第5話 プロメテウス

 宵闇より暗い漆黒の濁流。

 燕飛の殺意を形にした墨は無数の鎌となり執拗に俺を追い立てる。

 鎌を避けても尚、宙を舞う剣撃が雨の如く降り注ぎ、簡易結界はすぐに破られた。


――剥き出しの黒い殺意。


「錬、宝器を棄てろ。殺す気はない。」


 墨は燕飛の周囲にも滞留し攻防一体、死角が無い。

 口ではそう言うが殺意を隠しきれていない。


「三年ぶりの再会にしては、随分な挨拶じゃねえか」


 トリガーに手をかけるが、装填された弾は通常弾プリセット

 急所を確実にとらえても、燕飛の墨に防がれてしまうだろう。


「僕に銃口を向けるとは、堕ちたものだな来夏――」


 燕飛が一歩一歩間合いを詰めてくる。呪弾を装填している間などない。

 メイメイが部屋から飛び出し、呪符を顕現させ燕飛を襲う。

 跳躍。燕飛の視野角から外れた背後からの襲撃。


 「――主に手を出すな!このまっくろくろすけッ!」


 蒼く光る身体は仙気を帯びた瞳と同じく輝き。”雷気”を帯びる。


 「でないと目玉をほじくるぞッ!」


 陰陽五行いんようごぎょう相克相性そうこくそうせい

 そのいずれにも含まれない。陽気と火行の合間に生まれる気である。

 その特性は電気と近しく、この都市、仙理を動かす動力源だ。


 人体の神経は微細な電気で伝達されているという――


 死後硬直しごこうちょくした筋肉繊維を雷気で強制的に動かすこと

 それがメイメイの人間離れした力の正体だ――


 メイメイが瞬歩で燕飛に近づき、雷気を宿す掌底を燕飛に放つ。


 ――空気が痺れる。


 蛍光灯が激しく明滅しはじけ飛び。視界は蒼い光だけを写す。


 突然の襲撃に燕飛は全ての墨を強固に纏い、球場の結界を施す。


 前後、左右、上下。死角はない。墨に直に触れるのは危険だ。


 触った瞬間に結界は針となり攻撃対象を貫くだろう。


 ――だが、雷気により墨は霧散した。


 幾重にも重なる墨の外殻が爆ぜ、最後の一枚で耐え切る。


 金行から生ずる鉄。土行から生ずる泥。水行から生ずる水――

 その全ての特性を合わせ昇華させた陰属性の宝器ほうき陰影礼賛いんえいらいさん


 雷気は火行と違い水行に優り、金行に受け流され、土行に還る。

 分解された墨は黒い雪のように舞い散る。


 メイメイは満身創痍。身体を無理矢理動かすのは仙力の消費が激しい。


「瞑の身体を奪った屍改――強力な乱神を宿しているな。」


 乱神。龍脈の陰気から生ずる神々、それがメイメイなのか?

