第3話 最後の仕事
藍英は踵を返し、顎で通りの先を示す。
「付いて来い」ということだろう。
霊鳥と群衆。都市の喧騒を抜け、路駐した黒のワンボックスカーに乗り込む。
外見は地味な業務用車両だがインテリアは黒を基調としたリムジンだ。
密会場所に車内を選んだのは、車内が最も安全だからだろう。
セントラルと郊外を隔てる環状線を走り続ける。
不自然な停滞や急ブレーキがもっとも危険だ。
ハイウェイにおいても、この仙理においても。
大切なのは止まらないこと。アクセルを踏み続けること――
◇ ◇ ◇ ◇
「前回の仕事が最後だと言っていた筈だ!」
前回の仕事を最後に借金の返済は終わったはずだ。
殺したのはメイメイだが、持ち逃げした金は全額回収した。
報告も請求も済んである。
「…それで?」
そ・れ・で? だと?
藍英は紫煙をくゆらせ、コンビナートの先の海岸線を見つめている。
白昼の幻灯、水面に乱反射する陽光が黒い窓ガラスを通して陰っていた。
藍英を完全に信頼しているわけじゃない。相手は黒社会だ。
言葉巧みに会話の主導権を奪い、話を進める事も既に知っている。
「最後の仕事」はこれで五回目。
今までにかかった弾薬の代金。結社内での抗争による器物破損、損害賠償。
それらも全て洗い出した。今回こそ最後で間違い無い。
俺が信じているのは帳簿と契約書だ。煙に巻こうというなら俺にも考えがある。
藍英が外を眺めている間に八卦の
「前回の任務で金は全部返した。法外な利息も含め全額だ!」
何度も生死の淵を彷徨った。
まだ足りないっていうのか?
藍英は煙草を灰皿に押し込んで、やっとこちらに向き直る。
「君の私的な返済が終わったからって、結社が終わるわけじゃない」
藍英は俺の実力を買ってくれている。それだけは疑いようもない。
殺しには覚悟が必要だ。そのタガを簡単に外せる人間はそう多くはない。
IT企業に優秀なプログラマが必要なのと同じく、禍陰にはそれが必要だ。
金と人間性を秤にかけて、前者を選ぶスピードが一秒でも早い者。
だがそれも、瞑の死後は惰性になっていった。
惰性で命を奪えるようになっていった迷いすらなく――
「…確かにアンタには世話になった。でも、もう終わりにしたいんだ」
かつて
永遠の栄華を求める各国の富裕層や政治家がその力を求めるのも無理はない。
結果としてレートは吊り上がる。まともな仕事で支払うのは土台無理な話だった。
「…本当に終わったと思うか?」
まだとぼける気かこの女狐!
「言ってるだろ!お前らが不当に数字を弄っていない限り返済は終わっている!
ホルスターから
いつでも引き金を引くことが出来る。藍英が掌でそれを静止する。
藍英の指先から金色の鎖が放たれ腕に絡みついていた。
おそらく、俺が安全装置を外すよりもずっと前だ――
宝器、
大理石調のテーブルに腕ごと叩きつけられ制圧される。
羽根よりも軽く、鋼より重い。重量を自在に操る宝器である。
「冷静になれ、来夏。私は商談をしているんだ。」
藍英は鎖を首にかけると飼い犬を嗜めるかのように強く引く。
「…スジは通すさ。裏切らない手駒は私にも必要だ。」
藍英は護符からモニターを展開し画像ファイルが開く。
背中から頭部にかけて百足のような呪印が現れた遺体。
瞑の仙力が暴発した時に現れた印と同じものだった。
「これらは同胞たち”禍陰”の構成員――死因は君の妹と同様だ。」
藍英の瞳が憂いを帯びる。彼女自身は名前も知らない末端の構成員だ。
幣主代行の藍英と直接の関係がある者たちではない。
だが、彼らの命は禍陰に属していなければ失われなかったものだろう。
藍英はメイメイに視線を移し口を開く。
「錬から話は聞いている。難儀な身体に憑いたね
「…ボクは何も聞いてない!」
メイメイは不満げな表情で藍英を見る。
メイメイの存在は、藍英にだけ共有していた。
後でバレて妙な疑いをかけられるのを避ける為である。
禍陰に協力しているのは金だけが理由じゃない。
今日まで何の糸口も探れなかったが、周回遅れで情報が現れた。
仙理黒社会の闇の中で何かが動き出している。
「錬の妹の死因は君の生まれた理由に繋がるかもしれない。」
「ボクの生まれた理由…?」
メイメイの首筋にも薄っすら呪印の痣が残っていた。
身体能力も視力も蘇った時に生前以上に回復している。
「呪印を媒介した強制的な仙力の
来夏瞑に呪を施した者と同一か、その一派と考えるのが妥当だろうね。」
まだ、何も終わっていない。マイナスがゼロに戻っただけだ。
「…分かったよ、請けてやる。」
踏みしめるアクセルを止めるわけにはまだいかない。
「遺体が見つかったのは
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