嫌でメイメイは横を歩き俺を覗き込む。


「…じゃあ、そろそろ行こうか。ご主人!ボクがボクを知る為に!」


 そして、瞑が死んだ理由、俺の答えを見つける為に、だ――

 メイメイは足早に駆けてゆく。それを追う俺は気が付く。


 いつしかメイメイは、自分の中で「瞑の遺体」以上の存在になっていたことに。


 ふと護符アミュレットを取り出し、一枚の写真を撮る。写真の中で振り返るメイメイ。


「何勝手に撮ってんだよ~、ボクが可愛くて仕方ないのはわかるけど!」


 そうかもな、そうかもしれない。その小生意気な少女が今ここにいたことを多分俺は忘れたくはないのだ。もし彼女の正体が何者だとしても――


 

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