 粉末と化した墨を取り込み粘度を増す闇。


「大体なんだよシカイって、ボクは歯医者じゃない!」


 メイメイは壁を駆け再び攻撃を仕掛け、燕飛は墨を寄り集める。

 漆黒の桃木剣。邪気を封じる呪剣である。


「その気が陰気を分解するならば、より密度を高めればいい。」


 壁走りからの雷気を込めた蹴りは桃木剣を分解しきれずメイメイの攻撃はいなされる。

 斬撃は黒い軌跡を描きその残像が形を成しメイメイを襲う。

 攻めに転じても近距離・中距離にも隙が無い。


 メイメイの身体に裂傷が無数に現れ、血が流れるが自身の仙気を身体に纏わせると裂傷は急速に治癒してゆく。瞑は自身を癒せなかった――


「…まだやるのかい?」


 龍眼鏡サングラスで見る仙気は眼に見えて衰えていた。

 回復能力があったとして仙力は無尽蔵ではない。

 メイメイにとっての仙力の源泉である血も大分流れた。


 やるなら今しか無い、狙うなら遠距離。防御が薄まった今がチャンスだ。


 ――やりたくはないが、これ位しか対抗手段がない。


 呪弾を込めトリガーを弾く、弾は燕飛の頭上を掠め壁に着弾する。


「…腕も鈍ったか来夏、もうたくさんだ。お前には本当に幻滅させられる。」


 燕飛は落胆した顔でこちらをみる。


「――昔のお前はもういない。…さっさと終わりにしよう。」


 燕飛は呪剣を両手に構え俺とメイメイの正中線を抑える。


「殺す気はない。死んだら運が悪かったと思え。」


 残念ながら悪運だけは人よりあるんだよ――


「―――当たるも八卦、当たらぬも八卦だ。」


 水行・瀑布弾。


 着弾位置から瀧の如く溢るる水が部屋を満たしてゆく。

 瞑の私物も、古ぼけたソファも家財道具一式も窓から放り出される。

 メイメイはは柱につかまり水流に耐えているが燕飛は自身の墨ごと濁流に溺れる。


「燕飛!掴まれ!」


 俺はベランダの手摺を掴み燕飛の手を掴んで離さない。

 水が流れ切っても部屋は水浸し。敷金はパーだろうが、一旦今は忘れておこう。

 

 考えたくもない。


「―――来夏、何故助ける。」


「ダチ助けるのに理由がいるのか? ダチ殺すには理由は要るんだろうけどよ――」


 燕飛からは殺意が消え、ため息をつく。

 髪をかき上げ、遠くを見る瞳は。昔の様子を取り戻していた。

 メイメイが燕飛の前に立ちふさがる。


「お前はびしょぬれ! ここにボクの雷気を流し込めばどうなると思う~?」


 完全に悪役の顔である。牙を見せて笑い、拳と掌を合わせている。


「メイメイやめろ、俺も死ぬ。」


 ここで雷を放とうものなら一瞬でお陀仏、死体は一人で十分だ。

 メイメイの身体の雷気が収縮し、臨戦態勢を解く。

 これ以上、メイメイを酷使するわけにもいかない。


「…ええ?そんなぁ。」


 力の抜けたメイメイは膝をくずして座り込む。


「燕飛――俺が誰を殺したって?」


 一呼吸置くと燕飛は呪符を展開しモニターに書類を映し出す。

 殺人容疑、市中のカメラの映像が証拠として提示される。


「複数の黒社会の死体から、弾痕が見つかっている。」


「――だよな。俺は堅気には手出ししてねぇ。」


 むしろ警察の仕事を減らしてやってる位だ。


「…だからといって殺人が赦されるわけがないだろ!」


 赦されないことは分かっている。


「――だったら俺は誰に赦してもらえばいい?」


 組と組同士の諍いで裁判を起こせるはずもない。


「誓って堅気には手出ししてねえ、金にならねえからな。」


 燕飛はメイメイを指差す。


「――組織同士の抗争に警察は関与し難いのは確かだ。”サン”は異なるが警察内部は昨今腐敗が凄まじい、金さえ積めばすぐに釈放されるだろうさ。だが”屍改シカイ”の使用についてどう釈明する?はここに動かぬ証拠がある。」


「ボクはまだ動ける!」


 塗れた髪を絞りながらメイメイは応える。 動けても動くなよ。

 俺は銃を机に置き抵抗する意思がないことを示す。


「俺はメイメイを作ってない。屍改シカイってのは屍術キョンシーのことだろ?」


「錬、まだシラを切るつもりか?現に使役しているだろう?」


 そりゃそうだよな、誰だってそう思うさ。


 メイメイは燕飛に詰め寄る。


「ホントだよ、ボクが目覚めた時は誰もいなかった。しばらく探したんだからっ!」


 屍改シカイという言葉には聞き覚えが無かった、学院アカデミーでも習っていない。黒社会に身を置いていても尚、聞いた事すらない言葉。


屍改シカイ。死者の身体に乱神を宿しその力を扱う、忌むべき屍術だ――。」


 メイメイはきょとんとした顔で燕飛を見る。


「…何言ってんの?ボクは、ただのキョンシーだよ?」


 




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